第37話「根暗」


 窓から湖が一望できるコテージに持ってきた全員分の荷物を置いて、俺たちは一足先にベランダにて準備をすることになった。


 先輩は食材を食べやすい形に切るために台所で作業し、俺と尚也はベランダに常設してあるBBQ用の石レンガを綺麗に敷き詰めて、そこそこの大きさがあるBBQセットを広げる。

 

 ガチャガチャと金属音を鳴らしながら、スマホからは有名な波乗りソングを流れている。状況としてまさに夏だが、まだまだ前哨戦なのが信じられないほど。


「いやぁ、なんだかこうしてやるのも久しぶりな気がするなぁ」


 そんな中、黙々と作業していると木炭の段ボールを持ち上げて、銀色の網の下に敷いている尚也がぽろっと一言呟いた。


「確かになぁ、前回は2年前だったっけ?」

「あぁ、俺たち去年は受験期真っ最中だったからな」

「いかにも辛かった、的な言い方してるけど。どこぞのやつはすぐに合否が決まっていなかったか」

「いやいや、ゴールデンウィークはむしろ受験における大切な時期だったわ。それなら樹のほうが暇そうな顔してたぞ?」

「暇って言うなよ。本気を出してなかっただけだ」

「本気ってなんだよ、きも」

「そういうこと言うな、傷つくぞ」


 割と真面目に考えて言ったほうなのだが、どうやらかすりもしなかったらしい。渋めな表情のまま眉間にしわを寄せて見つめてくる腐れ縁の姿に目を合わせられない。


 というのも、俺は受験勉強を本格的に始めたのは中学3年の夏休み後半くらい。人生初めての競い合い、受験競争というもので一体全体どういう志でどういう時期にどのくらい勉強するべきなのか、が全くと言っていいほど分かっていなかった。


 今ではもう少し早くから勉強していればそれなりに楽はできたかなと思っている。何より、もっと上の高校も狙えた可能性もある。


 まぁ、実際に俺は現状に満足はしているがいろいろな選択肢もあっただろう。

 先輩に会えたのだって、この高校だからだし。


「ま、いろいろ波乱万丈だったせいか……前回からの日々が長かったようにも感じるな」

「波乱万丈……ね」

「その四字熟語は樹に一番縁があるよな。俺はただ、全道大会の準決勝があったってだけだし」

「ま、そうかもな」


 思い出したくもない。地獄だった日々が脳裏によぎる。

 女子に対するトラウマ。根暗になった事件ともいえるひどいいじめだ。


 最初は些細なすれ違いからだった。特に気にすることもないようなくだらない一幕が気が付けば、大きくなっていたというだけ。


 聞けばもしかしたら、そのくらい我慢しろよ――なんて言われるかもしれないけど俺にとってはそれだけでも辛かった。


「野菜のほうは切れたのでテーブルに置いておきますね」


 閑散とした雰囲気の中、ベランダ横の窓を開いて先輩がやってくる。


「あ、はいっ! お願いします!」

「ありがとうございます。俺もなんかしたほうがいいですかね?」


 そう尋ねると首を横に振り、さわやかに笑みを浮かべて台所のほうへ戻っていく。

 

 思えば、こうして尚也とか夏鈴とか、そういういつも通りの人意外と話すのは先輩が初めてだったかもしれない。


 気が付けば、仲良くなっていて、気が付けば一方的に好きになっていて、最初はゲーセンの面白さを伝えてやるだとか、生意気なこといったりしてたけど、俺がどんなことしても前のめりに、前向きに、優しく接してくれて、何も気にせず話せるようになっていた。


「なぁ、そこにあるチャッカマンとってくれないか?」


 成長、と呼ぶべきかは分からないけど。

 でも、何か確実に変わっている気がする。


 ま、最近は先輩のほうがむしろあやふやでふにゃふにゃしてる部分もある気がするけど。


「おい、樹。氷波先輩に見とれてないでチャッカマンとってくれないか?」

「え?」

「え、じゃねえよ。めっちゃ凝視してたぞ、先輩のこと。樹が先輩のこと好きなのは知ってるけど、さすがにあんまり見てるとバレるぞ?」

「っ……ぎょ、凝視してたのか。俺」

「あぁ。きもいくらいにな」

「……そ、それはまずいな」


 うん、なんか調子が悪いのかもしれない。

 さっき、先輩に褒められたばっかりだし。


 ずるいぞ、先輩もまったく。まったく知らないことばかりだったのに、試してやったら意外とうまいというか……こう、自覚してない部分で攻めてくるところとか。


「……って、俺がいつ好きって言ったんだよ!!」

「え、いやぁ。さすがに腐れ縁の恋愛事情なら把握してるだろ」

「してねえよ。てか、しないわ!」

「あ、まじ? 最近俺が月子と大人の階段進んだ話—―」

「—―ちょッとそれ以上は黙ろうか。興味ないから」

「興味ないってひどいなぁ。親友の彼氏彼女事情だぜ? 少しは聞きたくならないか?」

「なるわけないだろ。そんな詳しくはな」


 誰が進んだとか話されたいんだよ。

 ただの自慢だし、拷問だろ。


 いや、待て。

 俺と先輩はじゃあどうなんだ。

 この会で割と話してるところを見せつけてるから……そういうようにとらえられなくもないような。


 ――って、違う違う。見せつけてるわけじゃないし。

 別にそういうわけじゃない。そういうわけだけどっ。


「薄情な奴だなぁ……根暗が抜けてきたのかなって思ったら、また再発してる?」

「普通に興味ないだけだよ。何より、藍沢さんから許可もらってないだろ」

「残念ながら、月子はそういうの好みだからどんどん言ってって感じだぞ。何より、今日のBBQでいっぱい話し始めると思うし」

「……言われてみれば、そうだったな」

「いやまぁ、俺も気持ちは分かるからなぁ。あの生徒会長様がここまで素を出しているんだからな。何より、俺も素があるとは思っていなかったというか、あれが普通だと思ってたし。もっと早くいってほしかったけど」


 確かに、思っていた人とはだいぶかけ離れてるから聞きたい気持ちも分かるが、先輩意外と撃たれ弱いところもあるから、藍沢さんには手加減してほしいと言っておこう。


「二人がお似合いじゃなければあやかりたいくらいだなぁ」

「お、お似合いって……やめろよ。俺がおこがましい」

「おこがましくないって……むしろ脈ありだろ」

「脈ねぇ……ないまでは言わないが、あるとは言えないって」

「根暗だな」

「おい、さっき違うって言ってなかったか?」

「うーーん。今ので変わった、180度」

「変わりすぎ……」


 そんなくだらない会話も数分繰り返すと、やがて火が付き、続々と戻ってくる噂の現況たち。


 煙の香ばしいにおいと共に、やがて始まるBBQ。

 俺は肉を乗せたお皿を運ぶ先輩の優しそうな笑みに、根暗と投げかけられた言葉を洗い流した。

 

 

 



 

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