第17話「優しいですよね」

 そんな初めてのデートと休日が明けてからあっという間に数週間が経ち、5月前の一週間に差し掛かった今日。


「はぁ……くそだるいなぁ」

「馬鹿言うな、みんなうすうす感じてるんだから口に出すなって~~」

「ははっ。まぁ、だよな。すまん」


 と、朝の教室で俺と尚也は机に突っ伏しながら話していた。

 だらけている――と言ったほうがいいかもしれない。


 理由はシンプル。


 言わずもがな高校生にとっては地獄の期間が迫ってきたということになる。


 そう、つまり――高校に入ってから初めての定期試験が近づいてきたのだ。


 そのせいか最近は氷波先輩も生徒会との両立で忙しくなってきて、お昼休みに会うこともなくなり、なんならクラスメイトから「破局したな」と噂を立てられる始末。


 確かにデートはしたが俺はまだ先輩と付き合ってもないし、そんな予定もない。いろいろと被害が拡大してきて、そろそろ否定したほうがいいんじゃないかと思ってはいるが生憎とそんな度胸はどこにもない。


 いや、だって、俺が否定したらあたかも本当にそういう中なんじゃないかって噂立てられるし? 俺と先輩がデートに行っていたことがなぜだか拡散されている始末だし。


 俺も余計に意識してしまっていて、これからなんて顔して合えばいいかわからないわけでもある。


 何より、そんな噂の大本でもある先輩は知らぬ顔で生徒会長としてテレビ放送や集会の演説をしているし、廊下で見る顔は噂通りの冷徹そのもので声をかける隙もない――のはおろか、俺のことなど気にすら留めていないようにも見える。


 そんなもろもろを考えれば考えるほど、ため息が止まらないのだ。


「そろそろ梅雨もあるし、ゴールデンウィークは今年ばらばらで大したことないしな」

「うわぁ~~それも言うのか、樹」

「俺は根暗だからなぁ」

「まだ気にしてやんのかよ」

「気にするっての。俯瞰したら俺もそう見えてきたしな、結構効いてるよこの言葉」

「はははっ……でも、それならこの状況で一緒にだらけてるオレも根暗かぁ」

「一緒にすんな、彼女持ちが」

「よーし、帰ったら今日は膝枕してもろぉ~~」


 明らかに挑発している表情で手をムニムニと動かす姿は真面目に胸に突き刺さった。


「は、腹立つ……ていうか、最近、烏目さんと話してるけどいいのかよ、彼女さんは」

「んあぁ、大丈夫だよ」


 俺の追及に対して、何も感じるわけもなく普通に答える姿に何が大丈夫なのかと疑った。


 普段からこう返してくるが、本当にそうなのか心配でならない。いや俺が人の彼女を心配する義理は何一つないけどな。


 真面目に考えているのかいないのか分からないし、女の子はどうしてこういう男がいいのかも俺には皆目見当もつかない。きっと、先輩もこういう男を好きになるのかなとも感じてしまって、もやもやする。


「ほんとかよ」

「あぁ……烏目さん、彼女のいとこだしな」

「え?」

「知らなかったか?」

「いや、全然」

「まぁ、そっか。とにかくだから大丈夫だって~~」


 初耳に驚く余裕も与えない、まさに余裕の男の手を横に振る姿は目を見張るものがあった。

 


★★☆



 長い長い授業も終わり、俺はザーザーと降りしきる雨の中一人帰路についていた。

 尚也はというとここ最近はサッカー部にしっかり参加しているらしく、来週には正式に入部が決定するらしい。


 まぁ、スポーツ推薦なら当然のことだろうけど、俺的には体育会系の部活に入っているだけでもう高みの人間に見えてきて尊敬の念が湧いてくる。

 

 何より今日は雨だし、サッカーって雨なら中止って聞いていたけどどうやら高校の部活は違うらしい。


 ――と、俺はそんな他人の心配をしている暇はなかったんだった。


 これからやることはたんまりある。入学するのが遅れたことによる勉強の補填だったり、これから始まる定期試験の勉強だったりといろいろやらなくちゃいけない。


 そんなことを考えながら、早く家に帰ろうと足早に歩きだすと――途中に差し掛かった小さな公園の東屋あずまやで雨宿りしている氷波先輩を見つけた。


「先輩、どうかしたんですか?」

「……ぁ、いえ、なんでもありません」


 なんでそこにいるのかはなんとなく理解していたがなぜかと尋ねると先輩は食いつくように俺の手にある傘を見つめて目を輝かせた。


 しかし、俺の顔を一瞥してすぐに視線を横にずらして途中で言い直した。何かを隠そうといつもの表情に変えていたが正直見え見えでわかりやすい。素直になればいいのにと思いながらむすっとした彼女に言い返した。


「何でもない人がそんな悲しそうな顔で雨宿りなんてしてないですよ」

「うぐっ……わ、わかってたんですか」

「分かるも何も、この雨の中公園のベンチで座っている人なんて雨宿りしている以外にあり得ませんよ」

「……そう言われたら、確かにそうですね」


 俺の真面目な正論に認めるしかなく呟く先輩はどこか悲しげだったが、少しうれしそうにも見える。


 ただ、傘を忘れたにしてはなぜ公園までやってこれているのかが不思議だった。だいたい、今日は朝からずっと雨だった。氷波先輩なら朝早く生徒会室に行っているとも考えられるがそれにしてもだ。


 ましては先輩が傘を忘れるような人間には思えないし、諸々考えるとおかしくなる。


「その、傘はどうしたんですか?」

「……子供に渡しました」

「え?」

「帰っていたら傘を忘れた子供がいまして……渡したんです。だから、雨が止むまで待っていたんです」


 すると、言われたのはとてもシンプルで、少し笑みがこぼれた。

 

「ははっ。なんだか先輩らしいですね」

「らしいってなんですか……別に普通のことをしただけですっ」


 俺は笑いながら呟くと少し不服そうな目をして、ぶるっと頭を横に振った。俺としてはそういうことをするのが先輩らしいと言っているんだけど、先輩は気づいていないらしい。


 その点も含めて、先輩らしいなと思いながら手に持っていた傘を差しだして尋ねた。


「俺の傘、入りますか?」

「—―は、入りますっ」


 恥ずかしそうに頷いて、立ち上がる。

 俺としては相合傘をするのは抵抗があったが、ここに先輩を置いていくほうが男して情けない。心の中で意識しないように言いつけながら、今度は二人で帰路についた。



 




 

 

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