第3話 反逆者は

窓の外は茜色の空が広がっていた。なんだかぼーっとする。パソコンを前にするも、原稿は進まない。作者がこんなでは、書きだしても内容も登場人物も空っぽになってしまう。

あのときから5日がたった今も、日暮ひぐれはご飯を取りにくるときぐらいしか部屋から出てこない。部屋にいないときといえばどこか外へ出かけている。

いつもうるさいぐらい元気な日暮がそんな調子だから、まさくんも自分の部屋にいることが多くなった。長瀬ながせくんは山で鍛錬してくるとか言ってしばらく帰ってこない。居間には私とクロエしかいない。私もひとりでいるのと変わらない気がして部屋に帰るから、文字通りバラバラだ。


『関わりたくないって言ったよね?』

『邪魔しないで!』


川森ちゃんは、変わった。あのとき会ったのは、私の知らない“川森凛かわもりりん”……。


『黙ってくれる?あんたらに何がわかんのよ!』



『ああ…知るかよ!みおを“殺した”政府の手伝いをするやつのことなんてよ!!』




葵井あおいくんを、……。

現時点で葵井くんが死んでいない事は確実だ。私たちがこれまで調べて見つけた証拠もあるし、兵の時に日暮が盗み聞きした会話だって……。張本人の日暮は何かあるたびに「澪が澪が」って。

だからなんで日暮があえてそう言ったのかわかんない。……深く考えすぎかもだけど。

あいつも、今の川森ちゃんに何か思うとこあるのかな。そういえば、あいつ今日は朝から出かけているみたい。

晩ご飯の時間。部屋を出ると、キッチンでクロエがご飯を盛り付けていた。

いつもなら手伝うのだが、今日は間に合わなかったようだ。

「ごめんクロエ……」

「ん?大丈夫よー。多分一番メンタル強いの私だし。しばらくしたら日暮も正人まさともうるさくなるでしょ。千尋ちひろちゃんも休んでいいよ」

クロエは強い。なんだか日暮たちに流されてへなへなしてるのがバカバカしくなってきた。

「……お気遣いありがと。でも私は大丈夫よ。あんな男子どもとは違うの。コップ持ってくね」

両手にガラスのコップを持ってキッチンを離れる。クロエがなぜか笑った。

「…そろそろ日暮が帰ってくるはずだけど」

「帰ってこなかったらエサ与えなくていいのよ」

隣の部屋からまさくんが出てきた。最近はあまり顔を合わせないから、ほんの少し気まずさがある。

「……日暮は?」

「まだ帰ってないわ」

「そうか。…あいつ何してんだよ」

いつも口喧嘩ばっかりだけど、まさくんもそれなりに気にかけてはいるみたい。

いや、かまってほしいだけかな。

「猫じゃらしなら季節じゃないわよ?」

「……え?何」

違った。かまってってことじゃないの?

まさくんはイライラモード。…面倒くさい男子ども。

早く帰ってきてよ、日暮…!

「……帰ったぞ!」

居間の入り口を振り返ると、レジ袋を持った日暮がの満面の笑みで突っ立っていた。

「なんだ、機嫌直ったの」

「……調子狂うなあ」

まさくんは深いため息をついた。あきれているというより、うれしそう。

「ははっ。川森が協力しないからなんだ?あいつがいてもいなくても俺たちは澪を見つける、だろ?」

昨日までのどんよりした空気が嘘みたいににやっと笑って、軽い足取りで日暮はキッチンに向かい、レジ袋からイチゴアイスを何個も取り出して冷蔵庫に突っ込んだ。

「……日暮この前も同じの買ってなかった?冷蔵庫パンパンなんだけど」

「もう3個食っちまったから補充すんだよ」

「……お前、そんな食って飽きねーのかよ。太るぞ」

「っせぇな黙れ!」

この雰囲気が戻ってきた。いつもならうるさいだけだが、少しほっとする。

「はいはい、2人ともじゃれない!日暮、もうご飯なんだからアイスはあとにしなさいよ」

「千尋ちゃんお母さんかよ……恥ずかしいやつ」

「あ゛!?」

「まさくん、きりないよー」

また始まった。追いかけっこ。“ほっとする”なんて、私もよく言えたものね……。




「さっきの話なんだけどさ」

久しぶりのみんながいる居間で、まさくんがパソコンから目を離さずにぼそっと言った。

「どの話?」

「……日暮、“川森がいなくても澪を見つける”って言ってたけど」

「あ?なんか文句あんのかよー?」

「はっきり言って、無理だね」

え……?

