第39話「私は一人だった」
★★★☆
「……も、もし、もし」
出たわね。何してるの? 今日もう一度家に行くわよって言ったわよね。
「な、何を……いま、さら……私はっ」
私は?
へぇ、何?
言ってみなさいよ、ほら。
こうやってあなたのわがままを聞いて、わざわざ東京から札幌の高校を受けさせてやって。
「わ、私は……ねえ、姉さんなんか達と一緒にいたくありませんっ」
で、何?
知ってる?
あなた、今の家に住んでるけどだれが払ってると思ってるの?
あなたの食事は?
あなたの生活費は?
あなたの学費は?
「っそ、それは義務じゃない……でs、か」
義務?
えぇ、そうね。
あなたを育てるのは義務、それはそうと日本で決まっているからね。
でもその義務を行っているのはあなたを立派な氷波家の人間にするためなのよ。
だいたい、お母様はあなたをそんな風に腐らせるために育ててたかしら?
あなたがわがままを言うたびに手を焼いてきた。
毎回、
「だって……」
だって?
何?
私に比べられて、けなされて、そうやってくるのが嫌だったからかしら?
随分能天気な話ね。
だいたい、何を言ってるの?
努力を怠ったのはあなたじゃないの?
華道も、茶道も、剣道も、柔道も、経営についての学も、数学も、英語も、社会についても、理科についても。
すべて、私よりも劣っておいて、何もしない?
いい加減にしなさいよ。
あなたの無能っぷりには手を焼いているけれど、それでもあなたの体に流れてる血は私たち、氷波家の立派な血脈。
それをあなたの一存で決めさせるわけないじゃないの。
「そんなことっ」
どうせ、言うことは分かってるわよ?
今の学校では一位を取っていて、学校で一番勉強もできて、運動もできて、全国模試では三桁台の人よりも上にいる。
「っ」
その程度。
学校で一位?
三桁台?
そんなの当たり前のことじゃない?
すっと空を眺めているだけでとれる点数じゃないの?
偏差値70もいっていない、ましては60さえ超えられない学校で一位をとっても意味なんてあるのかしら?
甘い、甘すぎる。
どうせ、顔だけね。
「か、顔だけ……」
その顔の良さだけは血をしっかり継いでいるのね。
まぁいいわ。
一か月後。
まずはお見合いから始めるから。
「そんなの……いやで、す」
関係ないわ。
あなたの気持ちなんて関係ないから。
いい加減、あなたも大人になりなさい。
今年で18歳でしょ。
「っそ――――」
————プツン。
——そんなこと言われても、意味が分からないよ。
私が言葉を発そうとすると何事もなかったかのように電話が切れる。
スマホから流れる「ツーツー」と言う音が追い打ちをかけるかのように耳を追いかけてくる。
その瞬間から数秒間、私は何をすればいいのか分からなくなってしまってその場に立ち尽くしてしまった。
言いたかったこと。
私が置かれている立ち位置。
今日までの出来事がすべて無に帰せるような私の過去。
私って何をしていたのでしょうか。
私って何者だったのでしょうか。
大人になりなさい。
大人になるってどういうことですか。
そう、か。
いや、もともとそうだったじゃないですか。
私はずっと、あの家で一人で、幸せにはなれない運命を背負っている。
たった数年間の幻想を見ていただけ。
あぁ、そうだ。
何を勘違いしていたのでしょうか。
私は————
ずっと、ずっと、ずっと。
こんな風に笑ってはいられない。
みんなが思うように、思われるように、線路を辿った生き方をしていかなくてはいかなかっただけじゃないですか。
朝、忠告されていたことをもう忘れていた。
藤宮くんは————
幻想は叶うわけないのだから。
「一般人とこれ以上関わってはいけないじゃないですか」
————どうして、そんなこと言うんだろう。
★★★☆
私の名前は
父は東京にある氷波グループと呼ばれる大企業を営んでいる社長であり、日本がまだ明治の時代から存在する、とある財閥の分家の血筋を引いています。
今ではもう解体されていると言われていますが、内情を知る者として言えるのはまだまだその根は残っていて、名前を継いだ会社が数多に渡って残っており、様々な事業を展開し、日本社会に多大なる影響を与えて続けています。
母はそんな父を支える立場として父が25歳の時に22歳と言う若さで大学を卒業後すぐに嫁ぎに来たと聞いています。出会いはお互いの両親のお見合いから始まったという話で、父の方は言わずもがな高潔な一家の長男として、母の方はそんな父が営む企業と仲がいい企業の令嬢としてつながったと言われています。
時代的にお見合い自体は珍しくはありませんがそれでも色々な苦行を乗り越えてそう至ったと聞いています。それぞれの会社、血筋のために生きてきたと。
もちろん、私もそのために今の今まで育てられてきました。
母が行っていたことすべてをなぞっていきます。
