Anarchy
すずちよまる
第1話 桜吹雪と真実が舞う
『
『
『何が?』
『死ぬかもしれないんだよ』
『戦争の話?』
『昨日……父さんがね、戦場に行ったんだ。父さんは警察官だから、行かなきゃいけないんだ。もう、会えないかもしれない…』
『どうして?』
『だって……ずっと昔の戦争では、たくさんの人が亡くなったんだ。僕たちも…戦わない、関係ない人たちもみんな、死んじゃうのかな?』
『もう、澪は気弱なんだから。大丈夫よ、この国もこの世界も、意味もなく戦争するようなバカじゃないわ。きっと何か事情があって、その用が済んだら終わるはずよ。戦争して解決しなきゃいけない時代じゃないもん』
『凛は…強いね』
『…さ、早く学校行こ!』
『うん……戦争で死ぬかもしれなくてもさ、僕たちはきっと……
「ずっと一緒だよ」
「え?」
ふと、“この時代”が始まった、私たちが小学生の時のことを思い出した。
「どうしたの、急に」
「小学生の時、澪に言われた」
「言ってない言ってない」
「言った。ちょっと照れんな」
澪は変なところで恥ずかしがる。正論とか精神論が大好物のくせに、キザなセリフは嫌いらしい。似たようなものじゃない。澪の基準は今でもよくわかんない。でも、私は澪が大好きだ。
幸せを絵に描いたような日常だった。そりゃ、今は戦争中だし、テレビでは心の痛むニュースばかりが流れてる。でも、私たちには直接は関係ない、はず。
ただ今は幸せ。
こんな訳もわかんない戦争の時代。世界規模らしい。……何戦争だっけ?無駄な犠牲出さずにとっとと終わればいいのに。テレビを見るたびに思ってる。でも、それ以上は深く考えなかった。
キーンコーンカーンコーン
「絶対猫だね」
「犬だし!」
「……まあ、考えは人それぞれだし、個性を尊重する事が大事って令和の時代に」
「あーもう令和令和飽きた!昔の話はつまんない!」
「はははっ。
「勉強嫌いだし、理系だし!…あ、理科の課題出してない」
「提出日一週間前だけど」
転々と変わり続ける話をしながら私たちは学校をでた。
4月の後半。この前まで風と飛んだ桜吹雪は絨毯になっている。
「そう言えば、もうすぐ誕生日だね、
「そう言えばって?忘れないでよ」
「どーだろ?」
何気ない会話で桜の絨毯の上をゆっくり歩く。この時間が終わらないように…かもしれない。
「わっ」
突然、私たちの高校の制服を着た腕が澪と私を後ろから捕まえてきた。
「何イチャイチャしてんだよ」
「リア充め」
振り返ると、クラスメートの
「うるさーい。そっちもね」
「それはないな」
「冗談は自分らだけにして、川森ちゃん」
「ガチトーンか」
日暮は運動部の割には礼儀がない。清野は歴オタで一見清楚優等生のくせに毒舌…まあ、なんだかんだで高校からずっと同じメンバーでいる気がする。大体私が澪と帰っていると、この
「じゃ、明後日、日曜日に澪ん家集合な」
「おっけー…その日私と日暮は後から行った方がいいのかしら?それとも早く帰った方がいい?ねー川森ちゃん」
「変な気遣いは無用でーす」
これもまた、転々と変わり続ける話題と共に、私たちはバラバラの方向へ帰った。
幸せが続いてほしいと思っていた。続くと思っていた。
戦争なんて関係ないと、思っていたかった。
この時までは。
4月22日。
ピンポーン
誰も出てこない。誰もいないなんてことないと思うけど。
私はもう一度鳴らそうと、ボタンに手を伸ばした。
その時、鍵を開ける音がして、すぐにドアが開いた。
「
出てきたのは、ものすごくこわばった表情で無理やり微笑む澪のお母さんだった。目は泣いた後のように腫れている。さっきの声も、いつもの元気がなく、弱々しかった。
何か、おかしい。
「どうしたんですか?あの……」
「あっ……今日、約束してたのね。あの子、凛ちゃんにも言ってないなんて。いくら国との約束だからって」
全く意味が分からないことを言いながら、澪のお母さんは泣き崩れてしまった。
「大丈夫ですか?あの……言ってないって何を?」
澪のお母さんはなぜか決まりの悪そうな顔で目をそらす。でも、すぐに向き直り、ゆっくりと話しだした。
意味わかんない……!
