第26話「お兄ちゃんを渡したくない」


 家に帰宅し、かばんを部屋に置きに行く。


 本当だったら30分ほど待ってから行くのが礼儀なのだろうが、先輩曰くすぐに来ても大丈夫とのことなので俺はすぐに用意を始めた。


 服はひとまず制服のまま。少し歩いて汗は掻いたが匂いは特にしないし大丈夫だろう。かばんから、とりあえず筆箱とノート。今勉強している数学のワークと教科書、参考書を適当に転がっていたトートバックにつめてリビングへ。


 リビングへ行くと妹の夏鈴がソファーに座っているのが見える。傍らには用意周到に買ってきてくれたお茶菓子を詰め込んだ袋が置いてあって、俺が来るなり何かムスッと頬を膨らませて呟いた。


「お兄ちゃん、遅いんだけど。心配したんだけど」


 制服のまま、スカートをおっぴろげてそれはそれはラフな座り方をしている夏鈴。明らかに不機嫌そうで、俺はすぐに腕につけている時計に目を移す。


 時間は16時30分。

 今日は6時間授業で、委員会がある日の中でも割と早めに終わったほうだった。別に気にするほどでもない。


「心配って時間はそれなりにいつも通りだろ?」


 そう言い返すと夏鈴はこれまた不服そうに言い返す。


「—―私、一応門限あるんだからね? 学校のやつ」

「門限……あぁ、中学のか」


 思い返してみると、懐かしい二文字。

 確か中学校で定められている門限は18時だったっけか。正直前時代的だし、俺が中学生の頃も守った覚えはないのだが――なぜだか必死に、律儀に考えてしまっているのが少し可愛く映った。


 まぁ、とはいえ。その門限があったとしてもよく考えてみれば保護者がいれば何時までも外にいられるわけで。面白くするためにそれを言わないこともできたが結構楽しみにしているのは分かっているからそれはやめて、ゆったりと呟いた。