「なっ……どういうことだよ!?」

「澪は、外国にいるんだぞ?」


私たちが川森ちゃんと会う前、突き止めたことがある。兵の本拠地“日本兵館”のそばに行ったときに日暮がそこに侵入しようとしたことがある。ただでさえ無理な話だけど運悪く入ろうとしたところが重要な会議をする部屋だったらしく、案の定失敗。でも窓の外から、中を少し覗くと、確かに葵井くんの名前と写真、それから場所があったそう。一応そのときの写真もあるけど、ぶれまくってて名前と場所しか写せていない。というのも、日暮が10階の窓のふちから落ちそうになったからで。その後はまさくんに散々お説教くらってた。喧嘩というより、お説教。

その“場所”の国はわからない。わかるのは桜第一研究所にいる、ということだけ。調べたところ、それは日本ではない。

葵井くんは、日本にはいない。

でもそれがなんの関係があるの?


「澪は外国にいる。その場所を特定したら、行かなきゃ始まらないだろ?ただこの状況だ。なんの肩書きもなく他国へ入国できるわけがない。そこで、川森凛がいたらどうだ?政府の人間がいれば、なんとか可能性ができる」

「…その方法じゃないと、できないの?」

「無理だね」

まさくんはパソコンを閉じて、はっきり言った。

この人の断言は……説得力のかたまりだ。

「そもそもあっち側の仲間がいないと得られる情報に限度がある。政府の人間は信じてはいけない。だけど、利用するのは別だ」

「利用って……凛ちゃんなら、わかってくれるんじゃない?だって、日暮と千尋ちゃんの友達だったし……」

そうだけど、今は……。

はわからねえ」

「うん……今の川森ちゃん、私たちの知ってるあの子じゃない。きっと今は……」


―――他人なんだ。


友達でもなんでもない。むしろ政府の人間だから、敵に近い。だから、分かり合えない……。

そこまでは言えなかったけど、日暮も、もうわかってるみたい。

「……友達でも、なんでも関係ないよ」

沈黙の中、まさくんは落ちついた声で言った。

「今、1番接触しやすいのは川森凛なんだ。2人が何を思おうと、あの子は使う」

その言葉の意味は冷たいが、何故がそう感じなかった。

……そうだ、私たちの都合で、この作戦を邪魔したくないし、他人なら、手伝ってもらおう。

「ああ、たりめーだ」

日暮は何にも気にしてないと言わんばかりに立ち上がった。

「そうね……別に私たち何にも気にしてないんだから、気を使わなくていいのよ?」

「ああ、そう。……ま、あの子も君らが一緒にいれば、かもだけど」

え?

「なんか言ったか?泉野」

「……別に」

まさくんはパソコンに目を落とした。前髪で顔が隠れてるけど、口が少し笑ってるのが見えた。

「ツンデレ?」

「何が?」

「ううん、なんでもない。おやすみなさい」

私は立ち上がり、自分の部屋へ帰った。


「そういえば、あゆむはまだ帰らないのかな」

長瀬ながせ?……3日ぐらいで戻るって言ってたけど」

「もうとっくに過ぎたぜ?」


部屋の外の会話を小耳に挟みながら、ふとスマホを開く。

……え?


『長瀬歩がスタンプを送信しました』

『助けて!』

『お願い気づい』

『長瀬歩 着信履歴15件』


…………?!


どうしたーー!?


さっきからずっと部屋にスマホおいてたから全然気づかなかった!

“助けて”?何かあったのかな……!?

「み、みんなちょっ…」

部屋を出たら、3人もスマホを見せ合っていた。

「千尋ちゃんも?」

「みんな長瀬くんから電話かかってきた?」

「うん……どうしよう」

「と、とにかく、かけ直してみようぜ!」

日暮が慌てて通話ボタンを押す。


RRRRRR……


「でねぇ」


RRRRRR……R


「…お!おい、長瀬、お前大丈夫か?」

繋がった!

『ああ、日暮……久しぶりだな……みんなは元気?』

「っそんなことより、何があったんだ!?」

『ああ……それが……日本兵館の近くに、山があるだろ?……そこで修行してたら……ははは』

「はははじゃねぇ!なんだ!」

『いやーその……熊にね、捕まっちゃって……』

はぁーーー!?

謎すぎる………!!?

