第34話「寝顔、かわいいです」
※
車に揺られること数十分。
普段の疲れがきていたのか、藤宮くんはいつのまにか私の隣でぐっすり寝てしまいました。
その時にはすでに後ろの席に座っていた夏鈴ちゃんも横の藍沢さんの肩に気持ちの良さそうな表情を浮かべていて、本当に可愛くて。
でも、藤宮くんの方も寝顔は負けず劣らずで胸が引き締まるほどに可愛かったです。
ただ、少しだけ藤宮くんの方は窓の方に頭を向けていたので何だか物足りない気分にもなりましたが、なんだか兄妹ってここまで似てるのかなと感心したくらいです。
今まで、誰かの寝顔なんか見たこともないけれどいつもから頑張っている一生懸命な彼のそんな表情がなぜだか胸にしっくりときます。
最初こそ、冴えない男の子だなとは思いましたけど、一緒に遊んだり、勉強したり、話す中でイメージが変わっていき、頑張っている姿を見るだけでこう、グッとくる感じがします。
いやいや。
冴えないだ、なんて、私が言ってどうするのですか。
あれだけ、外側だけ見られるのが嫌いだったのは私じゃないですか。いつもいつも、私に言い寄ってくる男の人は顔だけを見て近づいてくる。
生徒会がんばってるね、とか。
バックに付けてるキーホルダーって流行りのやつだよね、とか。
めっちゃ可愛いね、だとか。
そんなの私にとってはどうでもいいんです。
なんで、なのか。言ってくれない。
一度騙されて、遊びに行ったらあっちの都合を押し付けてくるだけ。
私が好きな物は全くの別物なのに、オシャレなカフェとか、いかにもお金を掛けているだろうものを奢って、それだけで。
もちろん、奢ってくれるのはありがたいんです。
でも、奢ろうとなんてしないでほしい。
私は私。
まるで、一人前と言われていないみたいで気分が悪くなります。
私はもう、ほぼ大人。
それに、同年代の人に払われるのなんて侮辱でしかありません。特別な日、何かふとした時に軽いものを貰えるくらい丁度いいんです。
高いものを与えられても、見た目でこれが似合うとか言われても、私には、いや――私の奥底にある、本当の私には届きもしません。
みんなの思い浮かべる
でも、彼は違った。
交差点で目が合うだけで、チラチラ見ている人たちとは違った。
本当に、私の不注意に他ならない。
あの日の朝、お姉ちゃんが私の家に来たとはいえ、良くなかった。
もしかしたら、死んでいたのかもしれない。
私もろとも、藤宮君だって。
私はいい。
正直な話、死にたいなとも思っていたくらいです。
でも、それでも、あの場面で飛び出してくれた彼は——藤宮君はそうじゃない。
誰よりも早かった。彼が一歩、二歩、そして、三歩。
私に手を差し伸べていたときに、周りにいた人たちは一歩を歩んでいた。
超能力でも持っているのではないかと疑うくらいでした。横から来ている車をもろともせず、私を庇いながら。
あの日、もしも病院で藤宮君の目が開いていなかったらどうしようかと思ったくらいです。今ではもう打ち解けていますが、あの瞬間に病室に入ってきた夏鈴ちゃんに睨まれたのはしっかりと覚えています。
私なんかのせいで、私を助けようとしたから――ってなりたくはありませんでした。死のうとしていた、そんなことも薄々ながら考えてしまっていた自分が情けないです。
だからこそ、彼が登校してきた日にしっかりその恩義には尽くしたいと考えていました。昔、おばあちゃんがまだ生きていた頃、私に向かってよく言って聞かせてくれました。
——何事も感謝の心を忘れてはいけません。少しでも忘れれば、それは自分の身に災いとなって帰ってきます、と。
忘れかけていた言葉に震わされて、居てもたっても入れなくなって、クラスメイトから動きすべて監視されるのが嫌でしたですが、それもすべて覚悟で一年生の教室へ向かいました。
そこにいたのは皆から囲まれながらも、優しそうに笑みを浮かべていた藤宮君で。
何か、今まで感じることがなかった感情が沸々とバチバチと、まるで駆け抜ける電の様にあふれ出していたのです。
「氷波……さん?」
肩に何かが触れました。ゆっくりと振り向くと、何か不思議そうに顔を顰める藍沢さんと目が合いました。
「な、なんでしょうか?」
不思議そう、というより面白そう?
徐々に口角が上がっていくのが見えます。
何か変なことでもしていたのかなと思いながら、ふと視線を下げるとそこにはぐったりと姿勢を崩して私の肩に頭を乗せる藤宮君。
「っ」
少し息詰まってしまいましたがさすがに起こすのは悪くて頭をそっとなでると——後ろの藍沢さんの声が上がりました。
「……へぇ、そういうことね」
「あ、あのっ——なんでしょうか?」
「いやぁ、別に何でもないけどさ? あの冷徹姫とか言われてた氷波さんが……男の子の顔見ながらニヤニヤしてるのって新鮮だなって思ってね?」
「……」
「ん?」
「……」
横を見る。
藍沢さんを見る。
藤宮君の寝顔を見る。
「あ、ニマニマしてる」
まさにその瞬間。
頭の中で、ボァっと何かが爆発したかのような音が聞こえました。
「な、な、ななに……なんでも、べ、別に」
「うわぁ~~かわい。焦り過ぎだよ? 別にいいじゃん、悪いことでもないんだし」
「いや……その、別に私は……焦ってなんかいない、です」
ニヤリ。
後ろの席で寝ている夏鈴ちゃんの頭を優しくなでながら、藍沢さんはこう言って来ました。
「——ねぇ、そんなに真っ赤ってことは、樹君が好きなんだ?」
「っ⁉」
い、樹くん。
あ、じゃなくて藤宮くんです! 何を私は馴れ馴れしく名前で呼んでいるのですかっ。まだまだ、私なんて漆さんの様に仲良くなんかないのですし……。
あぁ、でも、いつき……樹くん。
名前の響きが癖になりそうで……う、羨ましいです。私が藍沢さんだったら普通に名前で呼べて……ってそしたら私が漆さんの彼女になってしまうじゃないですかっ。
「ねぇ、何モジモジ一人だけで考えてるの~~そんなに考える事でもあるの?」
「うぅ……べ、別に、なんでもないですけどぉ」
「ない子はそんなに顔真っ赤にならないわよ?」
「……そ、それは……ぐうの音も出ません」
「あはははっ……いやでも、いいね。なんか女の子っぽくていいと思うっ。いっつも学校であんな冷たい目してたの、ふたを開けてみればこうなるんだから……やっぱり、好きな人ができると人って変わるのかな?」
「い、いじわるなこと言わないでください……」
「いじわるじゃないよ。あ、でも——今日の夜中の恋バナは捗りそうねっ」
ニコやかに非情なことを言ってくる藍沢さんは少し苦手になりました。
胸が変にドキドキと鼓動を刻んでいて、なんだかおかしいです。
……でも、私は……好き、なのでしょうか。
好きって、何でしょうか。
こんな、私なんて……私なんかには……藤宮君はもったいない。
考えれば考えるほど、降ってわいてくる疑念と不安。
どうすればいいかなんて全く分からなくて、いつのまにか眠りについていました。
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