第10話「冷徹姫のワンピース」


 そうして、あっという間にその日がやってきた。


 昨日は今日のことなどほとんど考えずに遊んだせいで帰ってからは地獄だった。


 疲れで眠くなる中、カップルで行くべき観光地や駅前の施設、女子に人気のグルメショップやカフェを調べ漁り、スマホのメモ機能にかけるだけ書いてあっという間に深夜になって気づいたら寝落ち……と言わずもがな、女子と遊びに行くには全くと言っていいほど準備不足だった。


「……これはやばいな」


 起きて速攻で洗面台へ。

 鏡を見るとそこには寝不足で薄くクマができていてテンションが一気に下がる。


 顔を洗って多少マシになったが、心配なのはここからだ。

 妹、夏鈴かりんをどう説得するか。


 俺の家族構成は父、母、俺、妹、そしてペットの「はちのすけ」の五人。ただ、普段から父と母は仕事で忙しく、今もお互いに出張でここ最近は家にほとんどいない。


 別にお金に困ってるわけでもなく、俺と夏鈴がお互い自立できる歳になってきたので自由にして、二人はお互いに働くのが好きだから働いているって感じだ。


 そのため、普段から料理を夏鈴、他の家事を俺がと分担しているのだが寝坊やらなんやらとやらかす俺の世話を夏鈴が焼いてくれている。


 そのおかげと言ってはなんだが、昔からべったりだったお兄ちゃん子気質が最近中学生になってから爆発して、超ブラコン妹になっている。


 俺に近づく女子を敵だと思っている節があり、一時期は俺に話しかけてきた女子を「女狐」呼ばわりまでしていたこともある。


 それに、最近では直近の事故で俺が助けた氷波先輩を気にしだしていて、ちょっとややこしくてまだ説明を仕切っているわけではない。俺も妹にはいろいろと感謝しているためあまりけんかをしたいわけでもないし、このブラコン具合は尚也も太鼓判を押している。


 と、今はそんなことを言っている時間はないんだった。


 時刻は9時23分。ここから歯を磨いて、ご飯を食べて、妹を説得して、髪をセットして、そして服を決める。俺の家から駅まではバスで10分ほどなのでいろいろ見積もってリミットは1時間10分程度。


「—―非常にやばいな」


 鏡の前の自分にそう吐き捨て、頬を二度ひっぱたく。

 ヘタレな自分には正直飽き飽きしている。ただ、ここで恥ずかしくなってやっぱりいけなかった――とか、遅刻しましたなんてことはしたくない。


「っ――!」


 正直、烏目さんが言っていたことはその通りだ。

 今更何考えたってもう遅い。遅刻しないように駅前に向かって10分前から待機して、少し遅れてきた先輩に対して「待ってないですよ」と言うという最初の入りだけ考えればいい。


 昨日、考えてメモを見てあとはなんとか行き当たりばったりでいいんだ。何よりしないことが一番よくない。


「よしっ――」


 気合の平手打ち。

 真っ赤になった頬を触りながら、扉を開け妹に話をつけに行った。







★★☆



 

 あっという間に時間が来て、昨日尚也に教えてもらった服と神のセットを方法を見よう見まねで試してバスに揺られること約10分。


 昨日まで心配で吐きそうになっていた気持ちも、なぜだかドキドキだけが残こり、胸が跳ねるような気分になっていて。


 そんな心情に俺自身も驚いていた。


 ちなみに、妹に話をつけるとかどうとかの話はどうなったかというと特に話はしなかった。いや別に逃げたわけでもないし、すきを見てその話をなしにここまで来たわけでもない。


 言おうと思ったら書き置きだけがおいてあり、「今日は友達と遊びに行ってきます」と言われて特に何か起こるでもなくここまでこれたというわけだ。


 多分、妹に今日どこに行くかとかいろいろと教えたら「え、絶対そんなのなんか狙われてるじゃん」とか言われるのは目に見えていたから良かったはよかったがいつかこの壁にぶち当たると思うし、ちょっと気が滅入る。


 まぁ、今更そんなこと気にしていても楽しめないのでそれはいろいろ終わった後だ。


 すぐにバスから降りて、約束していた時間の約13分ほど前に駅前にあるオブジェにやってきた。



「……さすがにまだ来てないよな」


 スマホを見て時間を再び確認して、周りを見てさらにほっと溜息。

 どうやら予定通りの「待ってないですよ」のセリフを言えるだろうと考えていたさなかだった。


「あ、あのっ」


 トントンと肩に触れた何か。

 そして、聞き覚えのある声が耳元、背中の近くで聞こえてきた。


 ハッとして、すぐに振り返る。


 後ろで一つに結ばれたきらめく銀色の髪、俺をじっと見つめてくる宝石のような碧色の瞳。


 白色のワンピースに身を包み、その上にはデニムのアウターを着た現代風でそれでいて夏のにおいを感じさせる――美しい女性、氷波冬香その人が立っていたのだった。


「—―藤宮君、ですよね?」


 そう尋ねてくる彼女の声音、その音にびくりと方が震えて、慌てながら声を出す。


「は、はいっ……」

「ま、待ちました~~。それじゃあ、その。一日付き合いますのでよろしくお願いしますね」


 あまりにも大人すぎる綺麗なお辞儀は昨夜色々と考えていた俺をなきものにするほどに、心のうちに秘める何かをえぐっていく音がした。


「お、遅れてしまって……すみません」


 ダサいスタート。

 らしいと言ってはらしいが理想とは程遠い。

 

 しかしまぁ、俺にとってはこういうのもいいのかもしれないとさえおぼってしまったのだった。




 

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