第7話「付き合ってください」


 正直、高校初日で屋上にまで行くのはなかなかないことだったが初めて通る教室や廊下はそれなりに面白かった。


 俺の高校は五階建ての校舎が二棟あり、教室棟と特別棟で分かれている。体育館が第一と第二の二つあり、外にはテニスコートに陸上トラック、その中にサッカー、野球ができるグラウンドもあり、大きさゆえにかなりマンモス校と言える。


 まぁ、生徒の数が1000人弱、クラスの数も一年生だけで8クラスもあるから当然と言えば当然だが公立校にしてはかなりの好待遇でもあり、それが人気につながっているのだろうと思える。


 ネットではよく、もっと偏差値高い高校と校舎交換したほうがいいぞこのバカ高校なんて言われてるほどだ。うるせぇって言いたい。


 そんな勇気もないけどね。



 生徒会室から廊下を少し進むと、階段がありそれを上ると鉄でできた大きな扉がどんと立っていた。


「—―なんかボス部屋みたいですね」

「ボス部屋?」


 氷波先輩の綺麗な顔がまっすぐ俺のほうを見つめてくる。別に受けを狙おうとして言ったわけではなかったがここまで来ると逆に清々しいとまで思えてくる。

 

 この人の世間に対する関心は低いのか、家柄でゲームをできなかったからなのか。そういう類の話は俺が突っ込むべきところではないけど、気にならないわけではない。


「ボス部屋はボス部屋ですよ。ほら、ゲームとかの」

「ゲーム……ですか」


 いたって普通に――そういうトーンで呟くと少し視線を落として呟いた。


「私はその……ゲームが何なのか知りません」

「やったこととか、ないんですか?」

「はい。親からはゲームをするなとしつけを受けてきたので……」

「漫画とかは読まないんですか? あとは……女性はどうなのかわかりませんけど、ラノベとか?」

「漫画もそうですね……わかりません。あと……その、ラノベってなんですか?」

「あぁ……いやまぁ、ラノベは別に知らなくてもいいですけど」


 頭をポリポリ搔きながらはぐらかすとムスッとほほを膨らませ、ジト目を向けて一歩近づいてきた。


「っ」


 すでに二歩分程度の距離しかなかったために、パーソナルスペースに入られて俺の左足は一歩下がる。


「あ、えっ――」


「あのっ……どうして教えてくれないんですか?」


 まっすぐな瞳。

 冷徹さが嘘になる眼が俺を見つめる。


「どうしてって……別に知らなくてもいいことですし。女子が読むには少し抵抗があるような作品もありますし」


 そう言うと、先輩は手をぎゅっと握りしめて俺に言葉をぶつけた。


「—―どうして、そんなこと言うんですかっ!」

「えっ」


 初めての怒号だった。

 怒号とはいえないまでも怒り混じりなのは言わずとも伝わる。

 

 急過ぎて驚いて足が一歩退く。

 そんな姿を見てハッとしたのか、先輩は口をすぼめて呟いた。


「……すみませんっ」

「だいじょうぶ……ですか?」


 様子がおかしいのは見ればわかったのでそう尋ねるも先輩は顔を縦に振った。

 

「……気にしないでください」

「は、はい……」







☆☆☆





 険悪な雰囲気になりつつも、氷波先輩は手に持った鍵を穴にさして扉を開ける。すると、小風が一気に扉のほうへ逃げるように溢れこんでくる。


「おぉ」


 一歩足を入れると風が学ランの間に入り込み、肌寒さを感じる。しかし、それがな是か馴染んできて心が和む。


 ポロっと出てきた一言を聞いて、先輩は少し微笑んだ。

 さっきとは全く情緒が逆で怖くなって気が付けば謝っていた。


「あの……なんでもないです」

「別に怒ってませんよ。さっきのはほんと、気が付いたら飛び出てて……だから気にしないでください」

「ま、まぁ……そうですね。そういうことはありますし」

「はい……私にだってそういうことはありますよ。もちろん」


 言葉の影に潜む何かが見える。

 

