第36話「気が付けば恋(7/28編集済)」


 まず、最初。


 尚也のお兄さんと夏鈴を連れた藍沢さんがキャンプ場の管理人がいる事務室でサインを済ませている間、キャンプの醍醐味と言えるであろうテントの設営を――――と行きたいところだったが、今日の俺たちが向かう先は少し開けた場所にあるコテージだった。


「荷物、重くないですか? 私、少しくらいだったら全然」

「気にしないでくださいって! これでもしっかりと男ですよ、先輩?」

「ま、まぁ……そうですけど」


 バーベキュー用のトングや金網、そして台や木炭などが入った袋を持っていると隣を心配そうに歩く氷波先輩が俺の顔を覗いてくる。


 そろそろ始まるであろうバーベキューに期待と関心が止まらない俺に対して、絶対的にあまり経験が少ないであろう先輩はなぜか俺の方ばかりを見つめてくる。まさか好きなのか? なんて思ってしまいたいが生憎と先輩の表情はそういうものではない。


 そんな視線の送り合いをしていると、後ろから追いかけるようにやってくる尚也がボソッと一言。


「ま、樹って割と小さいし、細身だしで頼りないですもんね~~」


 不意打ち。

 まるで後ろから剣を突き立てて刺されたかのような衝撃が心の中、胸の奥へと沁みていく。


「んなっ。お、おい、小さいは余計だろ! これでも気にしてるんだぞ!」

「あれぇ~さっきまでの任せてくださいな意気込みはどこへいったんだ?」

「うっ……」


 任せてください。など、尚也のくだらない一言で吹っ飛んでいってしまった。いや、くだらなくないか。くだらないならその程度で意気込みなど消えるわけが無い。


 つぎはぎだらけ過ぎて頑張ろうとしたらやっぱりぼろが出てしまう。それも、尚也が鋭すぎて。多少鈍感目な先輩なら気付かないであろうことも一瞬で見抜いていくる。


 俺の心の中で決めていた、今まであまり遊ぶことの楽しさをリードできていなかったからこそ今日だけは先輩を引っ張って余裕のあるところを見せてやるんだ大作戦――は失敗だった。


「昔の樹はもっと活発だったんだけどなぁ。余裕もあってよぉ~~」

「あ、あれはもうずいぶん前の話だし……」

「でも、そんな昔の樹に今の樹は負けてるじゃねえかよ……んま、の割には勇気ある行動ができるのが強みだけどっ」

「最初の話いらないじゃん……」

「気は弱くなってるけどな、確実に。そこに引きづられて余裕がなくなったし」


 ぐうの音も出ない。

 実際、そうだった。


「——やっぱり。氷波先輩ももっと大きくなってくれた方がいいって、そう思いますよね?」


 俺が恥ずかしさで赤くなっているとき、尚也はさらに追撃をしかけ始める。


 隣を歩いてチラチラとこっちを見てくる先輩へ、率直すぎる、あまりにもストレートな質問を投げかけた。


「えっ」


 素っ頓狂な声。

 もちろん、俺からしてみれば”そんなこと聞くか⁉”と混乱。


 途端に脳内を駆け巡る、いやいやあんなダサいところ見せたら先輩とて絶対に頼りないと思うでしょ、いやいやそれでも先輩は優しいから、いや優しさで妥協何手されたくないんだが、でもここで頼りないなんて言われたら俺の自信がゼロに————と荒ぶったシナプスの集合体の存在が救難信号だった。


