第5話

「んで? 俺はそんなアホみたいなバカ企画に巻き込まれて投げ飛ばされたってことか?」



「仕方がないだろう、あれを実現させるにはそれなりに体がタフな人間を用意しなければならなかった。ちょっと力の強い可愛い系の女の子に、毎日ド突かれているほどタフな奴がな」



 さじと布団を投げることを終えた私たちは、鶴来姉弟の自宅である喫茶・風蜜かぜみつでテーブルに腰を掛けて今日の被害者である左慈に今事記部の企画を話していた。



「なら布団だけ飛ばしてろよ。中に人がいる意味ねぇじゃねぇか」



「それは盲点だった、次からは参考にしよう」



 頭を抱える左慈の背中をトントンしているクロウ。

 四人掛けのテーブルで、私の正面にクロウと左慈がおり、私の隣には誰もいないのだけれど、ちょうど奥から恋華がエプロンを掛けて出てきて、手には4人分のティーカップを持っていた。



「左慈も手伝ってよねぇ」



「乃上有には塩撒けばいいのか?」



「私の全力ネコだましを見たいと申すか?」



「……相撲で塩撒くのは、なにも相手に嫌がらせ目的でしてるわけじゃねぇんだわ」



「お前が私に嫌がらせ目的で塩を巻こうとしていたことがよくわかったよ」



 恋華から受け取ったカップを口に運ぶと、ラベンダーの香りが鼻を抜け、後を追うようにベリー系の甘い香りがした。



 風蜜はハーブティーの喫茶店で、お茶請けとしてハーブを練り込んだクッキーが出てくる。



「ありがとう恋華、少し落ち着きそうだ」



「どういたしまして。それよりのがちゃん、ウチに大見栄切ったんだからこれで終わりなんて言わないよね?」



 正直終わりにしたいが、恋華から放たれる圧が強く、止めるという選択肢が口から出てこない。



 私は震える手でクッキーを手に取り口に運ぶ。サクッと口の中で香ばしい小麦の香りが弾け、舌の上でほろほろとクッキーが躍り、喉を通り抜けた時、少し癖の強いハーブ……これはオレガノだろうか、心地よい香りが胃に流し込まれていく。

 甘さ控えめの焼き菓子はいくらでも腹の中に入りそうで、晩ご飯との兼ね合いで、私はクッキーに伸びる手を無理矢理止めて、クロウに目をやる。



「お前はなにか案はないか?」



「う~ん? そうだね~……みんなでお泊りするとか?」



「お泊り!」



「うわびっくりした。急に興奮すんなよ、情緒不安定な奴だな」



「お泊りというのはつまり――お泊りということですか!」



「のがちゃん落ち着いて」



「蜜柑ちゃんはさ、ダジャレって言うのは意識しないと起こらないって言ったけれど、僕はそうは思わないんだよね。だから布団が確実にある状況にしてみれば自然と実現できるんじゃないかなって」



「お泊り、お泊りか。いやだがそれはまだ早いんじゃないだろうか? 私にも心の準備があるし、何よりも大人の階段はまだ私には早すぎる。そ、そんなちゅーなんて一体私はどうなって――」



「あ、有海くん、のがちゃんが心配過ぎるからウチたちもお泊りするね。場所はのがちゃんの家で良いよね?」



「うん、そのつもりだよ。左慈くんも一緒にお泊りしようね」



「俺を巻き込むな勘九郎、絶対に面倒なことになる」



「まあまあそう言わずに。それに蜜柑ちゃんの家にお泊りとなると、料理出来る人がいないとコンビニ弁当になっちゃってそれはそれで味気ないんだよ」



「晩飯要因かよ! というか乃上有、相変らず料理できねぇのかよ」



「お米にナタデココかけたりアンコかけたりするド変態だからねぇ」



「舌引っこ抜いた方が良いんじゃねぇか?」



「蜜柑ちゃんって僕が知っている中じゃ嘘吐いたことないし、難しいんじゃないかなぁ」



「お米用意しておくから左慈は障子張り替えてよ」



「俺に大きな葛籠を開けさせる気かよ!」



「舌切り蜜柑……」



 クロウが何か笑っているが、何かいわれもない誹謗中傷を受けていた気がする。

 お泊りというワードに心奪われていたが、これは部活動の一環だ、何を心乱す必要があるのか、私はクロウに向かってサムズアップ。



「それじゃあ今週のお休み、蜜柑ちゃんの家でお泊りね」



「え、今日じゃないのか? 今すぐ帰ってシャワー浴びてこようと思ったのだが――って私の家?」



「ウチと左慈もいるからね~」



「……チッ」



「舌打ちしやがったぞこの女」



 私がトリップしている間に、大分変な方向に話がいっていたようだ。



「それじゃあお泊りは有海くんのアイデアとして実行するとして……それじゃあ明日はウチのアイデアだね」



「は? いや別にお前の企画など期待していないが?」



「いいじゃんみんなで考えれば。明後日は左慈ね」



「俺も?」



 やはり変な方向に話が進んでいる。

 いつの間にか今事記部with鶴来姉弟みたいになっている。



 嬉しそうな恋華の横で、怠そうにしている左慈、そして少女のように笑っている同い年の男子高校生、クロウが何だか色っぽくも見える流し目で私を見てきた。



「蜜柑ちゃん、何だか楽しくなってきたね」



「あ、ああ」



 目が離せないほど魅惑的な彼の顔から、私は目を離せなかった。

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