私はこれまでにないぐらいの勢いで走った。何度も転んだ。でも、転んだことなど数秒もすれば忘れ、柄にもなく一点のことにしか考えが回らない。
そもそも、頭が追いつかない。
『
『昨日知らされて。今の治安で、国に逆らったらどうなるか分からないって澪は泣きもせず……』
徴兵があることなんて、今まで誰も全く知らなかった。国がそうしたんだ。その時が来るまで、隠すことにしたんだ。
“ギリギリまで幸せでいてほしい”?そんなの偽善でしかない。何も言わずにいなくなるなんて、もっといかれてる。
ほんと、意味わかんない。
まだ、間に合うと信じて駅の中へ入った。
プラットフォームを駆け回って探した。見慣れた服装、見慣れた背中、見慣れた顔……
なかった。私の知っている、服装も、背中も、顔も。
そこには、軍人の格好で、重そうなみたことないリュックを背負う背中、それから、みたことない悲しい、強い顔がたくさんあった。
みんな同じ顔。兵士の顔。私の知らない顔……。
その中に、ほんの少し面影を見つけた。やっぱり、他のみんなより、強さが欠けている、気弱な顔。
「澪!」
振り向かれたとき、ここまで来てしまったことへの罪悪感が少しうまれた。澪は悲しむ私たちを見たくなかったんだ。
「凛…?なんで……」
それでも、せめて最後に話したい。
「……意味わかんないんだけど」
声を……聞きたい。
「……ごめんね」
「許さない」
「許してよ」
「いやだ」
「泣かないで」
泣いてなんてない。そのつもり。
「笑って…笑ってよ。こんな弱い俺が、兵士だって」
なんだ、澪こそ、泣いてるんじゃない。
「……また会おうね」
それだけ言って澪は後ろを向き、私の前を離れようとした。やっぱり見慣れない。この冷たさ。
恋人同士の“また会おう”はたいてい嘘みたい。特にこんな時代の、“また会おう”なんて。そんな
「待って!」
澪は立ち止まった。でも、振り返ろうとしない。
「ついて来るとか、論外だから。凛は強いけど、女の子だから。俺は弱いけど、男だから。結局は、こんな状況でジェンダーレスも役に立たないんだよ」
出た。ド正論。そう言うとわかって来たんだから。
「絶対!」
真剣で、でもやっぱり弱々しい。しばらく会えないだけ。
私は澪の手を掴んだ。澪はやっと振り向く。
「絶対絶対……“死んでも”帰ってこいよ!」
澪は泣いてない、つもりなのかな。
私は泣いてない、つもり。
「……はははっ。凛は相変わらずだね。
……大丈夫。“死んでも”、帰ってくる」
一瞬の、最後の最後。
私の知ってる澪の
そして鉛の固まりに乗って、同じ格好の人たちと行ってしまった。
怖くはない。約束したから。
「……絶対なんだから」
あれから5年たった。毎日思い出すけど、もう何も思わない。何を見ても、何も感じない。悲しいとも、切ないとも、寂しいとも。
その事実は何を思っても変わらない。
澪のお母さんから連絡があったあの日、泣く意味がないことを知った。
……この
私は早歩きでカーペットを歩き、政治家の山本太郎氏の仕事部屋へ向かった。戦争することをやめない政治家も同じカーペットの上を偉そうに歩いていると思うと癪だ。
ノックした後、無駄に立派な扉を開けた。
「おはようございます、議員」
「やあ、川森くん。今日も早いね」
山本氏はいつもの満面の笑みで私に書類の束を差し出した。
「……明日までにって言いましたよね?本を出したいって言ったのはご自分でしょう」
「す、すまない。いやー自分の考えを世に主張するってのはそれほど簡単なことじゃないんだね。諦かけたよ」
優しくて、気弱な笑顔。誰かに似ているけど、この
中でも一番操りやすそうな議員の秘書に就いた。
“優しさ”は“簡単”、“偽善”は“クズ”……。良い政治家なんて、この時代にはもういない。一番最低で、一番偉いやつと同じ脳みそしたやつらが世界を動かす。悪循環だ。毎日毎日クズな世界を動かすあくどい
