第2話 知ってる人
スマホの目覚ましタイマーが鳴った。
いつもの時間に普通に起きる。しかし今日は普通じゃない
タイマーを止めた直後、通知音が鳴った。
早朝から連絡してくるなんて礼儀もマナーもあいつにとってはくそ食らえか。そうだろうな。
昨日、日暮に会ったときから複雑な期待、というような、どきどきした感じ……とにかく動揺している。“澪が生きてる”なんて考えれば考えるほど鳥肌が立つ。
『おはよう!今日は2時にファミレス集合だ!俺の仲間紹介すっから、楽しみに待ってろ!ち・な・み・に、川森の知ってるやつもいんぞ(^_^)ノ』
文面がうざい。内容ほぼ昨日言ったことじゃないか。なんだこいつ。朝から萎えさせるな。
それにしても、私の知ってる人……?
「よっ!川森元気か!」
相変わらず余裕の笑みを絶やさない。ニートのくせに。
「……仲間ってのは?」
「ああ、今から俺らの本拠地に向かうぞー!」
「ここに連れてくればよかったのに」
深いため息をつく。何度萎えさせれば気が済むのか。それでも昨日からの動揺は消えない。
「だってお前、“国の
こそっと言って、
国の
「その隠語、嫌いじゃない」
「あ?隠語?」
「治安最悪って言っても、噂話ぐらいしたっていいもの」
ふと、自分がニヤっとしていることに気づいてしまった。気持ち悪い。
顔を見られないよう、私は日暮を追い越した。
「なんだよ、待てよ!」
日暮はジタバタと追いかけてくる。私は歩くのが速いのだろうか。
「遅いよ」
私は少し歩くスピードを落とした。
電車を降りて改札を出ると、いつも見るスラム街によく似た街についた。
やっぱり、ハエが多い。
居座る人や動かない人がいない。
ゴミも少ない。
薄暗く建物がボロボロなだけで、スラムというか、無法地帯に近い。
どんどん奥へ進む。だんだん薄暗さが増していく。ハエはほとんどいなくなった。建物は多い。
その中に、鈍く光がもれている廃墟があった。
「あそこだ」
他の建物よりも大きく、外から中は見えない。そして少し手入れがされている。
言われて見れば、人が住んでいそうだ。
私たちは明かりの方へ入っていった。一応部屋が分かれていて、扉もあった。小さな会社か何かだったのだろうか。事務所にも見える。
日暮は一番広い部屋の扉を開けた。
「帰ったぞー。日暮明斗だ。そして……」
腕を引っ張られて部屋に引きずり込まれた。
「じゃじゃーん!
シーン。
部屋には何人かの同世代の人がいた。全員の視線がこちらに集まる。
テンションについていけない。
「……川森ちゃん?」
さっきまでソファーに座って本を読んでいた女の子が立ち上がった。
……待て、その本。古事記。そんなマニアックなものを読む女、私の知ってる限りではひとりしか…
「……
「そーだよ!元気?」
歴オタゴリゴリ文系少女は健在か。まさか清野にまで会うなんて。
「なんだよ、川森。俺と会ったときより嬉しそうじゃん」
「当たり前よね!私も日暮と再開したときノーコメントだったもん。川森ちゃんの方が嬉しいわ!」
ノーコメントって。思わず笑ってしまった。
「変わってないね。雰囲気。しゃべり方とかいろいろ」
「そうかな…?川森ちゃんは落ち着いたね。大人ってかんじだわ」
「あのーちょっといいかな?」
声のほうを振り返ると、知らない人が何人かいた。
長身の弱そうな男、机についてパソコンから目を離さない銀髪メガネの男、そして外人っぽい美女……。
長身の男が話し出した。
「僕たちは…えっと、初めまして、なんだけど、凛さんのことは知らせてもらってる。日暮の協力して戦争のいろいろを調べてるんだ。僕は
「他はまあ、無愛想だし……俺が紹介すんね」
日暮が長瀬とかいう男の前に出てきて、ひとりずつ指を指した。
「あそこのパソコンメガネは
「パソコンメガネっていうな」
急にしゃべった。でもパソコンから目は離さない。
「あちらにいるのはフランス人でバイリンガル?のクロエ」
「トリリンガルだし。中身は日本人だよ、一言余計」
女の子は般若の顔で日暮を睨みつけたあと、私の方に向き直り、逆に満面の笑みを浮かべた。
「よろしくね、凛ちゃん」
……みんな善人だ。腹黒ばかり見てきた私にはわかる。
「“凛”って……気安く呼ばないでくれる?」
だからこそ、嫌いだ。
日暮と清野の笑顔が消えた。そうだろうな、2人の中の私は高校生の“川森ちゃん”で止まっているんだから。
日暮がこわばった顔で口を開いた。
「どうしたんだよ、川森……」
「悪いけど、あなたたちと仲良くする気はないから。澪が生きてるって教えてくれたのは感謝する。でも後は私一人で足りるから……」