「—―保護者になる俺がいるから大丈夫だぞ、門限のことは」

「え、そうなの?」

「あぁ」

「……あれでも、お兄ちゃんにも門限あるんじゃないの?」

「うーん。ないね。高校生はまぁ義務教育じゃないから普通にないと思うぞ。てか、どっちにしろ律儀に守る必要もないだろうし。自己責任ってやつ?」

「うわー。なんかまだ未成年なのに調子乗ってるんだけど私のおにぃ」

「ははっ。あと2年で大人になるんだからな? そうすれば結婚もできる年齢だしな!」

「……きも」


 意地が悪い。割と低い声で突き刺さった二文字。胸がぐにゃりと曲がった音が聞こえて腰が曲がる。


 そんな俺の姿を見ていた夏鈴はとどめの如く一言付け足すように呟いた。


「—―なんか必死すぎてきもい」

「別に必死じゃないし」

「でも、なんか先輩とデート? 行ってきた日なんかめっちゃおしゃれしててちょっときもかったよ」

「い、いいじゃねえかよ……あれでも、頑張ったんだよ。先輩の隣を歩くの」

「うわぁ~~どうせあれだ。恰好ばっかり考えちゃって全くエスコートできずに女性を満足させれないへこたれだぁ……」

「……そ、それは」


 実際そうで、こればかりは言い返せなかった。

 ドストレートに一言が直撃する。

 根暗と言われるくらいへこたれ癖のある俺には自覚していながらも効く言葉だった。我ながら、妹の容赦のない攻撃にはめっぽう弱いらしい。


 というか、そればかり妹に握られててばつが悪いのもある。


「い、痛いとこつくなよ……」

「私はこれでも後押ししてあげてるだけなんだけどぉ~~」

「……ただただ、悪意しか見えなんだが」

「うわぁ。妹のことそんな目で見てるんだぁ~~」

「そっくりそのままお返しするぞ、その言葉」


 まったくだ。

 痛いところとか、腑に落ちてくるようなところばかり攻めてこられるとしんどいっていうのに。


 ただ、まぁ、いろいろと考え直さないといけないことなのは確か。

 まだ確証は持てないけど、明確に存在しているふわふわしたこの気持ちに向き合うためにも気づかせてくれているところにはしっかりと目を向ける必要はあるのだろう。


 グッと手を握って、開いてを繰り返し、反抗するような目で見てくる夏鈴に呟いた。


「—―それじゃあ、行くか」

「あ、そういえばそうだねっ。お兄ちゃん、お茶菓子持って」

「あいよ」


 ソファーの横に置かれた袋を持ち上げて、トートバックも肩にかける。中学の制服のまま立ち上がる妹を連れて俺は先輩の家へ向かうことにした。




☆☆


 俺の自宅から真面目に数えて徒歩50歩ほど、時間で言えばゆったり歩いて1分もしないくらい。一瞬すぎる時間すぎて、階段を上ってる途中妹と目を合わせて「さすがに近すぎでしょ」と一言一句違わず呟いてしまったくらいだ。


 我ながら妹と仲いいなと思いつつも、さすがにここまで近いとこれ以外言葉が出てこない。


 うん、これはもうびっくり。

 急がば回れというけれど、ここまで近いと回ったほうが遠いというか。目と鼻の先というのが一番ぴったりな距離感だった。


 何より、ラブコメ漫画の王道と言っても過言ではない”幼馴染ヒロインと家が隣で窓越しに話ができる”が割と現実的なレベルで叶ってしまっているのだから。氷波先輩はまぁ幼馴染ではないが、お互い道路を挟んで向かい合うように窓がある。


 それに奇跡的に俺の部屋がその窓の位置にあるときた。もはや運命と言ってもおかしくない――とすら思ってきた。


 何かが起こる――そんな状況にあるわけで。


「お兄ちゃん。今から会うのに変にニマニマするのやめてよね」

「—―んな⁉ 俺、そんなニマニマしてたか⁉」


 唐突に突っ込まれて、肩がびくりと跳ねるがそんな俺に対して夏鈴はジト目でさも冷静に返す。


「だって、好意抱いているんでしょ?」

「……好意?」

「うん。違うの?」

「好意……か。まぁ、そうじゃないと言えば嘘には……なるよな」


 好意。

 好意か。

 好きかもしれない。そう思っているだけだったけど、確かにこれは少なくとも嫌いではない。むしろその反対の好意である可能性は高い、よな。


「嘘にはなるって……ほんと、ヘタレだね。私が相手だったらこんなへこたれお兄ちゃん好きにはならないよ?」

「うぐっ……で、でも、夏鈴は俺のこと好きだって言ってたじゃねえかよ」

「妹だからね? それに、今でも渡したくはないよ?」

 

 突拍子もない。

 俺の袖を掴んで呟く夏鈴。

 唐突な女の子らしい動きに、何を言われているのか一瞬わからなくなって体が固まる。


「—―えっ」




「まぁ、冗談だけど。大好きは大好きなお兄でも私も一人で家にいたいしね~~」

「お、おい。真面目にびっくりしたぞ。……ていうかひどくないか?」

「べへ~ん。とにかく、応援はしてるけど。悪いか悪くないかはしっかり見極めるっ!」


 舌をべっとだして挑発するかのように見つめてくる。

 思い返せば、昔からべったりはしていなかったけか。お互い小学生の時、中学に上がる前までは俺の言うこと一つ一つに反抗してきた気がする。


 それを思い出して、重なって、少し見つめてしまった。


「……はぁ。とにかく、悪い人じゃないって言ってるだろ。あと、先輩は結構心が細い人だからひどいこと言うんじゃないぞ?」


 そうして、インターホンを鳴らす。

 鳴らして間もなく、扉の先から声が聞こえてきた。


「はぁ~~い。お待ちしておりました~~」


 雪解け水がゆっくりと走る川のせせらぎのような、綺麗で透明感のある透き通った声。幾度と聞いても同じ感想を抱く美しい声と共に、彼女は現れた。








PS:遅れてしまってすみません。最近、暇な時間に呼んでるカクヨムの小説があるんですよね。マジできれいな文章ですっごいんですよ。僕なんかコケみたいに思えるくらいで。憧れます。むしろ嫉妬してるまでありますね。僕ももっとすごいお話と分をかけるように精進していきます! いずれおすすめレビュー書くつもりなのでぜひ読んでみてください~~!!


 あと、名前変えました。

 藍坂いつき、これからはこの名前で頑張ります!

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