魅惑の哺乳類

※この文章は、2021年に春風亭吉好兄さんが企画した、『噺家が好きなテーマで原稿を書いて一冊の本にする』という同人誌に寄稿したものです。兄さんの許可頂いて、こちらにも公開致します。




「好きなテーマで自由に書いていいよ」というお題を聞いて、普段の私だったら、ホラー映画とかそっち系のテーマにしていたと思う。

 しかし、ちょうどこの原稿のお話を頂いた時、私はある生き物に夢中だった。今好きなことを書いていいなら、ヤツらの話をするしかないと思った。


 出会いは、YouTubeの動画だった。出会いも何も、動画でしかお目にかかったことは無いのだが、自粛で時間を持て余し、猫の動画などを見るともなく眺めていた時、ヤツらは不意におすすめに現れたのだ。



「ナマケモノ」である。



 哺乳網異節上目有毛目ナマケモノ亜目。ミユビナマケモノ科とフタユビナマケモノ科が現存する。漢字で書くと「樹懶」。今知った。ウィキペディアってなんて便利なんだろう。


 皆さんも、テレビ等で一度は見たことがあると思う。長い爪で木の枝にぶら下がり、日がな一日とにかく怠け続ける奇妙な生き物。

 私ももちろん、存在自体は知っていた。というか、以前から気になる動物ではあった。

 子供の頃、動物番組でナマケモノが特集されており、映像には成長した子どものナマケモノが親の元から旅立つ様子が映し出されていた。親のいる木から離れ、外敵の目を逃れながら、一人で暮らせる木を求めて危険な地上を行くのだ。親子の今生の別れ。感動的な音楽が流れ、私もハラハラしながら画面を見守った。


 しかし、意外な展開が待っていた。木から降りた子ナマケモノは、なんの迷いもなく、親がぶら下がるすぐ隣の木によじ登り、手を伸ばせば届く距離に親と並んでぶら下がりだしたのだ。


 あの時の釈然としない気持ちは今でも覚えている。隣じゃん。ほぼ同居みたいなもんじゃん。じゃあ今の感動的な音楽なんだったんだ。 

 常に微笑んでいるように見えるナマケモノの表情も相まって、なんだかバカにされた様な気分にすらなってくる。その映像は、幼い私に強烈だがどうにもはっきりしない、なんだかよく分からない印象を残し、とにかく変な生き物としてずっと心にくすぶり続けていた。



 そして二十年以上の時を経て、ヤツらは再び私の前に現れた。赤ちゃんナマケモノのサムネに、素直に「可愛いな」と思い、何の気なしにその動画を開く。

 それは、コスタリカのある世界で唯一のナマケモノ保護センターに密着した番組だった。事故にあったり、育児放棄されたナマケモノを保護し、世話をするのだ。

 冒頭、センター内の道路を横切るナマケモノの姿が映るのだが、それを見て自分の中のナマケモノの記憶がずいぶん書き換えられていた事に気づく。




 本物は、記憶よりだいぶ変だった。




 そもそもナマケモノというのは、木にぶら下がっている印象が強い。だからだろうか、ゆっくりと道路の上を、這うとも歩くともつかない動きで移動する姿には、とんでもない違和感がある。

 第一、体の形がよく分からない。頭と胴体があって、前脚と後脚が二本ずつ、という基本的な構造は理解できるものの、じゃあどこまでが頭でどこからが胴体なのか、足の付け根は関節はどうなっているのか。いくら見てもよく分からない。かろうじて分かるのは「なんか、長い」ということだけだ。


 手足も首も、パーツがいちいち長い。そのくせ、境目というものがはっきりしない。平らな場所に座っている姿など、どこからどこまでが胴だか足だか分からない。全体的にぐちゃっとしている。

 首周りも不思議で、顔の輪郭、という概念が無い。首らしきものの先端にいきなり顔のパーツが付いているのだ。ちょっとカオナシに近い。


 あと可愛いんだか気持ち悪いんだかも、いまいちはっきりしない。もしもナマケモノという生き物の知識が全くない状態で夜道を歩くこいつに遭遇したら、腰を抜かして一生トラウマになる自信はある。水木しげるの妖怪図鑑に何食わぬ顔して載っていても違和感は無い。ナマケモノという名前からして、ちょっと妖怪っぽいではないか。

 若干、地球外生物の気配さえ漂っていて、そう言えばスター・ウォーズにも出てきた気がする。


 じゃあ可愛くないかと言えば、そんなことも無い。先ほど言ったように、常に微笑んでいる様な顔をしているので、愛嬌はあるのだ。とはいえ、三、四匹並んでじっとこちらを見つめて微笑まれると、「愛嬌」より「怖い」がギリ勝つ。


 しかし赤ちゃんは文句無しに可愛い。よく可愛い生き物を見て、ぬいぐるみが生きてるみたいと言うが、ナマケモノの赤ちゃんのぬいぐるみ感たるや、半端ではない。あんま動かないし。

 しかもこのセンターでは、育児放棄された赤ちゃんが親の代わりにしがみつくために、職員がぬいぐるみを与えている。ぬいぐるみがぬいぐるみにしがみついているのだ。可愛いに決まっている。

 飼育ケースのふちに爪をかけ、ヒョコッと顔を出す仕草など、赤ちゃんが自分の可愛さを自覚してわざとやっているに違いない。ちなみに大人のナマケモノにヒョコッと顔を出されると、「怖い」がギリ勝つ。


 ナマケモノたちが保護される理由は様々で、怪我したり、親が死んでしまった赤ちゃんは分かるとしても、謎の経緯でセンターにやって来る者もいる。

 あるナマケモノは、バスに乗ってやって来た。状況が意味不明すぎる。

 普通に考えれば運転手が保護したのだろうが、詳しい説明が無いため、勝手に乗り込んでセンターに辿り着いた可能性もなくはない。もしそうなら、気づいた瞬間の運転手はさぞ驚いただろう。バックミラーに映り込んだりされた日には、下手な幽霊より心臓に悪い。よく事故らなかったものだ。


 変な生態は色々あるが、ぜひ皆さんの目で確かめてほしいので、ここであまり詳しく書くのは避けよう。これ以上書くと「長い」って怒られそうだし。


 いつかコスタリカに行って、野生のナマケモノを見るのが夢だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

エッセイ 柳家花ごめ @yanagiyakagome

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