第20話「衝撃事実」




 ――そう、あれは十数分前。


 ザーザーと強めに降っていた雨の音が気にならなくなるほど、俺たちはお互いの顔を見ながら驚いていた。


『せ、先輩って目の前に住んでいたんですか⁉』

『えぇ……でも、藤宮君こそこんな目の前に住んでいたとは、知りませんでした』


 俺の言葉にかぶせて返すように、いつもの冷静沈着な表情が崩れて、頬を赤らめながらも目を見開いて驚いた顔をしている。


 そして、癖なのか――指を唇に当てていていつも以上に動揺がうかがえた。


『いや、だって俺生まれてこの方ずっとこの家ですよ?』

『え、本当ですか⁉ てっきり……いや、でもそうですよね。こんな立派な一軒家最近できたとは思えませんし……』

『むしろ、先輩こそ……いつからここに住んでいたんです?』

『私ですか? 私は高校に入ってからになりますけど』


 高校になってからここに引っ越してきたのか。

 いや、それはちょっとおかしい。俺の家の前、つまり迎えにあるのはただのアパートだ。それなりにセキュリティもしっかりしているイメージだったが住んでいるのは近所の大学に通う大学生ばかりだったし、家族が住む大きさにも思えない。


 となると……先輩は、


『もしかして、ここに一人で?』


 そう、一人暮らしのほかあるまい。

 俺の名推理も合点。先輩はこくりと頷いた。


『え、えぇ。あれでも、この前言いませんでしたっけ』

『まぁ、そうなんですけど。改めて思うと……高校生で一人暮らしってやっぱりすごいでなと』


 少し間が開いて、答える。


『—―両親とあまり折り合いがつかなかったので』


 心に浮かんだ言葉をポッと言っただけだったが、目の前に立つ先輩はその言葉に反応するかのように目を見開いていた。


 割と思ったことを言ってしまう達だったが、さすがの先輩の反応に思わずハッとして口を押える。


『え、—――あ、すみません!!』

『いえ、そんなに謝らないでください! 私の問題ですし……それに、高校生で一人暮らしは普通に考えて珍しいことです』

『でも……すみません。ほんと、気が付いたらぽろっと言ってしまってて」

『いえいえ。気にしないでください』

『先輩が言うならそうしますけど、気を付けます……。これでも一応趣味が人間観察なんですけどね、俺もまだまだです』

『人間観察? そのような観察手法かテーマか何かがあるのですか?』

『え、あぁ……いや、なんでも』


 またもや飛び出た言葉に怪訝な視線を向けられて適当にごました。


『に、にしても、お弁当とかが作れるのは一人暮らししてるからなんですねっ。正直高校生が作るご飯なんてとは思ってましたけどすごくうまかったですしっ』

『え――あぁ、それもありますけど。どちらかと言えば、小中学生のころ、でしたかね。私の両親はあまり家にもいなかったので、レシピ本を見たり、ネットで探して独学で学びましたので』

『独学はすごすぎる……』

『うふふふ……そういってくださるとうれしいですね。今度また一緒にお昼食べるようになったら作りましょうか?』


 にこやかにはにかむ姿。

 優しい笑みに少し胸を撃たれながらも、その場でこくりと頷いた。


『—―っは、はい』

『それじゃあ、私はそろそろ帰りますね。生徒会の残り業務があるので、今度のスピーチ原稿もまだですし、試験勉強もしなきゃですし』

『あ、そうですね! —―って、もう試験勉強してるんですか……まだ1か月もありますけど』

ではありません。もう一か月しかないんです。藤宮君は勉強し始めていないのですか?』


 まっすぐな目。

 こんなの当然でしょ、と言わんばかりの眼力に押されながらも事実していない俺は頷くことしかできない。


『—―勉強しないとおいていかれますよ。私たちの高校はそれなりに進学校ですし、大学に行きたいのならしっかり勉強していくことが重要です』

『は、はいっ』

『まぁ、わからないことがあれば聞いてくださいね。家も近いですし、ラインも交換しましたし』

『わ、わかりましたっ』

『では、また』


 そう言うと先輩は俺の傘から飛び出してアパートのエントランスへ走っていく。玄関の扉を開けると、俺に手を振ってそのまま姿が見えなくなっていった。







「お兄ちゃん、顔面真っ白だけど大丈夫?」


 家に帰ると力が一気に抜けたのか、俺は玄関に突っ立っていた。

 あまりにも蒼白だったのか妹の夏鈴かりんがやや不審そうに見つめてきた。


「ま、まぁ、大丈夫ではある」

「—―ほんとに? まさか、変な女に何かだまされたとか?」

「変な女にだまされた……というよりも、すごくいい女性に優しくされたっていうほうがいいのかもしれない」

「は、何言ってるの?」

「あぁ、俺もよくわからない」

「……いい人ならいいけど、おかしなことしないでよね」


 そう言い捨てて、夏鈴はエプロンをはためかせて台所へ戻っていく。そんな後姿を視界に入れながらも、小さい傘に一緒に入った先輩の姿が脳裏をよぎる。


 瞬きしても、目を閉じても、瞼の裏に胸を腕に押し付けながら、それにも気づかず恥ずかしそうに歩く彼女の姿が浮かんでくる。


 この数時間、いや小一時間か。その短時間であまりにも起きたことが多すぎて状況が整理できていない。


 二か月後に控えた文化祭や体育祭の準備で忙しくなり、最近はめっきりご無沙汰であまり話もできなかったっていうのに、公園でばったり出会うし。


 出会ったかと思えば傘がない小学生に傘を渡したとか言っちゃうし、そして相合傘をして帰らなきゃいけなくなるし、胸がどきどきで暴れるかと思ったかと思えば、まさか家が目の前だとは思わなかった。


思い返してみれば、二人で遊んだ時に一人暮らしとは言っていたけど。


 いやまさか、その一人暮らしの家が目の前だなんて知らなかったぞ。


 ことがことなら、なにかあってはいけないことだって起こるかもしれないんじゃ……。


「……んっ」


 小さな部屋に響く喉の音。それが聞こえて、自分が何を考えているかに気づいてすぐに頭を振った。


 いやいや、何もない。

 何考えているんだ俺は。

 馬鹿なのか、あほなのか、変態なのか!


 何もない。別に。


 しかし、俺の中の悪魔がそう囁いて耳から離れない。


「くそぉ……どうして、いきなりこうなった」


 落胆と幸福が混じった気持ちがぐちゃぐちゃになって溶けていく。

 何がなんだかよくわからなくなり、ふたを閉じて俺は濡れたワイシャツとズボンを洗濯用の袋に詰め込んだ。









『—―わからないことは俺に聞いて』


 ぼんやりとした頭に、なにやら男の子の声がした。


 


 

 


<あとがき>

 いつも僕の作品を読んでくださりありがとうございます。

 今後も不定期投稿になりそうなのでお知らせします。さすがに三日以上はあかないように心がけていきますが、卒論や院試の時期で投稿できなくなることもあるのでご理解お願いします!

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