第29話「寝顔」
『友達として……好きです』
その言葉を聞いてから俺の心はというと一切の平穏を保てなくなっていた。
意味が分からない!
心の中の俺はそんなことを叫びながらぐるぐると走り回っていて、勉強どころではなかった。
分からない。わからない。
意味は分かるけども、でもそういうことじゃない。
あの先輩が、氷波先輩が何を言わんとしているのかその真意が一切わからない。
言葉は友達として好きという七文字。
そりゃ、俺だって尚也のことを聞かれたら、友達として好きと答えるだろう。
でも、それは今までの関係値があってのことだ。小学生の時に出会って、腐れ縁としてずっと同じ学校でつるんできた。いじめられてる時だって他クラスながらもかなり援助してくれた。
そういう意味で俺は好きなんだ。
でも、氷波先輩はどうなんだ?
俺との関係値なんてまだ一か月すら経っていない。確かに、ほかの女子と比べたらその関係値は高いといえよう。
ただ、まだその程度だ。
友達として好きかも言えるかどうかなんだ。俺がやったことと言えば交通事故からかばって助けただけ。
そんなの普通のことで……んで、なんだ?
あれ、それで……それだから、結局何なんだ?
俺は今……何を考えていたんだ?
結局……だからなんだ?
氷波先輩は俺のことが友達として好きって……ん?
冷静になれよ、俺。
深呼吸だよ、深呼吸。
あの状況で急に告白だなんておかしいと思うし、何より、なんとなくではあったけど俺に対する好意を持っているのではないかと考えたりもしていたが――あのタイミングではない。
それに、好意はあっても好きかどうかはまた別問題でもある。それはあくまで嫌いではない、話しやすい、異性の中では好きなほうとか――そういう意味だと解釈している。
絶対そうだ。別にそうだ。
友達として好きなんだから。尚也よりも関係値が薄くたって、友達としてそう思うのは当然だろう。
普通に考えたら、ここまで仲良くしているんだから嫌いなわけないし。
うん。考えすぎだ。
男として、ここはもっとスルー出来る。
てか、こんなこといつまでたってもうじうじ考えていたら、それこそ「男の子なのに意外と心配性なんだね?」とか言われてげんなりされる未来しか見えないだろう。
「……っどうかしましたか?」
慌てて、顔を隠して息を吐くと一部始終をくっきりみられていたのか目が合ってそう尋ねられた。
「あ、いやっ……別になんでも、ないです」
その顔が俺を覗く。
首を傾げると同時に銀色の前髪がさらりと揺れ、髪の合間から差す宝石のように輝く青色の綺麗な瞳。
あまりにも美しい目にもちろん俺は視線を逸らす。
そろそろ、我慢の限界で自分の中の何かが飛び出そうだった。
むかむかするこの気持ち。
なんで、どうして……今までこんな風になったことがなかったのに。
いや、このむかむかする心情は――きっと、はてなでごまかせるようなものじゃなくて、はっきりとしていて……絶対に。
見つめられて変に冷静になったのか、さっきまで収拾がつかなかった結論が出そうだった。
でも、神様は悪戯好きのようで、そんな俺に仕掛けてくる。
「—―寝顔、なんか似ていますよね」
「……えっ?」
不意を突かれたかのように、口から母音が飛び出る。
「その……妹さんの、夏鈴さんの寝顔が藤宮君の顔に似ているなと思いまして」
机の上に散らかった文房具。
俺のシャープペンシルは数学Ⅰのワーク、単元は二次関数、問題は28番の応用問題で止まっている。
話しかけてきた先輩のペンは同じく数学Ⅱのワークの上に、そして、俺たちの目の先。横に座っている夏鈴は机にへたり込むようにして目をつぶっていた。
「すぅ……すぅ」
睡眠。
絵に描いたかのような眠り、そんな感じだった。このまま涎でも出していてもおかしくないほどで、家で見せるだらしない寝顔そのままだった。
これを中学校の同級生が見たら、大人気な夏鈴の立場はどうなるのか。
「あぁ……なんか、すみません。こいつが言い出したのに」
「ん、別に大丈夫ですよ? むしろ、可愛くて癒しですっ」
「癒しって……先輩は随分と変なこと言いますね?」
「変とは何ですか。私は十分可愛いと思いますよ? ほら、このまつ毛の長さとか藤宮君にそっくりですし……髪の癖っぽい感じとかなんて一緒じゃないですか」
「俺にそっくり……」
そんなに似てるかな? 俺と夏鈴。実の親にすら「あんたら全然似てないわね」と言われてるくらいだ。強いて言うならまぁ、確かに癖っ毛くらいだけど。
そうか、夏鈴は似てるか。
かわいいし……かわいいし……かわ、いい……し?
「え」
「ど、どうかしましたか?」
何かに気づいた俺は体温がみるみると上がっていくのが感じ取れた。頬が真っ赤になっていくのが嫌でもわかる。
真っ赤になっている俺の顔を何もわかっていない顔で見つめる先輩。しかし、俺の表情に揺さぶられたのか、それともその何かが分かったのか。
口が頬けるのと同時に、シャーペンを持っていた小さくて白い右手が口元を覆い隠した。
頬の色は俺と同じであろう林檎のような赤。
先輩と考えがつながる。
「……」
「……」
静寂が続く。
心臓がトクントクンと鼓動している音が聞こえてるんじゃないかと不安になるほどに静かで、呼吸音は言わずもがな耳に入ってくる。
このままじゃ、なんか、何か言い表せないけどやばい。
そんな気がして、気まずくて、再びワークを進めようとシャーペンを持ったところで、隣で寝ていた夏鈴が「ガタンッ!」と机を揺らした。
「っ⁉」
「っ……ひゃ」
目が合う。
驚嘆の目で、さっきの羞恥の目ではなかった。
「—―ふにゃぁ……あ、あれ……私、寝てた?」
よだれが半分垂れていて、まったくもって危機感も羞恥心も何もないのか。
しかし、そんな夏鈴の呑気さが妙にツボに刺さって、笑みがこぼれた。
「っお、お前……」
そして、同時に目の前の先輩の頬も上にびくついていた。
「か、夏鈴……さんっ」
釣られ笑いというかなんというか、目の前の人が笑っていると自重できなくて、声が出る。
「っははは……っはは!」
「っふふふ、ふふ……っ!」
結局、何がおかしいのかなんてわからなかったけど、数分ほど笑いが全くと言って絶えることはなかった。
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