武術から、女性が女性らしくいるための道すべてを勉強し、さらには基本的な強要すらも全国で名を馳せられるようにと勉強させられました。
しかし、母も父も仕事で忙しく、私には興味すら抱こうとしない。
むしろ家の事は家政婦に任せて、ただただ私にやらせるだけ。幼少期なんか、二人の顔を見れたのは月に一回あるかどうかのくらいです。学校での行事では顔を出してもらえず、来てくれるのは私の事を世話してくれた家政婦さんが来るほど。
家政婦さんが来てくれるだけでもまだ良かったかもしれませんが、幼い私でもさすがにその違いくらいは分かります。周りにいる生徒には皆両親が来ていて仲睦まじく会話をしている。
ただ、自分だけは異質で血のつながっていない家政婦さんがいるだけ。勿論、家政婦さんは全力で私を喜ばそうとしてくれていましたが違いは分かっていました。
むしろ、その優しさが私にとっては痛く、厳しいものでした。
そんなこともあって、まだ幼かった私はそんな両親の気を引くためにいい子を演じ、言われたことをすべてこなしてきました。小学校でも満点を取るために勉強し、自由研究でも学年一番の賞を取り、全国模試でも学校や地域で一位を取れるほど頑張った。
自分なりに、そうやって見える範囲だけは全力でこなしてきた。
ただ、私が生きるこの社会の中ではこなすだけ、頑張っただけでは意味がないのです。
私が名を上げようと努力する度、私の前に現れたのは姉の存在でした。
私は姉だけには勝てませんでした。
私が地域で一位を取ると、姉は全国で一位を取り。
私が金賞を受賞すると、姉は大賞を受賞し。
私が95点をとると、姉は100点を取る。
どんなことをしても私の上にいる存在で、一度たりとも追い抜かせなかった。
そして、両親は私に関わることがありませんでした。
いつでも、どこでも。
見ているのは優秀な姉の存在だけ。
今、私が生徒会長をやっているのも、きっと姉が中学や高校でやっていたことをなぞっていたのかもしれません。ただ、そんな私の存在はなぞるだけのただの凡人。追い抜かせず、姉の劣化として家では過ごしてきました。
私の味方はいなかった。
私の願いはただ一つだけ、私を見てほしかった。
その一つさえ、叶えてくれたらそれでよかった。
私の事を、私の中身を、私の心情を。
私が何をもって私たら占めるかを。
見てほしかった。
でも、無理だった。
結果がすべてだった。
姉の様にはいかなかった。
強いて言うなら幼少期に亡くなるまで面倒を見てくれた祖母ともう退職していった家政婦さんだけ。
家政婦さんは仕事だし、祖母はすぐいなくなったし。
悩みなんて話せる友達なんているわけもなかったし、ゲームもテレビも見てこられなかったおかげで会話の種なんてまったくない。
分かっていたからこそ、辛くて仕方がなかった。
いつしか自分の存在が嫌になって飛び出していた。
なんとか直談判して高校だけは地方で一人で暮らしていくと逃げ出して。
辛かった日々も乗り越えて、これからは自分のしたいことをできる充実して楽しい日々が待っていると思っていた。
でも、そんな人生上手くいくわけがありませんでした。
勉強や家の事で小学校も中学校も友達なんて一人もいなかった。むしろいないことが誇りとさえ思っていました。同い年の子とは会話が出来なくなり、勉強すらできないのかと見下していた時期だってありました。
そんな独りよがりな私が友達の作り方を知っているわけがないのです。
話しかけてくる女子とはうまく会話できず、話そうとしてくる男子には冷たい態度をとり、から回ってから回って、いつしか冷徹姫、氷姫、なんて言われるところまで来てしまって。
でも、私が答えてくれないことを恨み節で話す人を見てからは結局そんなものだと理解しました。
結局のところ、誰も私を見てくれていなかった。
側だけを見る両親と一緒だった。
辛いことの反復。
そんな周りのありように一人勝手に絶望していました。
今思えば、そこから中身を見てくれる関係性になっていたのかもしれませんが、後悔は先に立ちません。
そうして追い詰めた結果、私は変わっていなかった。
一人しかいなかった。
結局やっていることは何ら変わらない勉強だけ。
でも、ある日それは終わりました。
つまらない、変わらない日々を照らしてくれたのは彼でした。
私が何かなんて関係ない――そんな風に言っているような彼の身を挺した行動のおかげで。
もの凄く嬉しかった。
初めてだった気がしたから。
興味が溢れた。
まるで滝の様に溢れて流れ出したんです。
————しかし、否定された。
そんなことはあってはならないと。
彼との毎日は幻想だったと。
それじゃあ、私は……どうすればいいのでしょうか。
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