第18話「この人、透けてるの気づいていないのかな」



 俺の一言で始まった二人での下校。


 二人での下校、ただ普通に帰るのならばまだよかったかもしれない。


 しかし、今日は少し違う。


 一つの傘に二つの肩が並んでいる。

 つまり、簡単に略して言えばこれは


 中学の時、雨の日に一つの傘に入って帰っているカップルにおそらく友達のような男子たちが茶化すように「ラブラブ~~♡」「ふぅうううう!」と言っていたあの状況を今俺が実行しているという事実に驚いている。


 尚也がいれば確実に写真を撮られて俺にわざわざ送ってくる。おまけに「俺にお礼してくれてもいいんだぞ?」とカッコつけてくるまで読める。


 それに何よりも恥ずかしい。 正直な話、クッソドキドキしている。

 むしろ、この小さい折りたたみ傘を通して心音が見透かされないかと心配なほどだ。


 ただでさえ、生徒会やら勉強やらで忙しそうにしている氷波先輩と一緒に帰ったことが少ないのに、この状況は本当にひどい。いや、うれしいけどね? 別に先輩と相合傘をするのが嫌とかそういうわけじゃないけど心情的にも社会的にもやばいんじゃないかと、もやもやがある。


 この前のデートはまだ、あくまでも先輩のお礼がしたいという気持ちのために行っただけだったけど今日は別に何か理由があるわけではない。


 もやもやした気持ちと、悶々とした胸の奥底で眠る俺の中の野獣が理性と本能の扉をガチャガチャとしている。


 しかしまぁ、自分から言って今更辞めるなんてできるわけもないし、この前スーパーであったときとか病室で一目見たときとか、屋上で一緒にご飯を食べたときなんかは特に考えてもいなかったことがバーッと頭に羅列されて処理が追いついていなかった。


 たかだか、相合傘。傘一本一つ。雨の日というシチュエーションになるだけで俺はこうなるのかと心底気の弱さにがっかりだった。


「っ――」


 近距離、ほぼ耳元と言っても差し支えない距離感で聞こえてきた吐息。退屈しているんじゃないか、そう不安になって横を見るとその光景に頭から煙がポッと出た。


 息遣い、そして唇。雨で湿度が高いのか、それともリップでもしているのかうるうるしくて色っぽい。


 湿気で水っぽくなった銀色の髪が金色に照り、白いワイシャツは濡れてぺたりと肌にくっつく。おかげで先輩の色白の肌が微かに俺を覗いていた。


「っ」


 ぐっと歯を食いしばった。

 思わず反射的に視線を移動させた。


「—―藤宮君、どうかしましたか?」


 すると、さすがにわざとらしかったのか俺のほうを見て疑問そうに首をかしげてげていた。


 さすがに目を合わせないのは失礼かなと思って視線を基も戻すとやはり、それが見えた。正直、俺の意思とは反しているけど、それを注視しちゃっているのが情けなくて、片手で目を隠した。


「—―な、何をしているのですか?」

「っ自制心を補っているんです」

「自制心を補う……もしかして、現代文の問題でしょうか?」


 この人、鈍すぎる。

 いやまぁ俺が分かりにくい言葉を言ったからかもしれないけどさ。

 だって、分かるじゃん。この状況はさ。


「先輩、現代文の模試の準備とかって何位でしたっけ?」

「全国模試だと……まだ100位前後ですかね。校内順位だと模試も定期試験も1位ですね」

「……す、すごい。まだ100位って全国だと上位0.数パーセントとかなんじゃ」

「何人受けているかで変動すると思いますけど……この前の模試だったら30万人ほどなので、0.0003パーセントくらいになりますかね。私もまだまだですけれど」

「……それでまだまだとか俺は一体全体どんな感じなんですか」


 この人、こういうこと平気で言うし別に悪びれているわけでもないんだよなぁ。ていうか、ここまで行く凄すぎて妬む気も失せるというか。


 まだ模試も受けたことがないからわからないけど、塾とか行くべきなのかとかも色々教えてもらいたい。


 —―――って、そうじゃないだろ!

 何、先輩のペースに飲まれてるんだよ。そんなことはどうでもいいだろ、いやどうでもよくないし、ていうか俺が悶々としているほうがどうでもいいかもしれないけど。


 とにかく、これはやばい。

 俺はまだしも、ほかの人がこんなところ見たらよくない。何より、女の子のこういうのを見ていいのは恋愛関係にある人だけだ。


 先輩自身もあまり気づいていないし、伝えなくちゃだめだよな。


「—―あの、先輩」

「は、はい?」


 何もわからず、俺の目をまっすぐと見つめながら首を傾げる。

 やっぱり、気づいていない。

 というかむしろ、湿気で余計に広がっているし。肌がびっしりついて白の奥にうっすらと見える黒い紐。


 透けるというエロがこの世にはあると聞いたけど、確かにエロい。


 って俺が興奮してる場合かよ!


「あの、先輩。肩が」

「—―かた?」


 俺が視線をそっぽに反らしながらそう呟くと先輩の足が止まり、数秒間の沈黙が始まった。


 少し待っても全然話しかけてくれない。やばいことを言ってしまった自覚はもとからあったので、に怖くなって振り向く。


「っす、すみません。先輩俺—―」


 謝るつもりで、振り向くとそこにはその場に座って身を隠す、頬を真っ赤にした先輩の姿があった。


「っ~~///」

「せ、先輩?」

「ふ、藤宮君っ」


 こわばった声と、震える肩。

 何かやばいものが飛んでくるんじゃないのかと思って身構える。


「……なんで早く言わなかったのですか」

「き、気づいてなかったもので言い出せませんでした……」

「っ」



 きりっと視線が俺の目を刺す。

 ナイフを突きつけられたような気分で心臓がドクンと音を立てる。


 しかし、飛んできたのは優しくも照れて真っ赤な二文字だった。


「—―ばか」


「え」


「藤宮君の馬鹿。こういうことはもっと早く……言ってください」


 こつん。

 俺の胸元にあたる小さな拳。

 さっきまで隠していたワイシャツをあらわにして俺に堂々と見せつける。慌てて目を反らすも、先輩は呟いた。


「—―ほかの人に見られないように、守ってください」


「は……はい…………」


 拒否できるわけもなく、俺はそのまま傘をさして歩くことしかできなかった。


 



PS:遅れてすみませんでした。ほんとに、まじで、土下寝します。

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