第24話「おにぃ、私が確かめる」

 リビングのソファ。

 いつのまにか部屋着に定着した中学のジャージを着て、プリンをスプーンでパクりと食べながら夏鈴が怪訝な視線を向けてきた。

 

「……それって、もしかしてこの前お兄ちゃんが助けた女の人?」


「え、あ、あぁ。まぁそうだな」


 正直、割と重度なブラコンな夏鈴のこの反応は予想していたがそれにしても他の女の子や俺に近しい人が現れる時の顔は怖い。


「べ、別に悪い人じゃないだろ? それに母さんから聞いてたけどなんかすぐにお礼の挨拶しにきてくれたって聞いてたしさ。知ってると思って聞いたんだけど」


「まぁ、確かにそうだけど……ああいう顔がいい女は腹黒いのが常じゃん」

「それはどっちのセリフだよ」

「えっ、私顔いいってことっ?」


 満面の笑みと猫のような鋭い返しに流石に兄としても出し抜かれた気分だった。


「それはそうだけど。腹黒いの方もな」

「……むぅ。だって、お兄ちゃん優しいから心配じゃん。だいたいその人助けた時だって捨て身だったんだし」

「必死だったんだよ。それにな、夏鈴」

「何?」

「性格も中身も何もかも知らない赤の他人のことを腹黒いとか言っちゃいけません」


 むすっと頬を膨らませながら、睨みつけてくる妹の頭に兄貴チョップを食らわせる。すると、「ぐへぇっ」と悪役がやられたかのような声とともにソファーに沈んだ。


「お、お兄ちゃん……いだぃ」

「そんな強くチョップしてないだろ」

「い、いじめられだぁっ……ぐずんっ」


 鼻を啜りながら、まるで泣いたかのように目元に手を添えるがチラチラとこっちを見ながらニヤついているのが見える。


「何がいじめられだぁだ。むしろ、俺は夏鈴が学校で誰かいじめてないかのほうが心配だぞ?」

「—―そんなひどいことしないし、私。自分より目上でお兄ちゃんに近寄ってくる雌猫をいじめてるし、弱い者いじめ嫌いだしっ」


 へへーんとない胸を張る夏鈴。

 そのポリシーはいいことだとは思うが、今後先輩関係生まれていくようになったらどうなるのやら。


「調子に乗るな。ほら、プリンよこせ」

「うわっ。お兄ちゃん! それ私の!」

「何が私のだ。蓋見てみろよ、くっきり『兄』って書いてるだろ」

「っう、うが……な、なんで知ってた」

「俺が買ってきたんだから、そりゃ当たり前だろうがよ」


 さすがに大人げないかなと思いながらも、俺が買ってきたものだから容赦はしない。というか、新発売のプリンは大好物なんだ。普通に食べたい。


 正論を突きつけると何も言い返せずに「うぐぐ……」と唸り出す。—―かと思えば、くるりと一周して涙目上目遣いからの舌をなめずるかのような声。


「……お兄ちゃん♡ ちょーだい?」


 こんなのは初めてでもない。

 いつも見ている妹の顔で甘えられて許しちゃうシスコン兄貴ではない俺は―――――


「よし、いいだろう」


 ――—―もちろん、許します!

 すまん、やっぱりこの顔はずるい。


「ははーん! 言ったね、言ったねぇ~~言ったからね! 私言質とったからねぇ!」


 俺がすぐに奪い取ったプリンを夏鈴の手元に戻すとにやぁっと笑みを浮かべてスプーンを指してきた。


 とはいえ、俺だってやられてばっかりでもない。

 妹のことは家族としては好きだし、大抵妹に甘い俺だがしてやられて言いなりになるような存在ではない。


 もちろんのこと、等価交換。


「その代わりだ」

「ん?」


 ぺろりと残りのプリンをほほに含んでリス見たいな顔をさらすモテモテな夏鈴を見つめながらいたって真面目に尋ねる。


「今年のゴールデンウィークは氷波先輩を一緒に連れて行ってもいいか?」


「え」


「プリンの代わりだ。それに、これ以降先輩のことは絶対に悪いように言うな」


 そう言い放つとさっきまでの満面の笑みが一気に塩顔に変わっていく。

 そして、そのまま、ジト目のまま呟いた。


「—―お兄ちゃん」

「なんだ」

「私のお兄ちゃん好きな気持ちが今、裏返ったんだけど。きもくて」

「っ――」


 ズキン。

 まるで合間を縫うように降りかかってきた攻撃に懐をつつかれる。


「お、おい……いつもの夏鈴ならそんなことは言わないんだが……いてぇ」

「だって、私ブラコンだけど。それはあくまで家族の間でだけだし。さすがのお兄ちゃんのキモイ言動にちょっと」

「き、きもいって言うなよ……傷つく。てか、いつものべったりな夏鈴はどこに行ったんだ⁉」

「……お兄ちゃんの漫画かな。ラブコメの。男子ってこういうの好きでしょ?」

「……いつから読んだ」

「うんと、中1」

「まじか」

「まじ!」


 にっこりとした元気のある笑顔。

 思い返してみれば確かに、小学生まではつんけんしていたような気がする。


『お兄ちゃん、今日の宿題教えて』

『お風呂入っていいよ』

『ソファ座りたいんだけど』


 ――とか、結構冷たい顔で言ってきていたっけか。

 というか、よく親が家を離れるようになってからだったわ、ブラコンぽく接するようになったのは。


「俺って二年間だまされてたの?」

「うーん。でも、お兄ちゃんのことは好きだよ? 死んだら生きていけないのはほんと」

「……ちょっと泣けてきたじゃねえか」

「家族だし、当たり前だよっ。好きだよ、お兄ちゃん! 大好き!」


 純粋な瞳。

 その裏に隠された裏表のない意地悪な白色の感情。


 うそのように見える本音がリビングに響く。

 これが中学校で男子たちを騙していると思うと胸が痛い。


「—―それと、明日私もついていくけどいい?」

「え、なんで?」

「おにぃ、私が確かめる。変な女じゃないのかはこの目で」

「お、おい……さっき悪く言うなって言っただろうが」


 これが俺の妹、藤宮夏鈴ふじみやかりん

 本音で騙すのがうまい策士な女の子でもあり、可愛い愛妹だ。








「てか、あの漫画。ラッキースケベあるけど……大丈夫なのか?」


 俺の部屋につぶやきが小さく響いたのだった。










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