第4話

 私たちは固唾を飲んでそれ・・を見守る。



 時刻は放課後、私とクロウ、そして恋華と彼女が掴んでいるゴソゴソと蠢く寝袋。

 ついに我々は今事記部として一歩を踏み出そうとしていた。



 おもむろに恋華が寝袋の足? を掴み、私とクロウを見て力強く頷いた。私とクロウも彼女の頷きに頷きで返す。

 3人の気持ちは同じだ。期待に胸を膨らませているがやはり不安で、この結果によってまた最初から計画を練り直さなければならない。



 ここまで来るのにどれだけ困難な道を歩んできたのか、それを思い出しているからか、恋華の手にも力がこもっているのがわかる。



 緊張の一瞬、私は縦で握り拳を作り親指を立て起爆スイッチを押すような動作をする。



「イグニッション!」



 私の掛け声に、恋華が寝袋を両手で掴み、そのまま腰を回してその場でクルクルクルクル――。



 寝袋が振り回されている、所謂ジャイアントスイング。



 そしてついに、暴風にも負けず劣らずの回転を経て、恋華の手から寝袋が離された。



 宙を舞う寝袋。否、広義ではあれも布団だろう。

 ついに我々は布団を空へ、いや彼方へ――ふとんがふっとんだ。



 空へ舞った寝袋が、重力よろしくニュートンも頷くほど華麗に、それは当然の帰結とも言えるほど当たり前に、学校の敷地内の運動場へと帰ってきた。



 ずさぁぁっ! と大袈裟な音を鳴らしながら砂煙を上げ、運動場を滑るように転がっていく寝袋、我々はただ、そのあまりにもあれな様を見つめていた。



 転がるのを止めた寝袋は、ピクピクと痙攣するような動きをしており、私はそれに歩いて近づいた。



 本来なら空いているはずの寝袋の顔出し穴を覆っていた外付けのカバーを外し、白目剥いている中身・・の口を塞いでいたガムテを私は剥がす。



 そして私はその中身の耳元でつい声を上げてしまう。



「何が面白いんだこれ?」



「はっ倒すぞてめぇ!」



「お前も姉に劣らず口が悪いな。もう少し私を敬ったらどうだ?」



「敬まれるような人間になってから言うもんだぞそりゃあ! というかなんで俺は寝袋に入れられた挙句ゴリラに投げ飛ばされなきゃならんのだ!」



「そのゴリラは先ほど、自分のことをちょっと力の強い可愛い系の女の子だと言っていたぞ」



「ちょっとじゃねぇよあの怪力クソゴリラ! 可愛い女の子は双子の弟をホームルーム終わりに拉致って寝袋に詰めないし、そのまま両手縛って口塞いで投げ飛ばしたりしねぇんだよ!」



 至極当然である。ぐうの音も出ない、反論は不可能だった。



 騒ぐ男――鶴来 左慈さじ。姉の恋華とはあまり似ておらず、小柄な恋華に比べると大柄で、見てくれだけは可愛らしい姉とは正反対に、耳にはピアスを空け、遺伝的には真っ黒な髪も金色に染めているチンピラ風味の風体である。



 そんな左慈にクロウがトテトテと近づき、苦笑いで彼を縛っていた縄を外し始めた。



「ごめんね左慈くん、面白いかなぁって思って何も止めませんでした。あんまり面白くもなかったよ」



「相変わらずおめぇは傷口に塩を抉り込むタイプだな。というか乃上有はお前が手綱を握ってなきゃ駄目だろうが」



「え~、蜜柑ちゃんは伸び伸びやってくれた方が絶対面白いよ」



「……クソ、自分が絶対被害者にならねぇからって余裕ぶっこきやがって」



 流石クロウだ、私のことをよくわかっている。



「それより左慈くん良いの?」



「何がだ?」



「恋華ちゃんが背後にクマみたいなオーラを発しながら近づいてきてるけれど」



「――」



 左慈は逃げ出した。しかし回り込まれてしまったようだ。

 恋華が左慈の顔面を殴りかかると見せかけて、フェイントをかけ空いた手で顎へのアッパーを放った。



 天高く拳を突き上げる恋華と地面へと倒れ伏す左慈を横目に、私は寝袋を片づける。

 するとクロウが近寄ってきて私をジッと見始めた。

 相変わらず可愛い見方をしてくる奴だなとあからさまに彼から視線を外す。



「それで蜜柑ちゃん、どうして左慈くんを?」



「そのままの意味だよ」



「そのまま?」



さじ・・を投げたってな」



 ため息を吐く私に、クロウがクスクスと喉を鳴らして笑うのだった。

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