「ほんとにそんなことあるんだ……」

「意味わかんねぇ……」

「ど、どこだ!?助けに行ってやる!」

『いや……僕はね……十分この世界を楽しんだよ……思い残すことなんて……ははは』

「んだからはははじゃねぇ!……待ってろ、すぐ行くからな!」


ブツッ


「おい泉野!車出せ!」

正人まさともう車の鍵持って玄関に」

「ははっあいつ……!」

日暮は冷や汗をかきながらもにやっと笑った。

君らこの事態に及んで仲良しすぎる。

私たちはすぐに必要なものを持って車へ急いだ。この廃棄の目の前に場違いの黒い車が止まっている。

普段は隠しているから、見るのは久しぶりだ。

「……日暮もそろそろ免許とれよ」

「うっせ、金ねぇんだよ。とばせ!泉野号いずみのごう!」

「ウザい」

相変わらず……。

それにしても長瀬くん、大丈夫かな。

熊……熊って……。

“捕まっている”を想像すると、笑いそうになるが、流石に哀れだから我慢した。




辺りは真っ暗だった。山だから特に。

「……お、おい!あそこなんか動いたぞ!」

「そりゃ、山なんだから動物ぐらいいるでしょ」

「でもなんか!ほら!」

日暮ひぐれうるさい」

「なっなんだよ!」



おばけなんてなーいさ


おばけなーんてうーそさぁ


ねぼけたひとがぁ……



「ギャアーーー!」

「がちでうるさい」

「だって泉野いずみの!音楽が聞こえ…」

千尋ちひろちゃん……」

「千尋ちゃん、意地悪しないのよ?」

ふたりが笑いながら私の方を向いた。

「なんの話?」

「いやだから音楽、かけたでしょ」

「……まさくんじゃないの?」

「え……?」

え……?

全員の顔が青ざめる。

「いや待て。おばけなんていな…」



おばけなんてなーいさ


おばけなーんてうーそさぁ


ヒューーー…



「ちょ、前見てよ正人まさと

「あの洞窟なんだ?」

顎で差す方を見ると、暗い森の奥の方に、大きな洞窟が見えた。

「な……なんか、あそこから音楽聞こえない?」

「人がいるのか……。もしかして、長瀬ながせ…」

確かに、熊の洞窟かも!

「車入れねえな。みんな降りて」

車を降りて、足場の悪い山道を歩く。日暮はずっと誰かしらの後ろに隠れている。

「ちょっと、鬱陶しいんだけど」

「う、うるせ!ほら、早く進めよ!」

ほんとに…なんだ、こいつ。

私はおばけというより、この不安定な足場が怖い。

「ここ、かな」

洞窟の前につくと、なんだか寒かった。



ねぼけたひとがぁ


みまちがえたのさ



「音楽、大きくなったね」

「電子音…やっぱり人いるな」

「でも、迂闊に入れないわよ?もし敵がいたら……」

「……ドローン飛ばすか」

まさくんは大きなリュックを降ろし、小型のドローンとコントローラーらしきものを取り出した。


ブルブルブルブル


「音でバレねーか?」

「…っこれが最低限なんだよ」

ドローンは、コントローラーと連動してゆっくりと洞窟へ入っていった。

「日暮、俺のリュックからパソコン出して」

「お、おう」

どうやらパソコンでドローンの映像が見られるらしい。私たちは、しゃがんでパソコンを覗いた。

「真っ暗ね」

「画質悪りーなこれ」

「文句言うな。……なんか見えたら言えよ」


ギャアーーー!


その時洞窟から悲鳴が聞こえた。

映像には人が映っている。

間違いない、長瀬くんだ。

「ドローンだよ、何ビビってんだあのバカ」

日暮おまえが言うな」

「早く助けに…!」

「待って……これ、何かしら?」

映像には、長瀬くんの後ろにもう一つの影があった。

「熊か?」

「んなわけないでしょ!どうみたって…」

……人間だ。




『貴様ハ、ダレダ』

映像には、頭が“熊”の人間が首から上だけ映っていた。相当背が高いのか。ドローンに向かってこもった声で話しかけている。

「こ、こいつ、ドローンに話しかけてるのか?」

「いや……熊の面を被ってるだけだ。化け物じゃないぞ……俺か」

まさくんはコントローラーのマイクのマークがかかれたボタンを押した。

「これでこっちの声があっちに聞こえる」

「そんな急に接触したら……」

クロエの言葉を無視して、まさくんはしゃべりだした。

「そちらこそ、どなたですか?俺たちはそこにいるやつを迎えに来た一般市民。怪しいものではありませんが……そこにいるやつが何か失礼でも?」

まさくんが敬語なんて珍しい……それだけ慎重なんだ。もしかしたら、あの熊頭は私たちの“敵”かもしれないのだから。

『……俺ハ名乗ラナイ。一般市民ガ知ッテモイイヨウナ名デハナイ。オ前ハ失礼ダ……コイツト同ジダ……俺ヲ見タ途端逃ゲ出シタ……許セナイ……』

熊の面だからでは。

この人、結構おかしい人だ。本気で長瀬くんが心配になってきた。……殺されないよね?

