第13話「冷徹姫は無知で優しい姫だった」


「……氷波先輩。それ、どうするんですか?」

「ちょっと、我を忘れていました。すみません」


 お菓子がぱんぱんに入ったゲーセンの袋に、毛がふさふさの大きな犬のぬいぐるみを両手に持つ先輩。その画はまさに日曜日によく見るお父さんと一緒にはしゃいでいる小学生の女の子のようだった。


 さすがにやりすぎたのに気付いたのか、ちょっと恥ずかしそうに俯いている。


「楽しんでくれたのは何よりですけど……あれですね、子供みたいにはしゃいでいて面白かったですよ?」

「……子供じゃありません。私は16歳ですっ」


 ぶるんと揺れる肩。

 むすっと口を膨らませて、子供のように否定する。

 冷徹姫の羞恥が少し面白くて、俺はちょっと小ばかにしながら続けた。


「自覚あるんじゃないんですか? 顔赤いですよ?」

「べ、別に。そういうわけではありませんっ。ただちょっと、知的好奇心があったので。そしたら意外と面白くてハマってしまっただけです」

「素直に認めればいいじゃないですか」

「認めてないわけじゃないですし、本当にそう思ってるんです」

「またまた」


 さすがに意地悪しすぎたか、追い詰められた子犬のようにプルプルと揺れる視線を向けられて俺は身を引いた。


「とはいえ、せっかく来たんだから楽しまないとですね。次は音ゲーしましょうか?」

「おとげー、ですか?」

「はいっ。音のゲームで音ゲーです。リズムゲームって言ったほうが分かりやすいですかね?」

「リズムゲーム……私、音楽には疎いですし、楽器もできませんよ?」

「……あぁ、そうでしたね。忘れてました」


 またしても俺に向けられる純粋な瞳に、純粋な疑問。 

 UFOキャッチャーであまりにもはしゃぎまわっていたものだから少し忘れてしまっていたがこの人は常識を逸脱していたんだった。


 言わずもがな、ゲームセンターに来たことがないのはおろか、存在すらあまり分かっていなかったし。


 なんかでも、そう考えるとますますお家柄が気になってくる。ここまで頭がよくて綺麗で何でもできるなら厳しいのは言われなくても分かるけど。


 いやでも、今そんなことを気にしてたら楽しめないな。

 ぶるっと頭を振って、俺は奥に見える音ゲーコーナーを指さした。


「百聞は一見に如かずと言いますし、いきましょうか」

「……私は百回も聞いてはいませんが?」

「先輩、さすがに面倒くさいとか言われません?」

「むしろ、国語もできないとほかの科目もできませんし重要じゃないですか?」

「……もしかして、俺が文系科目苦手なの知ってます?」


「どうでしょうか」


 さっきまでむすっとしていた表情が崩れて、含みのある笑みを浮かべる。


「勘弁してくださいっ」


 さすがに降参と目を背けると、隣から肩を震わしながらくすくすと笑い声が聞こえる。


「—―ふふふっ。厳しいってよく言われますね。すみません」

「さっきまで俺がいじめてた気がするんですけど……」

「私だって知らない知らないって言われるわけにはいきませんからね?」

「まぁでもやっぱり、あれですね。ゲーセン知らなかった人には言われたくありませんね」

「っ……」

「すみません、目が怖いです」


 きりっとしたいつもの目で睨まれて、胸が一気に縮こまる。

 ちょっと仲良くなっていじってみるのもありなんじゃないかなって思ったけど、どうやらそんなわけはなかったらしい。


 何度も何度も、トライしてみるたびに分かるけど尚也のコミュ力の高さを思い知らせれた。


「そ、それじゃあ。行きましょうか」





★★☆



 そうして、あっという間に時間が過ぎた。

 若干固まってしまった空気もすべて音ゲーコーナーで発散して、そのあとはレースゲームに、アクションゲームで遊んでゲーセンを満喫した。あまりにも楽しかったが故にお昼ご飯のことも忘れていて、いつのまにか時刻は14時半を回っていた。


「いやぁ……楽しかったですね?」

「はいっ。音はうるさかったですけど、まさかここまで楽しいところだなんて知りませんでした」

「俺もあんまり来ないですし、たまにはこういうのもいいですね」

「私、また行きたいですっ」

「ははっ。先輩やっぱりハマってるじゃないですか」

「別にいいじゃないですか。それとも、ハマったらダメなんですか?」

「そんなことはないですよ。それに、楽しんでくれたことがうれしいですし」

「ですし?」


 頭に浮かぶ「?」

 今言うべきことなのかなと戸惑いながらも、口は先に開いて声を出していて止めることはできなかった。


「……いや、その。先輩のことが全く知らなくてどういう距離感でいいかもわからなくて。ちょっと失礼なこと言っちゃっていたなって」

「別に、私は気にしてないですよ?」


 すると、先輩は顔色一つ変えずにすぐにつぶやき返した。

 

「ほんとですか?」

「私だってその……距離感分かりません。でも、こうして藤宮君みたいにゆっくりと近づいてくれるのが嬉しいですし。私が何かしても気にしないでください」

「……っ。や、優しいですね」

「冷徹姫って言われているんですけどね」

「はははっ。これじゃあ、ただの心優しきかわいい姫ですね、やさ姫ですかね?」

「なんですか、やさ姫って……バカにしてますか」

「ほめてますよ、ほら野菜生活みたいで」

「……余計にバカにしているように聞こえてくるのですが?」

「いやいや! 本気でほめてますよ? 冷徹姫には見えないって意味で!」

「……な、なんか、ちょっと鼻に来ますね」


 さっきとは違う声音の「馬鹿にしてますか?」が響いて、ほっとしながら返すと無音の声が返ってくる。

 

 それにいちいち反応するのも何か違う気がして、隣に見えたファミレスを指さした。


「おなかすきましたし、入りましょうか?」

「ファミレスですか……」

「もしかして嫌でしたか?」

「いえ、違います。そのっ、ここも入ったことがなかったので……ちょっと胸が跳ねてるだけです」

「まじですか……」


 何も知らない冷徹姫が俺の中で心優しき無知で可愛い姫に変わった瞬間だった。






 







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