第7話
「おい左慈、次は貴様の番だ。布団を、飛ばせ」
「いや明日じゃねぇのかよ」
3時限目の恋華のやらかしにより、私とその元凶は食堂にて昼食の時間を削り机に向かって原稿用紙に文字を書き殴っていた。
「というかお前ら、今度は何したんだよ? さっき救急車が来てたじゃねぇか」
「それについては心配いらん。手越の奴は大げさすぎたんだ、奴は今年赴任してきたばかりだからな、教頭の強靭さを知らないが故に救急車を呼ぶという失態を起こしたんだ。今頃校長に叱られている頃だろう」
「……いや、人として手越先生は正しいだろ」
毎回毎回何故か今事記部のやらかしを受けている教頭が今さらサンドバックが降ってきた程度でどうにかなるわけがなかろう。
人として云々の前に坂野傘高校の教員として自覚が足らん。
「教頭のことはどうでも良い。さっきチラと見えたが、今日も今日とて花壇に水をやって花に話しかけていたよ」
「お孫さんから失せろハゲチャビンって修羅のような顔して言われたことを花に報告していたよぉ」
「お前も一々報告せんでいい。教頭にも色々あんだから察してやれよ」
「それで左慈、お前はこの役立たずとは違ってさぞ素晴らしいアイデアがあるんだろう? さっさと私を満足させろ」
「なんで俺がアイデア持っていること前提で話を進めてんだ」
「ちょっとのがちゃん! ウチが役立たずなら左慈なんて産まれた意味を問い直さなければならないレベルだよ!」
「よっしお前ら喧嘩売ってるな? 買ってやるから表に出ろ」
私は左慈を顎で指し、恋華に目配せをする。
指の骨を鳴らす恋華に、左慈が顔を伏せた。弱い男だ。
「まあまあ、左慈くんも何だかんだ付き合ってくれるんだからそのへんでね蜜柑ちゃん。恋華ちゃんも拳を収めて」
「ふむ、クロウが言うならこの辺にしておくか。それで左慈、実際お前は何かないのか?」
「あるかないかっつわれれば微妙だが、少なくとも俺は夜なべして布団の中に砂は入れねぇな。というか恋華、親父が怖がってたからちゃんと説明しておけよ」
「は~い」
4人も人がいて何故有用な案が出てこないのか。私は頭を抱え、鶴来姉弟を呆れたような顔で見る。
「いや、なにお前は役立たずに向けるようなツラしてやがるんだ? お前も一切役に立ってねぇからな?」
「私は部長だぞ? 存在そのものに価値があるだろうが」
「存在に価値があるとして、それは硬貨3枚程度の価値だろうよ」
「蜜柑一個300円」
「高級蜜柑だろうが!」
私は話しながらも続けていた反省文を丸め、ため息を吐き、食券を買いに行く。
腹が減っては良い案も出ないということだ。
恋華もまた腹が減っているのか、私の隣でハンバーグとナポリタン、オムライスとエビフライ定食、プリンの食券を頼んでいる。
このお団子マッスル、胃袋がいかれてやがる。
お子様ランチメニューを毎回頼む恋華だが、それを1人前ずつ頼むのは腹ペコキャラ以外の何物でもないだろう。
大して私は慎ましいもので、ライスを1人前である。
淑女たるもの、腹に入れるのは控えめに。である。
「相変わらず食うな恋華、我が家のエンゲル係数の8割はお前だってこと自覚してくれねぇ? 俺の小遣い減らされてんだけど」
「鶴来家の食事事情などどうでも良い。今はとにかく有用な案が欲しい」
「案っつてもよ。そもそもよくわかんねぇんだよ」
「わからんとは?」
「えっと蜜柑ちゃん、そもそもの話、これはダジャレを面白くすればいいの? それとも奇をてらったことをすればいいの?」
「む? う~ん……いやそうか、確かにクロウと左慈の言う通りだな。私たちに足りないのは基準か。要は明確なルールがないから迷走する、漠然と布団が吹っ飛んだの形を変えろと言われても困惑するのは当たり前だな」
「そもそもコンブの企画ってよ、非日常を書き綴る物じゃなかったか? 現実で起こり得ないことを起こして、それを日記にしていくんだったよな?」
