第27話「似てる人がいるのですね①」


「お待ちしておりました…………え、えっとぉ~~」


 片足をサンダルにいれて、片手で扉を開ける器用な姿で登場した彼女はというとまるで漫画の一コマのような「はて?」と戸惑う表情を浮かべていた。


 理由は想像がつく。

 極めて簡単。

 そう、俺の隣に立っている妹の存在に他ならない。

 

 そう、妹。ただの妹。


 しかし、俺の隣で立っている妹はただものではなかった。


 正直な話、どうしてそこまで先輩を見にきたいと言ってるのか分からなかったけど。


 あざとくて俺のことが家族の意味で大好きな妹は仕掛けたのだ。


 彼女俺をたぶらかす人に。


「……ぇ」


 そして、不意をつかれた、小さな驚嘆が聞こえてくる。


 ビクンと肩を揺らし、目は薄っすらと点に。


 それを見計らったかのように、口元をにやりと尖らせた夏鈴は強引に俺の腕を胸に引き寄せる。


 もう、あたかもカップルかのような立ち振る舞い。


 それでいて笑顔を浮かべて、目の前に現れた氷波先輩を見つめている。


 さっきまでの夏鈴のものの言いようから少し話をしてお互い仲良くなっていく――的な感じだと思っていたのだが、少し思考を変えたのか一歩先に進んだ感じになっていて、さすがにこの状況はちょっと予定外だった。


「あ……ぇと……い、妹さんにも……教えたほうが、よ、よろしいでしょうか?」


 あたふたとはしていなかったがいつもと様子が全く違う先輩の表情と声音。動揺しているのが伝わる。


 そこで妹がいつも通りの雰囲気を出しながら、こう口に出した。


「こんにちは、氷波冬香さん。私は夏鈴って言います!」

「あ、は、はいっ。お久しぶりです……」


 え、なに、なになに、どういう状況?

 そんな声が目の色から伝わってくる。

 こればっかりは考えていることが分かってしまう。


「私のお兄ちゃんのこと、たぶらかしているらしいですね?」

「えっ……え⁉」


 二度見ならぬ二度聞き。

 綺麗な連続「え」が響き渡る。


 そんな反応にちょっと面白くて笑ってしまいそうになってしまったが、さすがにこれ以上は先輩が可愛そうで俺は夏鈴の頭にチョップを食らわせた。


「ぐへっ」と情けない声が聞こえて、組む手を強引に離す。


 今日の予定は第一目標は勉強すること。


 夏鈴が先輩と話したいっていうのは二の次だ。


 それに、あんまり失礼すると仲悪くなるかもしれない。夏鈴だって一応勉強を教えてもらうつもりだって言ってたし。


 おちょくりにきたわけでは断じてないのだ。


「先輩、すみません。ほんと、なんでもないんで気にしないでください」

「え、あぁ……はぁ」

「お兄ちゃんっ……こんなの冗談じゃん。痛いんだけどっ」

「冗談に弱いんだよ先輩は。驚かせるなよ」

「いいじゃんっ」


 先輩を前に言い争っていると先輩が未だ動揺を見せながら俺のほうを見ながら尋ねてきた。


「っ……あ、えっと……その、どうして妹さんも?」

「ちょっと妹に今日のこと話したらなんか一緒に行きたいって言ってきて、どうしてもということで連れてきたんですけど大丈夫ですかね? もし無理でしたら全然今日は帰りますが……」


 ぶるぶると首を横に振りながら扉をさらにグイッと開け開くと、先輩は慌てたように呟いた。


「……そ、そんな無理なんてことはありません! ちょっとびっくりしただけですっ。あ、あの……でもお茶菓子とか二人分しか用意していなかったので今から買いに行っても……」


 鍵と財布を手に持ち、止めないとそのまま行ってしまいそうな雰囲気だった。


 感じ取って、すぐさま俺はお茶菓子の入った袋を取り出した。


「先輩っ。お茶菓子なんですけど……あの、一応これも」

「えっ。お、お茶菓子……こんなちょうどよく。買ってきてくださったのですか?

「夏鈴が買ってきてくれたんですよ。すみません、俺はちょっと忘れてて……」

「いえ、別にそんなことはありません! で、でも……そうですか、妹さんが……」


 そう言いながら、受け取ると隣でややふてくされている妹に視線を移していく。


 目と目が合って、何が起こるのかひやひやしていると先輩はそのまま片足を玄関につけて、夏鈴の手を掴みながら嬉しそうに笑う。


「夏鈴さん、ありがとうございますっ」


 急な満面の笑み。 


 いつものむすっとした表情の先輩からはあんまり想像できないような、俺でも何度かしか見ていないあの太陽のような美しい笑みが妹めがけて差し込んだ。


「えっ」


 あまりにいきなりのことでまったく準備していない夏鈴も、それを横で眺めていた俺も何も言い返すことが出来ない。


「まったく、迷惑なんかじゃありませんよ。中に入ってくださいっ」


 笑みが深くなる。

 夏影までは程遠いけど、その瞬間、春の終わりを告げるような風がゆるりと脇を抜ける。


 そこで、なぜか閉まっていた記憶をノックするかのような不思議な感覚に襲われる。


 なんだろう。

 思うが結局何が招待なのかは分からない。


 もやもやがかかったようで、思い出せない。


 昔好きだった女の子と、似て似つかない表情。

 果たして、思い出はあれだけだったのかと疑念も湧き出てくる。


 重なりそうで、でもなんでこんな急に思い出せそうになっているのかもわからない。


 軽くどよめきながら先輩の手に引っ張られた妹の背中が見えて、俺はというと眺めているだけだった。


「……っ」


 




 そして、より鮮明に。




<あとがき>

 後編書くと遅くなりそうだったので前編だけ一旦公開します。申し訳ございません。いつも読んでくださってありがとうございます。誤字報告も大変力になっております。キーボードタイプミスがいつも多いのですみません;;

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