「私は完璧じゃありませんよ……」


 彼女は生徒会長でありながら、定期試験では学年一位。全国模試も二桁クラスであり、日本の最高学府の東京大学すらも余裕で合格できるほどの実力も持っている。


 学問だけではなく、運動も得意でリレーに積極的に参加し、陸上部とも争えるほどに文武両道。


 見た目も言わずもがな。銀色の長髪に綺麗な碧色の瞳に、潤った唇。そして、綺麗なスタイル。


 人形やアニメ、漫画、そのどれと戦っても申し分なく美しいと言える美少女。

 

 すべてができる。

 少なくとも、俺からもそう見える。


 それが氷波冬香のプロフィール。





 しかし、今の彼女はそんなすごい人間には全く見えなかった。


「私……いつもここで考えるんです。何かわからないことがあったときとか、悩みがあったときとか。誰も入れないので一人で考えやすくて好きなんです」


「……っ」


 フェンスの先には山、森林に住宅街。反対側には流れる川。

 よく見れば車が道路を走り、歩道を歩く人の姿も見えてくる。流れが緩やかで、ほのぼのとした感覚に襲われて、思わず何も話さず見入ってしまっていた。


「気に入りましたか?」


「えっ――あぁ。気に入ったって言っていいのかは分かりませんけど……でもいいとこだとは思います」


「そこは素直に気に入ったって言ってください」


「いやだって、別に……」


「まぁ。自慢げに言ってますけど、ここは私の先輩から受け継いでもらったんですけどね」


「先輩?」


「はい。去年卒業した先輩が私だけに教えてくれました。鍵も、私だけが使えますし。まさしく職権乱用です」


「やっぱり、わかってたんですね?」


「そりゃもちろんです。でも、いいとこではないですか?」


 いいとこであるかと聞かれたら確かにいいところだ。

 図工室にある椅子が二つ無造作に置かれているだけで、快適と言われたら違うが――心は落ち着く。


 普段、一人でいることが多い俺からしてみてもそう思うのだから間違いない。

 喧騒を忘れて、音楽でも聴きながら昼寝でもすれば最高だろうと思う。


「……そうですね。なんかもうこれ、俺が言って言われても十分なくらいには最高ですよ」


「……あ、そうだった。私また忘れて……お礼でしたね」


「あれですよ? 別に気にする必要はないんですよ?」


 反射で否定するも下がることはない。

 先輩はすぐに言い返した。


「気にしてはいません。ただ、恩は返したいという気持ちがあるんです。だからお礼はしっかりとしてあげたいです」


「でも……別に俺はしてほしいことなんてないですよ? いくらお礼といえど、まぁどうしてもしたいのなら受け入れますけど。別に無理してするものでもないですし」


 そう言うと、少しだけ考える顔を浮かべて心配そうに尋ねてきた。


「—―もしかして、余計なお世話というやつですか?」


「え?」


「すみません。その……私、人との付き合い方がよくわからなくて。ほんとに無理強いならやっぱりやらないほうがいいんですか?」


「……そ、そういうことじゃないです! 余計なお世話だとは思ってませんけど。俺はちょっと無欲なところあるのであまり想像できないだけで」


「似てますね」


「俺がですか? そうは見えないですけど……美少女と凡人だし」


「私も凡人です! 一緒ですよっ」


 前のめりに来る先輩。苦笑いがこぼれる。


「……凡人を自慢げに言わないでくださいよ」

「え? いいじゃないですか。普通のほうが楽じゃないですか」


 さも当たり前かのように呟かれて、さすがに声も出なかった。

 まぁでも、こういう人から見れば普通が羨ましいのだろうかと考えることもできた。


 ゲームも知らない。マンガも知らない。アニメだって見ていない。


 そんな人からしてみれば俺のつまらない一日がそういう風に見えてくるのだろう。


 そりゃ、冷徹って言われるよな。

 なんか……胸が痛い、不覚にも俺はそう思ってしまっていた。


 頭の中が急に冴えて、パッと答えが出る。

 俺は先輩を見つめて呟く。


「あの、じゃあ決めました」

「?」


 

 別にされたいこともない。

 して欲しいことだって別にない。

 そして、俺は暇で……。



 それなら教えてあげようじゃないか。



「—―――――先輩、一日だけ俺に付き合ってくれませんか?」





「は、はいっ」





 漫画やゲーム、それら全てと遊ぶことの楽しさと言うものを。


 



 



 




 



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