第14話「勘違いしただけです」
「こ、これがあのっ――噂の、ハンバーグステーキですか!」
テーブルに置かれたハンバーグステーキプレートを見る氷波先輩の目はそれはもう子供の如くギラギラに照り輝いていた。
「興奮しすぎですよっ」
いい匂いをもくもくと煙に乗せて、周囲にまき散らし、俺自身も久々だった外食で胸が高鳴ったが、目の前の先輩の反応があまりにもだったため少し胸の内が座ってしまった。
しかし、そんな温度差を感じる俺に対して追い打ちをかけるようにふんすふんすと鼻息を吹きかけまくる。
「だ、だって、ファミレスのご飯ですよ!! 見た目がこう、綺麗でそれなのに安いっていうのはすごいですよ!」
いくらなんでも、ってかんじで興奮していたがそれはそれでおかしくて笑みがこぼれた。
「っ大げさな……先輩は面白いですね」
「ば、馬鹿にしないでください! 別に面白いことをしている自覚はありませんっ」
俺が下を向いて肩を震わしていると先輩は恥ずかしそうにテーブルに両手を立てた。がたんとナイフとフォークが音を鳴らして、すっと冷静になって腰を落とすのを見て答えた。
「そういうことじゃないですよ……まぁでも、なんからしいですね?」
「らしい……ですか?」
「なんでもないようなところで楽しそうにしてるところがですよ。俺、昨日ずっとどこ行こうか考えて女子が好きなおしゃれなカフェとか模索してたんですよ?」
苦笑しながら告げると、はて? と顔を傾けてから何かを悟ったのか顔を赤くして視線を逸らして、内心ギョッとした。
え、俺今ヤバいこと言っちゃった?
「あ、その……まずいこと言っちゃいましたか?」
焦って尋ねると先輩は顔を横に振って否定した。
「いえいえ、別にそんなことはありません! た、ただその……私の勘違いです」
「勘違い?」
「はいっ。だから別に……気にしないでくださいっ」
って言われて気にせずにはいられないのが人間だが、先輩の表情からして触れないで感がすごかったので突っ込むのをやめることにした。
「それじゃあ……食べますか?」
「っはい」
少し寂しそうに笑みを浮かべながら、こくりとうなづくのを見て、もやもやした心を見過ごして手を合わせる。
「「いただきます」」
今時、礼儀正しくご飯を食べる挨拶をする人なんていないだろうに、むしろ俺もその一員であるというのに、今だけはそれがしっくり来たのは不思議だった。
「そういえば、先輩はその外食はしないんですか?」
「外食ですか……最近はあんまり、と言いますか小さいときからあまり行ったことはないかもしれないですね」
「意外といかないものなんですね」
「意外とって何ですか」
俺の疑問に氷波先輩の表情は一転して冷たくなったが冗談のつもりで呟く。
「いや、別にその悪い意味じゃないんですけど。姫って言われるからにはやっぱり毎日のように外食しているのかと思いまして?」
「そんなわけないじゃないですか。私を何だと思ってるんですか……もう」
「あはは……」
むすっと顔をしかめてため息を吐き出すと、先輩は続けて言った。
「最近はずっと自炊していますし……テレビのCMでは見るんですけど。あまり気乗りしないと言いますか」
「自炊してるんですか?」
「はい。一人暮らしをしていますので」
「え?」
「はい? その、おかしいこと言いましたかね?」
いきなりの衝撃的事実に驚くと、何がおかしいのかと視線を向けられて慌てて首を横に振る。
「いや別に、おかしいとかじゃないですけど……驚いたというか。高校生で珍しいなって」
「珍しいですかね?」
「珍しいと思いますよっ。普通は家から近い高校を選ぶものじゃないですか」
「……意外とそういうものなんですね」
俺の言葉に考えるそぶりを見せながら頷いた。
上品にフォークを使って肉を切り、フォークで刺して口に入れてもぐもぐと口を動かす。
その姿だけ見たらただの女の子でしかないのだが、よくよく考えるとそうではないのが余計に俺に刺激を与えた。
「にしても、すごいですね。一人暮らししながら勉強もできて、生徒会長もしてるなんて……考えられませんよ」
「努力してるだけですよ。誰だって……できます」
「俺には真似できませんよ」
思い出せばつらくなるような受験勉強。
もう一度しなくてはいけない事実が数年後に待ってるっていうだけで嫌だというのに、それを毎日してると思うと尊敬の念しかわかない。
「そんなことはありません。ゆっくりやればできますよ」
「さすが……本当に、すごいですね」
「……どちらにせよ、やらないといけませんからね」
含みのある表現で、この先には何か闇的なものがあるのを直感で感じ取った。
いや、まぁ多少は分かっていた。勉強もできて、それ以外のスペックも明らかに全国レベルで高いのに俺やほかの人にとっては常識的なことが何一つわかっていなかったのだ。
きっと、何か理由がある――でもそれに口を出すのは俺じゃない。
そう結論づけていたがために、 これ以上は聞かないべきかなと思って身を引くことにしていた。
そうして、俺のもとの届いた若鳥のグリル焼きをフォークとナイフで小分けにして一口入れると、目の前で輝く目をした先輩が続けて言った。
「むしろ、やらないといけないからこそ。こういうことに誘ってもらえて私はうれしかったです」
「あ、あぁ……別にそんな」
「……ん、でも待ってください」
俺が否定しようと声をかけようとすると先輩は少し考えながらこっちのほうを丸くした目で見つめてきた。
「どうしましたか?」
「いやその……今日って何をしに来たんでしたっけ? 重要なことを忘れている気がして、なんか引っ掛かります」
今日何しに来たのか。
それは形では氷波先輩からの「お礼」ではある。確かに、俺も途中で思い出したが楽しんでくれているおかげで俺自身は特に気にしてはいなかった。
別に今更いいたいわけでもないので黙って待っていると先輩の顔色が一気に変わった。
「……あとで、そのカフェ行きましょう。おごらせてください」
「いや別に気にしないでいいですから!!」
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