夕方。薄暗くなった道の端では、ダンボールやらコンビニ弁当やらが散らばっている。この辺りは、ハエが多い。
放心状態で居座る人も、ダンボールの中で全く動かない人も、見かけたって悲しくも怖くもならない。最近は、とうとう同情さえしなくなった。
“当たり前”。あってはならない当たり前が、完成しようとしている。
人の多い街の方へ入った。ここはいつだって明るい。
そうだ、スーパーに寄らなくては。議員のポスターを持って行くんだ。なぜか今日は、議員に疲れていると思われ、ポスターのことだけを担わせて早い時間に帰された。秘書を使いすぎだと誰か言われた、そんなとこだろうが。
私は少し先のスーパーへ歩いた。そして、スーパーが見えてきたその時、目の前を男が横切った。どこかでみたことある顔だった。真っ黒の服装で、典型的な怪しいやつだ。気になってその男を目で追うと、手には見るからに女物の派手な財布を持っていた。反対側をみると、財布に負けないぐらい派手なおばさんがスキップでスーパーの駐車場へ入っていった。
よくあることだ。珍しくもない。いつもなら放っておく。ただ、男の見たことある顔が気になる。
「待て」
私は男の腕を掴む。男はぎょっとした顔をこちらに向けた。バレたことなんてないんだろう。私の職業柄、こういうことをするのは正しいが、今の時代、誰ひとりとやらないことだ。金のない者への同情か。またはそれを言い訳に面倒がっているのか。後者が大半だろう。
ああ。声なんてかけなければ良かった。全く知らない男だった。面倒なのは私も同じだ。
私は男の腕を離し、後ろを向いた。
「いや、人違いです。すみませ…」
「お前、もしかして川森か?」
「……は?」
もう一度男を見る。私には、こんな怪しい知人はいない。この5年間でなら尚更だ。あの時から、できるだけ人との関わりを絶ってきたんだ。こんな街中にいくらでもいそうな男なんて、知るわけが……。
「俺だよ、川森。日暮。
……は?
「いやー俺もまさかと思ったけど。こんなとこで会うなんて。戦争が激しくなってから連絡もしてなかったしなあ」
意味がわからない。
「にしても、お前全然雰囲気違うな。しゃべり方といいいろいろ」
「待て……えっと、日暮なの?」
「ん?ああ、日暮だよ。高校生でオール1取った、超バカの、日暮明斗くんっすよ!」
「なんで……ここにいるわけ?」
絶対おかしいんだ。日暮には徴兵のこと、もちろん言っていないし、5年前の10月には兵士になった。死んだとは聞いていないし、まだ戦場にいるはず……。
でも、言われてみれば、このペラペラした話し方、絶えないむかつく笑み、日暮のものとしか考えられない。
「なんでって……ああ、そうか。川森には言ってなかったなあ。なにせ連絡手段もなかったし。」
話を聞くに、こいつは戦争中、致命傷を負ったらしい。生活に支障はないが、戦うなんて無理に決まっている、ということで帰されたそうだ。
「そうなんだ。よかったね。じゃあ」
「いや待て!話は終わってないぞ」
できるだけ関わりたくない。誰にも、何の情も湧かさない。これがこの世界での、一番楽な生き方だ。
私はまた後ろを向き、その場を離れた。
あいつはバタバタとついて来る。
「ついてこないで。関わりたくないの」
後半は少し声が小さくなったが、聞こえているはずだ。なのにこいつはついて来る。何か話しているが、私はほとんど聞かない。
「それでな、お偉いさん達の話を聞いちまったんだけどよ……」
日暮はついて来るのをやめて、立ち止まった。私は構わず歩く。少しスピードがおちたのは、気になったからではない、はず。
しかし日暮は、衝撃のことを口にし、思わず立ち止まった。
「
私と