「それなら、恋華ちゃんと左慈くんで達成できてるよね? 昨日は左慈くんインの寝袋が飛んで、今日はサンドバックが降ってきたわけだし」
左慈が良い具合に纏めてくれたが、確かにクロウの言う通り、今事記部としてはすでに活動記録に欠ける程度にはやらかしている。
しかし私の目的はそうではない。
私はこの活動を通してクロウとイチャつきたいだけである。
「……」
私が思案していると横目でハンバーグを吸引していた恋華が食べる手を止め、呆れたような顔で左慈に目をやったのがわかった。
「あ?」
恋華がクロウを顎で指しており、それを見ていた左慈が頭を抱えたかと思うと、私の脳天に突然チョップを入れてきた。
「な、なにをするだぁ!」
「いや、そういうのに巻き込むんじゃねぇよ」
あの呆れ具合、私の思惑が漏れてしまったのだろうか。
呆れる2人の顔が見え、私はつい頬を膨らませる。
「あら可愛い」
「勘九郎、甘やかすな」
ちょっとだけ泣きそうになり、私の脳が感情を爆発させたい欲求が高まっていることを察知する。
そして私はテーブルを叩く。
「だってぇ! しょうがないじゃない! もうこれしか方法はないのよぅ!」
「うわぁ突然キレれんな!」
「のがちゃんどうどう」
「何よなによ! どうせ私はポンコツですよ糞雑魚ナメクジですよ! だからどうしたぁ! 反省文でも何でも書いてやらぁ!」
「ああもう拗ねちゃった。ほら有海くん、あとは任せた」
「え? ああうん――ほらほら蜜柑ちゃ~ん」
「つ~ん」
「わかりやすく拗ねてんなこりゃあ」
私は貝になりたい。これ以上醜態をさらすのなら貝になって浜焼きにされて人生を終えたい。
「あ、でも酒蒸しでも良いかも」
「なんの話をしてるのぉ?」
と、私が今後の人生プランを練っていると向かいにいたクロウの手が頭に伸びてきた。
「ほら蜜柑ちゃん、よしよし。突然どうしたのかわからないけれど、僕は蜜柑ちゃんといて楽しいよ。だからこれからも、楽しいままの蜜柑ちゃんでいてくれると嬉しいよ」
「クロウ……」
「俺さ、勘九郎が物凄い鬼畜に思える時があるんだが」
「この状況でこれからも自分を愉しませてほしいなんて慰めるのは間違いなく鬼畜だよぅ」
鶴来姉弟の言葉を受けて照れたようにはにかむクロウだったけれど、確かにこんなところで躓いていても仕方がない。
少し落ち着こうと思う。
私は深呼吸をすると、テーブルのライスに家から持ってきたものをかける。
以前流行っていたマイ調味料という物である。私はこれでも女子高生だ、流行には乗って行かなければなるまい。
私はライスに市販のナタデココをシロップごと回しかける。
「……なんだ左慈?」
「いや、うん」
「のがちゃんの感性だからどうこう言ってもしょうがないかもだけれど、きっもちわるいよね」
「貴様それはこのスーパー蜜柑スペシャルを冒涜しているのか?」
「おめぇは米を冒涜してんだろ」
「そもそも胃がイカれている恋華にどうこう言われる筋合いはない」
「舌が狂ってるよりはマシだもん。そもそも何で甘くするの?」
「何でってお前、米はスイーツだろう?」
「何言ってんだお前?」
まったくこれだから学のない連中は困る。
中国には甘いおかゆもあると言うし、そもそも甘酒は甘いお米だ。
以上のことから、どう考えてもコメはスイーツであるだろうが。
「ほら見ろ、クロウだって腹を抱えて笑っているぞ。お前たちは無知を自覚しろ」
「いやこれ俺らが笑われているわけじゃねぇから!」
左慈の大声に、クロウが笑いをこらえながら何度も何度も自分の太ももを叩いていた。
今事記部の活動についての話は進まなかったが、クロウが楽しそうだし、この場は満足することにしよう。
私はそう決め、蜜柑スペシャルをスプーンで口に運ぶのだった。
あるみかんのうえにある蜜柑 筆々 @koropenn
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