第31話「来訪」
数日後、クラス担任の「遊び惚けてたら中間試験赤点祭りで地獄だからな~」なんていう高校生にとってはあまりにも苦痛すぎる一言によって始まった今年最初で最後のゴールデンウィーク。
昨年と比べてちょうどいい感じに祝日が回ってきたため、土日を合わせたら9日間の超大型連休になっていた。
そのうちの二日は奇跡的にかぶった学校記念日と入学式か何時しかのイベントの振り替え休日で、梅雨と被ることもなく天気予報では超が付くほどの晴れときた。
まさに、これ以上はないほどの休み日和。
神様がまるで「やすみなさい、この瞬間だけは」と啓示でもくれているかのような気さえしてくる。
と、まぁ、実際には俺みたいな部活に所属していないやつらだけがそういうことを呑気に行ってられるだけな気もしなくはない。
遊びに行こうと誘ってきた言い出しっぺの尚也は中二日以外は全部部活があると言っていたし、いくらスポーツ関係で入学したとは言ってもさすがに可哀想だ。
思っているだけは無料で、楽で、気が付けばそんな気持ちも忘れてしまっていて。
尚也が部活で地獄を見ている中、俺はただひたすら暇を持て余し、勉強したり、ゲームをしたり、たまには夏鈴に頼まれた買い出しに行ったりと時間を使い、あっという間に出かける日になっていた。
そうして今日、当日。
燦燦と照り付ける太陽が夏の到来を示していて、ぼんやりとした暑さが春の涼しい風を飲み込んでいくような天気の今日。
集合場所は尚也の家の前。
いつも通り、移動手段は尚也のお兄さんが運転する車。毎度のこと申し訳ないなと思いつつ、高校生じゃ車も運転できないし、泊まることすらできないので有り難く受け取っている。
来る人は俺と夏鈴、氷波先輩、尚也に尚也の彼女の藍沢月子さんの5人。意外と小規模だが、浜辺のコテージを予約してもらっていてBBQを楽しんだあとは花火に温泉、と豪華すぎる内容で今からでもドキドキとワクワクが止まらない。
しかし。
「おい、夏鈴。俺があれだけ準備しろって言ったのになんで今準備してるんだよ……」
出かける時あるあるだが、こうやってギリギリに準備するせいで家を出る時間が遅くなるっていうあれだ。
「うぅ、お兄ちゃんうるさいし! だって、昨日は見たいドラマがあってそれどころじゃなかったんだもん!」
「じゃあもっと早く準備しろよ……」
「ふんっ。どうせ、お兄ちゃんのことだし、氷波ちゃんと会えるのが楽しみで早く済ませたかっただけでしょ、べー」
「っ……ち、違うし。先輩と一緒に行くから迷惑かけない方に早くしただけだわ!」
「うわ〜〜図星だぁ」
「っさ、さっさと準備しろよ!」
妙に痛いところついてくるところは一体全体誰に似たのか。
実際、昨日の俺的には朝に準備しようと思っていたのだが普段は感じないドキドキ感から全くと言って寝れずに人知れず夜に準備を始めていた。
いつもと違う、というか、変に浮かれてたし、直前の勉強会もあってか先輩の嬉しそうな笑顔にやられていたのかもしれない。
「ってもう、先輩との集合時間になっちゃうし」
時計を見ると先輩と約束していた時間。
ここから歩いて尚也の家まで移動と考えるとあまりだらだらできない。一旦、先輩の家に行って事情を説明しておかないとだよな。
ていうか、デートの時も俺が遅れたような気がするし。
これ以上待たせたくはない。俺から先に向かいに行くくらいはしておかないと先輩との関係性が保てないしな。
よし。
「俺、先に外出てるから終わったらすぐ出れるか〜〜?」
「え、待ってよ!」
「先輩に悪いからさ、先外にいるからなっ」
「うぅ〜〜」
奥から悲しそうな唸る声が聞こえるがまぁ、自業自得。
