第40話「線香花火」


 夜を彩る星々。

 ここまでくるのがまるで彗星のようにあっという間で、不思議と自分もそのまま消えてしまいそうな気分になる。


 すでに夏なんか終わったのではないか。なんて思ってしまう。ただ、そこまでの日数は立っていないにしても今日この日まで歩みを進めてくるのは早かった。


 中学生の頃は波瀾万丈で、色々あったし、きっとこれからも拭えない嫌な記憶とか、辛い思い出もあった。


 そこから抜け出して、俯瞰するようなぼーっとしながら受験をしてきて、合格して、一家の中では一番高い学歴だぞと親にも褒められたけど普通にこなしてきた。


 そして高校入学を前にして、中学の頃できなかった青春という名の学生の本分を肌身で感じてみたいと沸々と湧き上がる思いがあった。


 今思えば、それにつながる、応えるように動き出した手が彼女を掴んで、俺の不甲斐なさを彼女が助けてくれて……。


 俺は今ここにいる。


「……って、何考えてるんだか俺は」


 いやはや恥ずかしい。

 星の光を眺めていたら感傷に浸ってしまっていた。


 さっさと、後片付けして花火をしないと。


 と再開すると、何やら奥から走ってくる影が見える。


 横には皿を片付けてる尚也がいて、奥では車を所定の位置に運び直しているお兄さん。夏鈴は相変わらず浜辺で貝殻集める遊びしてるし、いないのは氷波先輩か藍沢さんの二人。


 きっと先輩が何か虫にビビって走ってきたのかな?


 なんて軽く考えて口に出そうとすると、俺よりも先に走ってきた藍沢さんが顔を真っ青にしながら叫んできた。




「……っ、み、みな……っ氷波さんが!!!!」




 突如の出来事だった。


 藍沢さんは俺の肩を掴む。


 ガシッと、感情の昂ぶりがその手の圧から感じられるほどの強さだった。

 俺の手を掴んだ後、さらに彼女は隣で作業している尚也の手を掴んで、焦った顔で言っていた。



「氷波さんが……どこかに、消えちゃったの!!」



 一体何のことか分からなかった。

 というよりも言われた言葉が唐突過ぎて、余りにも急で、どう対応すればいいのか迷っていた自分がいた。


 氷波さんがどこかに消えちゃった?


 どうして、か。


 動揺して固まっている俺を横にして、尚也はすぐに応えた。


「——え!? な、何があったんだよ!」


 掴んだ藍沢さんの手を掴み返して、息が上がった彼女の背中を擦り返す。


「どこかに……っわ、私も急で、意味がっ」

「いないって、さっき氷波先輩と一緒に皿洗いに行ってたじゃん。どうしたんだよっ」

「私も分からないよっ。なんか途中で電話が来て、スマホ取り出してトイレの方に行っちゃったんだよ……帰りが遅いなと思って見に行ったらどこにもいなくて……10分くらい探してみたけど……」

「ま、マジか……こんな急に。まさか湖に連れ去られて」


 尚也が顔を真っ青にしながらそう呟く。

 まさか、先輩が湖に攫われる? いや、あの人がそんなことするわけがない。確かに思っているよりもドジっぽいところもあるけど、俺なんかと違ってしっかり未来を見据えているし、勉強も運動も抜け目なくこなせる人だぞ。


 こんな夜中に一人で湖の中に入るなんてことは——あり得るわけがないだろう。


 だいたい、一人暮らしするくらいになんでもできる人なんだから。


 ドタバタする間、俺は理由を並べていた。

 ぼーっとしていたわけでもないし、もちろん心配していないなんてことはない。


 ただ、ただ、どうすればいいかが分からなかった。


 さっきまで一緒にBBQを楽しんで、俺や尚也の昔話を藍沢さんや夏鈴から面白そうに教えてもらっていた。人一倍手伝いをして、長く運転してきた尚也のお兄さんも労わる様に飲み物を入れたり、いつも以上に抜け目ない姿だった。


 むしろ、急に消えるだなんて。


「——お、おい! 樹、お前、何か分からないか! 樹に何か言ってるとか!」


 肩を掴まれてハッとする。


「え、っいや、俺は何も……」


 瞬時に答える。

 何も分からない、自分の不甲斐なさ、くだらなさに嫌気がした。


 ――そんな瞬間。


 なぜだか先輩が言っていることを思い出した。


『あ、いえ、本当にくだらないこと考えていただけですっ』


 今日の朝、話している時に言った一言。


 俺が行く前に誰かが来ていて、なぜか浮かれない顔をしていた。口ではそんなことはないよと、くだらないことだよと言っていたけど。


 なんとなく、にぶい俺ですらいつもと違うことは容易に分かった。


 くだらないこと。

 俺も必死に考えていた——でも、それが先輩も一緒だとしたら?

 



 きっと、先輩ならため込むだろう。


「樹が知らないなら……さすがにやばいって」

「えぇ、女の子一人にさせるのはさすがに不味いわよっ」

「あぁっ」



 なんでなのかも俺に一切言おうともしない、心配してくれるけど自分のことは心配させない。


 学校でも、俺と会う時だって。ふるまいは違うけど周りの事を考えて行動する人なら——何があっても相談しない。


 どんなことがあっても、心配させなようにするために。


「ひとまず三つに分かれて探すしかないわね。夏鈴ちゃんはお兄さんに見てもらって私たちだけでも探しましょっ」

「あぁ、そうだなっ樹——」


 迷う前に、探すしかない。

 探して、先輩に一言言わなければいけない。


 くだらないことでも、何かあるならしっかり言ってくれ、と。

 俺達はもう、そんなことも言えない間柄じゃないはずだ。

 もちろん、先輩のことで知らないことはたくさんある。むしろ、知らない事ばかりだ。



 でも、それでも。

 俺に言えない何かがあっても。

 それが先輩にとって、何か一つでも傷つかせるようなものなのならば俺は助けたい。


 俺は先輩のために何かがしたい。 

 救ったこともあった。ただ、それ以上に俺は先輩に救われた。


 先輩を救ったというあの事実がなければ俺は今もクラスで一人だったに違いない。先輩が俺を恩人と言うように、俺にとって先輩も恩人なんだ。


 最高に優しくて、超がつくほどのお人好しで、それでいて空回りばかりの苦労人。

 真面目で、でも抜けてるところもある。そんな人間らしい人。



 彼女、氷波冬華ひなみふゆかは——

 俺にとって、先輩彼女は——大切な人なんだから。


「尚也」

「え、なんだよ?」

「行ってくる」

「え、はっ——おい!」


 すぐに走り出した。

 あの日の様に。

 

 









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