 どうなんだ、そうであってくれ、そう心の中で神に祈るリトル俺。


「う、うぅん……わ、私は」


 くる。くるぞ。

 とゾワゾワしだす。


 しかし、先輩の答えはまっすぐなものだった。


「わたしからしてみれば……こうやって頑張っているところも、すごくて……私みたいに塗り固めているのよりかは正直で……いい、と思います」


 そう言いながらも俺の顔を見つめる。


 何か言いたげで、不安そうで、迷っているような表情がすっと晴れていく。


「何よりも……藤宮くん、樹くんが小さいだなんて、頼りがいがないだなんて思ったことは一度もありませんっ」



 決意の籠った一言。

 そして、固まった表情から続けて言った。


「確かに余裕はないように見えますが、私には根っこが見えていますから」


 あまりにもすぎる誉め言葉。

 俺には恐れ多すぎて、途中から聞いていられなかった。根っこって一体なんだ。俺って何か植物か何かなのか。と。著しく低くなった思考回路がそれを物語っている。


 反射でゴクリと飲み込んだ生唾が音を立てる。

 俺はともかく、隣の尚也の表情も少し歪んでいた。


「っお、おぉ」


 虚を突く。

 隙をつく。

 油断を突いた渾身の一撃。


 本人は大したことを言ったような顔をしていないのが余計にたちが悪い。

 すると、尚也はなにかに気づいたかのように口に手を当て、ぽろっと一言呟く。


「……さ、さすがなんだな……ちょっとこれは予想外だ、な」


 なぜか、顔が赤い。

 いつもへらへらと明るい尚也のその表情は一種の異常だった。

 そう漏らすなり、そろそろと早歩きを始めて列を抜け出した。


「お、え……尚也」


 声は届かない。

 一歩先に歩いていく直哉の背中を俺と先輩で眺める。

 急にどうしたんだよ、そう思ったが普段との違いからして予想して逃げているのかなとなんとなく感じる。


 何から逃げているのか、と言われれば分からないけど。尚也は弄ってくる割には気が利くし、何かに気づいて二人にしてくれたんだろうと思うことにしよう。


「っい、ふ……藤宮くん」


 なんか不安になって俺の方を見てきた先輩と目が合って、俺は俺でさらに顔が熱くなった。


 嬉しい、というか、気恥ずかしさが買ってしまっていて、喜びたいのにまったく言葉が出ない。


「……わ、私、何か不味いことでも言ってしまいましたかね」


 すると、不安そうな声で震えるように訊ねてきた。

 少し驚きつつも、ふっと息を冷静に吐いて答える。


「え、っいやいや、ただちょっとびっくりしただけだと思いますよ。ほら、先輩のイメージが今日だけでガラって変わっているので……」

「ならいいのですが……」

「先輩は良くも悪くも破壊的なまでに鈍感なところもありますからね」

「ど、鈍感……ですか。それならでも、い、いt……藤宮くんのほうが」

「え」

「いえっ。別に……その、ですね。な、なんでもないです」


 最後、何を言っていたのか聴き取れなくて、訊き返すとなんだか恥ずかしそうに眼を逸らされた。


 反応からしてみれば見るから隠しているのははっきりと分かった。どこが、鈍感だって――と言い返したいくらいだ。鈍感はどっちのほうだと。いや、思わせぶりと言ったほうがいいだろうか。


「先輩」


 それでもあきらめの悪い俺は逸らした顔を覗くように腰を前かがみにする。


 見えたのはもちろん、可愛い可愛い、そして超が付くほどまでに美しい整った顔立ち。入学してからは親の顔よりも見てきた憧れの人の顔がすっと目に入ってくる。


「っ……な、なんで、しょうか」


 びくっと肩を跳ねさせて警戒態勢に入る先輩。

 なんでもない、なんてそんなわけがないのだ。


 より一層、疑いの目に確信が持てる。

 そして、一歩踏み込んだ。


「何でもない人の顔には見えないんですけど……本当ですか?」


「うぐっ……」


 まっすぐ見つめながら聞くと先輩は何かにやられたような声を出して、ばつが悪そうにまたしてもそっぽを向いて目を逸らした。


「うぐ?」

「っ……ど、どうして……もぉ。藤宮君の意地悪です」

「別にそんなことは」


 している自覚はある。

 なぜなら、俺が優位に立って、余裕を見せるためにだ。さっきは尚也の乱入で失敗したがまだいける。


「いつもポーカーフェイス浮かべてる先輩が真っ赤にしてたらそりゃ何かあるんじゃないかと」


 まさに会心の一撃。

 懐に剣先が届く。


 俺の言葉に何も言い返せない。そんな表情を浮かべながら、真っ赤になった顔を俺からとおっざけるように身を反転させて、一発の地団太と共に言い放った。


「なん、でもないものはなんでもないんですっ!」















「……いやぁ、お熱すぎる。ここまで二人が進んでいるだなんて俺は知らなかったよ、樹。俺のアシストなんていらねえんだな」







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