これに関しては夏鈴が悪い、ひとまず俺は先に行くとしよう。
ガチャっと玄関の鍵を開けて、先輩の住んでいるアパートに向かった。
向かったとは言ったが、実際のところ、俺と先輩の距離関係的には目と鼻の先にある家同士だ。
玄関を出て、すぐそこのレベル。とはいえ、近いことにうつつを抜かして何も言わずに遅れるなんて言う失礼なことはしたくはない。先輩も先輩で別に起こったりはしないとは思うけど、親しき中にも礼儀ありと先人たちの知恵もある。
そんな思いも半分、俺の頭の中は久々に私服が見れるというチャンスで浮足立っていただけなのだが。
本来、本音と建前とは違うわけで……。
何が言いたいかというと夏に近い暑さの今日、どんな服を着てくるのかが知りたかったっていうことだ。
夢と希望、そして一握りの期待に胸を膨らませながら道路を渡ると先輩の部屋の前に誰かが立っているのが見えた。
先輩の部屋は二階の角。
つまり道路側の端の部屋になる。よくあるラブコメ漫画の窓を開けて挨拶できるような距離にいる。
なんてくだらない想像はやめて、先輩の部屋の前に立っている人の正体だ。
薄めのTシャツに長めのジーパン、腕には日焼け防止のアームカバーをしていて、頭にも黒めの帽子をかぶっている。
それもう、立っているだけに様になるモデルのようなスタイルだった。
ここで先輩の部屋に移動していいのか迷いつつも、歩いて反対側へ歩みを進める。
ちらりと目に映った横顔はスタイルと比例するようにとても綺麗で、瞳の色は先輩と同じ碧色、唇も瑞々しい桃色に染められていて、先輩と同じくらい、いやそれ以上ともいえるほどに美しい。
芸能人か、と思うほど。
容姿端麗、それを人に書き起こしたらこの通りと言ってもいいくらいだった。
その目つき、立つ様子、それらすべてが先輩の面影を彷彿とさせてくる。
無論、俺はあの日と同じようにそこに立つ女性に目を奪われていた。
「綺麗……な人だな」
そういった瞬間だった。
先輩の部屋の扉がガラッと開いた。
「っ」
出てきたのはもちろん、先輩。目の前に立っている人を一瞥すると、目の色を変えて、見る場所を逸らした。
さっきまで晴れていた空が突然のゲリラ豪雨で暗くなっていくように、開いた瞬間の表情がどんどんと暗くなっていくのがすぐにわかった。
俺と会うときのあの笑顔は一切ない。
普段、誰にでも見せるあの鋭い目つきだった。
まるで、お互い睨み合っているようで、修羅場と言ったほうがいいのだろうか。
ただ、それでいてバチバチしている雰囲気は感じ取れない。
バツが悪いのか、全くと言って目を合わせない先輩の姿がただただ、見ていて苦しくなってくるような、そこに何か、重大な関係性を感じられるもので。
赤の他人の俺でも深刻そうなものなのだろうと理解できる。
一体全体何を話しているのかは分からなかった。ただ真っ暗な、立ち込める煙のような空気感が広がっていくのが遠くから見えるだけ。
時間としてはものの数分間だけ。
特に広がるわけもなく、半ば先輩のほうが呆れて扉を閉めていき、それに対して立っていた女性はツンとした表情で踵を返して階段を下りていく。
「……こ、こんにちは」
なんだか、俺自身もよくわからなくなってしまって、目が合って挨拶してしまっていた。
もちろん、返答はない。
なんだ、こいつは。そんな声が聞こえてくるような表情で。
きらびやかな黒髪が宙を舞い、ふわっと上がった香水の香りが鼻に残る。
その後ろ姿から、歩くリズムまで何もかもが計算された公式のようで。
俺は10秒ほど、立ち止まってしまっていた。
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