一番奥の席に座る。日暮はオレンジジュースと頼んでもいないのに私のコーヒーを注文した後、私のほうに向き直り、肘をついた。
「さて、真実を伝えよう」
「ふざけないで話して。
「ああ。…実は俺、澪が徴兵で戦場行ったって、知ってたんだ。川森が澪の母ちゃんから話を聞いてる時に、俺もちょうど澪の家について。入り口の外から聞いてた」
じゃあ、あの時飛び出して走って行ったのも、見られていたんだ、と考えるのはやめておいた。
「でな、あー、俺も10月の誕生日には、行かなきゃなんねぇんだって、ショック受けてて。まあでも、澪に会えるかもなって期待もあって。でもいざ兵にいってさ、“澪は死んだ”って。さすがにふざけんなー!ってなってさ。もう戦争って、生き残れねーのかなって」
ウェイトレスが来て、日暮の前にコーヒー、私の前にオレンジジュースが置かれた。
「で、ある日、お偉いさんの集まる議事堂?的なとこに行くことになってさ。上司について行ったんだけど、そのときすんごいことを聞いちまって」
日暮は表情を変えずにオレンジジュースを自分の方に、コーヒーを私の前に押し出した。
「『
「それって、いつ?」
「たしか……兵に行った年の12月だ」
「他にはなんて言ってたの?その議員の名前はわかる?」
「待て待て、落ち着けって」
落ち着けるわけがない。澪が生きてるなんて。思いもしなかったことだ。だが、よく考えれば、“国”が一般人に嘘をついて隠蔽するなんて、不思議なことではない。ただ問題は、なぜ澪なのか……。
「その時俺は澪が生きてるって
日暮はオレンジジュースをひと口飲んで、ニヤっと笑った。
「澪が生きてる。そんなすげー真実を知って、放っておくわけねーだろ?俺たちはこの約5年間、いろいろ探ってたんだ。澪がどこで何をしているか、知るためにな」
「俺たち?」
「ああ。開いてる日あるか?できるだけ早めに」
「うん。明日と明後日は休み」
「よし。じゃあ明日もファミレスに。俺の仲間を紹介してやろーう。情報もいろいろ教える」
日暮はオレンジジュースを一気飲みして立ち上がった。
「あ。さっきから気になってたんだけど、その筒はなんだ?」
「え?……あ。今何時?」
「……10時」
スーパーは8時まで。とっくに閉まっている。ポスターを持っていくのは……明日でもいいか。よく考えたら、こんなミスは社会人になってから初めてだ。…疲れてはないと思うが。
「てか、新しい連絡先くれよ」
「あ、うん……にしても、随分落ちぶれたね。仕事もないんでしょ」
「ははっ。るっせーな。親の金で生活してるよ」
「うわ、ニートめ。そういえば、金持ちだったっけ。あんたの家」
「まあ、そろそろ小遣いじゃあいろいろ探る金が足りなくなってっから、ラーメン屋でも開店すっかなあ、なんて」
何言ってんの、こいつ。
思わず吹き出してしまった。なんだか懐かしいような。
「何それ、絶対行ってやらない」
「お、ちょっと戻ったな。……じゃあ、明日な」
戻った?
日暮はそれだけ言ってさっさとファミレスを出て行った。
今気付いたが、私は久々にほんの少し笑っていた。
そして今気付いたが、
私は会計を済ませ、ファミレスを出た。
それにしても、今日は目まぐるしい1日だった。
「……
今思うと、昔の私は、澪が死んで、
何を信じていいかなんてわからない。でも、ほんの少しでも希望があるなら……。
その時、毎日通る通勤路の公園に、一本の桜の木を見つけた。なぜ今まで見えなかったんだろう。花はほとんど落ちて、公園にピンクの絨毯が敷かれていた。生ぬるい風が吹いて、花びらが舞う。辺りが暗いからか、それは光って見えた。
見たことある光景だったが、何も感じない。
ただこの桜吹雪が、何かとんでもないことの幕開け……のような気がした。
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