遮るように早口でしゃべる。視線が不快でドアの方を向いた。
そうか、山本氏の思うとおり、疲れているんだ。少しでも舞い上がって日暮についてきた私がバカだった。
「できるだけ、関わりたくないの」
ぎこちなく言って、部屋を出た。みんながどんな顔だったはわからないが、私に失望しただろうな。
……それでいい。
「……っ待てよ!」
怒り気味の日暮の声とドタドタとした足音が聞こえる。早歩きで進む。
「ちょっと日暮!やめなさいよ!」
清野の日暮を止める声もだんだん小さくなっていった。
昔の私を少しでも戻すことは私が許さない。
生きにくくなるだけだ。
私の中の2人も、高校生のガチ運動部バカ“
……なんで簡単に信じたんだろう。
「行っちゃったね……川森ちゃん」
川森ちゃんが行った後、
「クッソ!意味わかんねー!」
日暮がブツブツ文句を言いながら、ソファーにドサッともたれかかった。そこに置いてた
川森ちゃん、やっぱり変わった。
「仕方ないんじゃないの?恋人がずっと死んじゃったと思ってた訳だし。人間不信にもなるよ」
クロエがコンロに火を点けてポットをのせながら言った。
「人間不信……そういうんじゃないと思うけど」
「え?」
まさくんは相変わらずパソコンから目を離さない。
「あ?パソコンメガネはしゃしゃんな」
「……じゃあ言わねーよ」
「二人とも、やめなよ!」
「黙れのっぽ!」
「ひぃっ」
イライラモードの日暮に根に持つタイプのまさくん、気が弱い
私は
「もう、日暮。イライラしない!まさくんも何かあるなら言いなさい!いちいち根に持たないで」
「根に持……
「何か?」
「……あの子さ、
執着……。
まさくんは相変わらずパソコンから目を離さない。ただ長い前髪が下向きに少し揺れた。
「なんだお前。偉そうに哲学かよ」
「……バカにはわかんねーよ」
「ああ!?」
「まあまあ、落ち着いて。紅茶淹れたよ」
おやつの時間とわかって日暮はクロエの方を振り返った。でもまだ機嫌は悪い。
それにしても、川森ちゃん、大丈夫かな。ひとりで帰っちゃったけど……。
「クロエ、紅茶もらうね。私部屋で原稿書くわ」
私はカップに紅茶を注ぎ、すぐそこの部屋のドアを開けた。
「あ、うん。頑張れ」
「俺も、ここだとバカがいて集中できないから、部屋いく」
まさくんはノートパソコンを閉じてさっさと自分の部屋へ入っていった。毎回毎回煽らなくてもいいのに。
日暮の怒鳴り声を後にして、私は部屋に入り、ドアをバタンと閉めた。
「……はあ」
ノートパソコンを開く。書きかけの小説が出てきた。まだ一回も書籍化したことはない。客観的に見れば、いわゆる王道ラブストーリー。書いてみたかったが、何かが物足りない。
キーボードを打ち出す。川森ちゃんのことを気にしていたせいか、だんだんと友情ストーリーになっていく。
今は書けない、と思い、パソコンを閉じて紅茶をひと口飲んだ。
……日暮の気持ちは十分にわかる。でも、今の川森ちゃんを、私たちは知らない。だから、わかってる気になっちゃだめなんだ。
ドーーーーン
その時、外から爆発音が聞こえた。
ドドドドドドドドドドドドドーーーン
いや、銃声……?
ノックと同時にドアが開く。クロエが私に銃を押しつけた。
「ここは見つからないと思うけど、念のために持ってて」
「こんなところまで兵が来たことはなかったわ」
「うん……大丈夫だと思うけど」
ここの明かりが全て落ちた。みんな、床に伏せた。
しばらくシーンとした空気が漂う。
銃声は止んだ。
「……行った?」
また銃声が鳴り響く。
「……いや、鳴ったり止んだり……どういうこと?」
クロエは顔をしかめた。
「待って」
まさくんがよくわかんない小さな機械を見せて言った。
「これで銃の数と種類がわかる。種類は、政府の人間が使うP230JP、もうひとつが…………は?」
「は?ってなんだよ」
「……P230JP。全く同じ種類のものだ」
え……?
「いまいちわかんねーんだけど、俺」
「だから!政府の人間と政府の人間が戦ってんだぞ、そこで!」
珍しくパソコンを見ずに、動揺してる。
「それって、どっちかの人がその銃を盗んだとかってない?それか、謀反の罪とか……」
「謀反て…」
「ああそうだ、そういうことなんだよ、千尋ちゃん」
え?
「政府で支給される銃は最初に持ち主の情報を入れるからその人しか使えない。SPとかから盗むのは無理なんだ。てことは政府の人間が裏切ったとしか考えられない。……そいつ、こっち側かもしれない!」
仲間ってこと……?
