第8話「こんな自分が嫌だ」
唐突に吹き込んだ小風が俺と先輩の間をすり抜ける。鼻を抜けるような感覚と、夢見心地から現実に一気に引き戻される冷静さが襲い掛かった。
唐突に戻ってくるその現実味が俺の肌を逆立てた。
そして、思う。
――俺、なんて言った?
先輩の事情を聞いて、ふつふつと湧き出る思いと先輩の心情を察して、かっこつけた。
いや、別に何を言ったかを忘れたつもりはないし、覚えていないふりをして何もしないくそ男に成り下がるつもりもないけど。
は、ハッズかしくね?
きもくね?
先輩、そう思ってるんじゃね?
かっこつけた瞬間は特に何も思っていなかった。ただ、氷波先輩のまっすぐな瞳を見て湧き出てくる素直な気持ちをそのまま口に出していっただけだった。
んで、出た言葉が「一日だけ付き合ってくれませんか?」
こんなこと言うキャラじゃなかったでしょ。いくら先輩の話に飲まれたからって……おいおいおい。どうすんだ、俺。カッコつけたけど女子と一緒に遊んだこと一回もないんだぞ⁉
俺、エスコートできんのか? この人、うわさのあの人で、俺の隣を歩いていい人なのか? いや逆か? むしろ彼女が俺の隣を歩いてもいい人なのか?
将来俺と付き合う人に語弊があるかもしれないけど、申し訳ないがおそらく俺の人生経験上、氷波先輩のようなとてつもない超絶美人と巡り合う確率は限りなく低い。
そうなれば、先輩が最初でもあり最後でもある。
なにせ、女の子との話し方すら知らないんだから、むしろ仲良く会話できているのが最初で最後とまで言える。
ドキドキする心臓。
戻ってきた現実に打ちひしがれていると先輩がハッとして、おどおどと困っている俺に慌てるように言葉をこぼした。
「……ご、ごめんなさいっ。その私……一日付き合うって何するかわからなくて……変なことしてたらすみませんっ」
トタンの平謝りだった。
かっこつけた俺の姿はみじめもみじめで、さすがにヤバすぎて顔を作りに作って駆け寄って肩を掴む。
「べ、別にそんなことは! そのとにかく、遊ぼうってことです!」
「あ、遊ぶ……? 私はお礼をしたくて……」
「いいんです! ほら、俺って友達少ないですしっ。一緒に行ってもらえるだけでうれしいんですよ! す、スタバとかって一人で行くの中々厳しいですしっ」
「す、すたば……?」
「あぁ……とにかく、俺はいいので、今週末予定空いてますか!!」
「い、一応行けると思います」
「じゃあお願いします!!」
勢いだった。
脊椎反射で答えて、そのままチャイムが鳴り、颯爽と戻っていく。
背中に残した先輩を振り替えずに走っていく俺はさぞダサく映っただろうか。
教室に戻り、クラスメイトからの好奇な視線を感じながら自席に突っ伏すと前から声が聞こえてきた。
「おぉ、戻ってきた。どうだ、初めてした逢引の感想は?」
「ふ、ふざけんじゃねえっ……逢引じゃねえよ」
「違うのか? だって先輩ちょっと顔赤かったぞ?」
「あれはただ緊張してただけだって、ていうかそうじゃないんだよっ。俺やっちゃったんだよぉ……」
俺の言葉に周りが固唾を飲む。
「何やったんだよ?」
いつもならふざけたことを例に挙げてくる尚也も話を聞きたかったのか、そのまま尋ねてくる。何か気になっている。あまり人のいざこざにずけずけと入ってこないなんだかんだ常識人の尚也が前のめりになっていて、ことが重大になっていたのはわかってはいたが抑え込むことが出来なかった。
「デート、誘っちまった」
ゴクリ。
生唾を飲み込み、静まり返った教室に声が響いた。
「……もしかして、自慢ですか?」
「なわけねえだろおおお!!!」
「おい尚也、助けてくれ! マジでやった! 今からキャンセルできないよな! 予約取り消せないよな‼‼」
「はいはい、シランシラン。そうやって自慢を自慢じゃない風に言ってくるやつ嫌いだわ~~」
「おい、いっつも宿題の答え見せてあげてただろう~~ここで慈悲を見せてくれよ、俺たち親友だろ?」
「……おい、それは秘密だって言ってるだろ」
「頼む、友達のよしみだろうがぁ!」
そして、俺の叫びとともに、尚也の呆れため息の後に、クラスメイト達の声が遅れてかき消すように響き渡った。
「ええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ⁉」
その声の大きさに隣のクラスから先生が飛び込んでくるほどだったが、発端でもある俺から見ればそんなの気にならなかった。
意気消沈。
「……やっぱ、俺って根暗だわ」
約束してしまったことによる心配と懸念。そして、自分大見栄切ったくせに何もなせなさそうな未来が見えてくる自分の情けなさに嫌気がさしてしまった。
★★☆
<あとがき>
昨日はすみませんでした。一応今夜24時にもう一話を投稿して穴埋めするつもりです。できないかもです。すみません。よろしくお願いします。純愛って書きたいこといっぱいあって「これ書くと読んでる方が飽きちゃうかな?」とか「さすがにしつこいかな」とかって思っちゃうんですが、藤宮樹のへこたれ具合とギャップを強調したくてこうしています……いやじゃないですかね? 怖い!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます