第35話「肩寝(7/24 20:30編集済み)」
……。
気が付くと、視界は真っ暗になっていた。どうやら俺は寝ていたらしい。
ふんわりする感覚の中、ふと耳を澄ませるとどこからか声がした。
「似てるのはこっちの二人だよなぁ」
「言えてるねぇ~~」
何やら声がする。いったい、というか、俺ってさっきまでどこにいたのか。夢うつつな感覚のままだったが、何を言っているのが分からないその声でゆっくりと目が開いていく。
「んっ」
薄っすら見える視界にはぼんやりと窮屈な部屋。
前に見えるのは尚也と……そのお兄さん。
どうして、二人がこんなところに。
ん、いや……そう言えば俺は。
そうだ。俺たちはキャンプ場に夏を感じに、遊びをしに来たんだった。
くるま、どうやら俺は車で寝落ちしたらしい。
いや、でもなぜか車の速度が遅い。
そろそろ、目的地に着いたのか。
眠たくて下がってくる瞼を擦りながら開けると、何やら肩がグッと重い。幽霊でも乗り込んでいるんじゃないかって程に左肩が重くて、薄い視界を左右に振ると目に入ってきた可愛い寝顔。
「えっ」
そう、そこにいたのは気持ちよさそうに寝落ちしている氷波先輩だった。
問答無用の衝撃に俺の体は近くで爆発でも起きたのかの如く、一瞬で目が覚める。飛び起きた。と言っていいかもしれない。
一瞬、いや疾風電雷と言えるほどビリビリッとした稲妻が身体中を駆け巡る。
今まで、指一本触れようとしてはこなかった――ってわけでもないが、ここまで積極的に来られたのは初めてかもしれない。
否、初めてだ。
今まで、手を触れあったことくらいしかないけど、これは話が違う。
それにだ。大抵俺の肩を借りて寝るのは血のつながっている夏鈴くらいだ。ソファーでテレビを見てたら首がガクガクしてきてそのままっていうのがデフォルトだ。その度に俺が部屋まで運んでるわけで。
これはちょっと、あまりにも刺激が強すぎる。
先輩に対してそう言う気持ちを持ってる俺にとっては気が狂いそうだ。いや、持ってなくとも美女にこんなことされたらドキドキするのは男の性ってやつだ。
仕方がない、不可抗力。したがって、QED。
ってなにを証明してるんだよ、俺は!
違う違うそうじゃない!
これが彼女なら別に何の問題もないんだろうけど……生憎と俺はまだ先輩の友達だ。
「——ん~~、かわいーね」
「っ⁉」
急に後ろから声が聞こえて、そっと振り向くと後ろの席で夏鈴を膝に寝かせたままニマニマと笑みを浮かべている藍沢さんと目が合った。
すでに、前の席に座っている尚也も起きていて降りる準備を始めていたのを見て俺は高を括った。
これはまずい。いじられるやつだ。
そう考えが及ぶと、藍沢さんはぐぐぐっと体を寄せれるだけ寄せて俺の肩を覗くように見始めた。
「肩に寝かせちゃって~~。お似合いだね、二人とも?」
「う、ち、違いますよ! そ、そうです……これは、ふ、不可抗力です!」
「へぇ……不可抗力ねぇ。そう、それなら早くどけてもらった方がいいんじゃないのかな?」
「っい、言われなくてもそうしますよ。でも別に、迷惑じゃないですけど」
というか、名残惜しい!
このまま先輩を肩で寝かせてあげたい!!
そんな風に暴走を始める本性を理性で抑えつけて、俺はそんな先輩の肩を叩いた。
「っあの——」
————起こした瞬間の先輩の顏はと言えばそれはもう恥ずかしさ満載、真っ赤っかを通り越した桃色の何かだった。
その恥ずかしがっている顔があまりにも可愛すぎてなんだかこっちが恥ずかしがるのもおかしくなり、手を取って車から降りることにした。
と、先輩が可愛いのは新鮮と言うか、当たり前と言うか。それはさておきだ。
俺達がやってきたのはキャンプ場。
普段通っている高校がある札幌市から3時間ほど車で走らせた場所にある洞爺湖キャンプ場。北海道の中ではかなりの絶景を見られるキャンプ場で、知覚には昭和新山や某サミットが行われた高級ホテルがある有名な観光地だ。
特段キャンプをするわけじゃないが、やはり花火とかで遊ぶならこういう場所がいいというわけだ。ただ、今日はコテージを借りるんだけどな。
「うわぁ~~、ここくるの超久し振りじゃない⁉ お兄ちゃん!」
目覚めがいい夏鈴は車から降りると広がった大自然の光景を前にウキウキとはしゃぎ始めた。
「確かになぁ。何年ぶり?」
「多分小学振りじゃないかな? だからまぁ……6年ぶりくらいだと思う」
「4年生の時か、それじゃあ夏鈴は2年生……あ、あの時の夏鈴は滅茶可愛かったなぁ」
「もぉ、何それ! お兄ちゃんの馬鹿!」
ツッコミも健在、俺たちが周りの景色を見ながらはしゃいでいる間。先輩も少しだけ周りの景色にやられながらも運転していた尚也のお兄さんに挨拶を済ませて、乗せていた道具などを降ろしていた。
「あっ、そうだな。夏鈴、藍沢さんについて行ってはぐれるなよ~」
「うんっ」
元気よく頷きながら、走っていく夏鈴を横目に俺は急いで準備を始めていた三人の元へ走った。
「先輩、俺も持ちますよ」
「え、あぁ、うんっ。ありがと」
「じゃあ、先輩はこっちの食料お願いします」
「重たくないですか? 私、そっち持ちますけど……」
「いいですって。いつも先輩にお世話になってますし」
「……っあ、ありがとうございます」
ボっと音がしたかのように顔が赤くなった。
すると、お兄さんと話をしていた尚也が顔を向けてこう言った。
「おぉ、男見せてるのな。意外だなっ」
「うっせ」
せっかく頑張っているのに茶化すなよと言いたかったが、俺自身別に余裕があったわけでもないからさっとスルーすると、今度はそばにいた先輩の方がクスクスと揺れていた。
「……ふふっ」
「先輩?」
「い、いえ別に……なんか、見せているのかと思うと面白いなって思いまして……」
「っ……おい、尚也」
「俺は関係ないからなぁ~」
まるで見越したかのようにスルーする尚也。
別に見せようとしたわけでもないが、どうやら心の中ではそうしたつもりらしくなぜか心にぐさりと刺さった。
「……うぅ、どうしてこうなる」
しかし、先輩はやっぱり優しくてげんなりする俺の手を掴んだ。
「でも、そうやって頑張ってくれると元気出ますよ。ちょっと、元気出ました。ありがとうございますっ」
「せんぱい……」
「今日はめいっぱい遊ぶことが目的って言ってくれたのは藤宮君ですよ?」
優しい手を噛み締めるように掴んで、さっと沈んでいた肩を起き上がらせる。
「ですね! 先輩、今日は勉強の合間の休息なんですから! めいっぱい遊びましょう!」
「はいっ」
大きな頷きと返事と、そして夏の始まりを予見する生温かい風と共に俺の夏が、動き始めた気がした。
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