ドーーーーン
ドドドドドドドドーーーン
ドドドドーーーン
「……!」
「…!」
「待って、なんか言ってるわ」
「え?」
「……!」
「……じゃないの!」
「…ってるさ!だからここにきたんだ!」
「とにかく、私は関係ないから!」
この声って……。
「川森……?」
日暮が目を見開いてつぶやいた。
「は?」
「川森って……凛さん?」
「この声、絶対川森ちゃんだよね……?」
「ああ……」
私たちの予想は当たった。だんだん声が近づき、私たちがいるこの廃墟の前まで来た。そこには見知らぬ男と……川森ちゃんが、撃ち合っている。
「あぶねーぞあいつ!あんなずうたいデケーおっさんと戦ってちゃあ…!」
飛び出そうとする日暮を、まさくんが取り押さえた。
「待て日暮。さっきの話聞いてただろ!……
「んなこと知るかよ!助けに…っ」
「あれは敵だぞ」
え……!
「助ける義理はない。日暮と千尋ちゃんの“高校時代の友達”だとしても、今は政府の人間。敵なんだ」
「待ってよまさくん…!君だってさっき、裏切り者だって……仲間かもしれないって言ってたじゃない!」
「裏切り者にせよ、俺たちは政府を信じてはいけない。そう決めただろ」
そんな……!
言い返そうとしたけど、いつもよりずっと冷たいまさくんの表情を見て、口を開けなかった。
そうだった。私たちは決めた…いや、知ったんだ。日暮の呼びかけで集まったあの日から、政府を信じてはいけない、と。
でも……川森ちゃんが政府の人間だなんて……!
信じたくないけど、そう思えば思うほど証拠が見つかる。SPバッジ、飛んできた弾、会話の内容……。
なにもかもわからなくなり、涙が溢れてきた。
「千尋ちゃん、大丈夫?」
「クロエ……」
「…俺たちは、一応信じられる仲間だ」
日暮はうつむいたまま言った。
「だから、約束破ることもわかってくれ!!」
「
「おい、待て!」
日暮がまさくんの銃も奪って川森ちゃんの方へ走って行っちゃった。
「……っチ。バカはしょうがないな」
…本当だね。
結局私たちは、日暮を中心に国と戦ってる。誰かが欠けたら話になんない。涙なんてピタッと止まった。そしてだんだん恥ずかしくなる。
まさくんがノートパソコンを開いてゆっくりと立ち上がり、日暮れの方へ歩き出す。続いてクロエ、長瀬くん、そして私。
次の瞬間、驚いた。あの気弱な長瀬くんが一番に飛び出た。格闘技をやっていたと聞いてたけど、あの普段の様子から見ると意外。川森ちゃんも男も唖然としている。
「…はあ!?あなた、さっきののっぽ…!?」
「のっぽって言わないでぇ!」
「なんだこいつポンコツ面しやがって…うぉ!?」
そして強い。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいぃ!」
これ以上ないほど申し訳無さそうな顔で謝りながら男を素手でボコボコにしている……怖すぎる。
取り残された私とまさくんは顔を見合わせる
「……
煽り気味にクロエが言った。まさくんは若干しょげてる。
「もともと俺、使えないし」
「ま、空中からよろしくね」
言い捨ててクロエは長瀬くんの元へ参戦した。
まさくんはため息をついたあと、パソコンとまた謎の機械を同時に操作して、ドローンを飛ばした。なんかドローンから弾撃ってる?よく見たらゴム弾だけど……男痛そう。
「ちょっ…いい加減帰っ…」
川森ちゃんまで弾よけてる……あれ、なんか、怒ってる?何言ってるかは聞こえない。
「…なんだお前ら、SPの仲間なのか?!」
ボロボロになり、さすがに男が焦り始めた。さすが、長瀬くんの力も日暮の身体能力もすごい。
「……ただの、盗賊ですヨ」
男の背後にいつの間にか日暮がスタンガンを構えていて、男は気絶させられた。
「へへっ俺らの団結力なら楽勝!」
「はじめて組んで戦ったけどね」
日暮は満足そうに笑った。機嫌は完全に直ったみたい。
問題は……。
「あ、えっと、川森ちゃ…」
「関わりたくないって言ったよね?」
あー……。
「まだ言ってんのかよ、そろそろ素直に…」
「素直とかじゃないの!あいつは……あの男は議員の暗殺を計画していた、反逆者なの!結果的に捕らえられたから良かったけど…もし失敗してたら議員の情報が闇市にもれてた……邪魔しないで!」
え…じゃあ、“裏切り者”は、仲間はどっちかというとあの男の方ってこと…。
……やっぱり、川森ちゃんは政府の人間なんだ。
「お前っ…!今のクズばっかの政治家によく使われて、何が楽しんだよ!戦争してんのだって……!」
「……黙ってくれる?あんたらに何がわかるのよ!」
「…ああ知るかよ!澪を“殺した”政府の手伝いをするやつのことなんてよ!!」
川森ちゃんの眉が少し動く。
「日暮、その辺にしろ」
川森ちゃんは早歩きで帰っていった。日暮は追いかけなかった。辺りが静まり返る。空気は冷たい。
また、涙出てきた。なんでこんなバラバラになってるのよ……。
どうしたらいいの……?
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