「こいつ、ヤベーぞ?ただの中二病…」

『誰ダ!俺ヲ馬鹿ニスルヤツハ!』

「お前な……聞こえてんだぞ!」

日暮……礼儀以前の問題だ。

『俺ハ怒ッタ…トテモ怒ッテイル!コイツハ絶対ニ返サナイ……俺ノモノダ!』

『い、泉野、みんな!助けてえ!』

『黙レ!』

『ひぃー!』

長瀬くんの悲鳴を残して、映像が途切れた。

「…チッ。壊されたか」

「どうするの、これ!怒らせちゃったけど」

「あの熊頭……政府の人間の可能性はある?」

「薄いな。あれは本当にただの中二病かもしれねえ」

日暮、いつもの様子からは想像できない真面目な表情かお。さっきまでとは大違い。日暮は面倒なやつ……仲間主義だもんね。

「中二病って……まあ、いくらなんでもあんなところにSPとかが潜むなんてな……どうす」

「SPバッジって、金色だよね?」

突然、クロエが会話を遮った。

「ああ……どうしたんだ?急に」

クロエは少しうつむいて、ゆっくり口を開いた。

「……映像が途切れる前に一瞬見えたんだけど……あいつ、金色のバッジっぼいのを、つけてたの……」

関係があるってこと?政府と……。

沈黙が続く。

「で、でも!それだって拾ったとか、盗んだとかもあるし…」

「銃と同じだ。SPの所有物は全部持ち主の登録されてる。それ以外が触れると警報がなるか……感電死する」

感電死……?

「待てよ、あいつじゃあ…やっぱり…感電死した、ゆ、幽霊…」

「いや違うでしょ。………政府の人間、“敵”だわ」

じゃあ、長瀬くんを捕まえる理由が他にもあるのかも。もしかして、色々探ってるのがバレた?もし本部に連絡されたら……。

「……色々やばいな」

「あいつ……強いかな」

え?

日暮の真面目顔は消え失せ、にやっと笑い、言った。

「こっちだって武器はある。もういっそ正面突破で…」

「何言って…!」

「いや、悪くない」

まさくん!?

「頭がいいやつとは思えない。かと言って下手に心理戦に持っていくのも通用しない……なら日暮に暴れさせた方が早い」

「……いいよ、乗った!」

クロエーー!

「じゃあ決まりだ!武器取りに車戻るぞ!」

日暮は走っていった。クロエも追いかける。2人とも戦闘ケンカが大好物……なんて物騒な。

「いいの?本当に……」

「あいつにしてはいい考えだよ。さっき交渉は効かないってわかったし」

まさくんはコントローラーをリュックにしまい、パソコンを操作し始めた。

「でも……もしあっちが本気で殺しにきたら……」

「そうしたら、殺すよ」

は……?

パソコンから目を離さない。でもその目は冷たかった。

「どうしたの?千尋ちゃん」

「だって殺…」

政府あいつらはたくさん殺してる。容赦なんてない」

こんどはパソコンを閉じ、私の方を見た。


「敵に甘いと生き残れない。向こうが本気だったら、俺らも本気。らないとられる。今はそういう世界なんだよ。覚悟がないなんて、今更言えないよね?」


怖い。真っ暗。でも、これ以上ない、正論。

「俺たちは、反逆者なんだ」

まさくんは歩くスピードを速め、私を追い越した。

「ほらお前ら早くしろよー!」

明るい日暮の声。私を呼ぶクロエの声。

まさくんの話を聞いた後は、少しの間、何も見えなくなった。

夜だからじゃない。

“暗い”からだ―――



だけどちょっと


だけどちょっと


ぼくだってこわいな



また、洞窟から音楽が流れてきた。


“反逆者”


その存在になっていたことに今気づいた。

“怖い”なんて、言えないんだ。言っては、いけない……。

私たちにとって政府が“悪者”でも、世界にとっては政府が“正義”。反逆者は私たちで……


私は、反逆者だ。

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