第7話

 唯一の灯りであった街灯が壊れ、辺り一面が闇に包まれる。僅かな月明かりに獣の少女達リカントの眼が反射する。暗視を持たぬ人間達の世界ではなく、彼女達の世界。ただ、それは彼らも理解をしている。

「させませんよ! 真、第一の階位の彩、光輝、燦然――光明ライト!」

 灯りを失った街灯が再び燦然と輝き、闇夜の世界は照らされる。

「その一瞬さえあれば――」

 魔法使いの詠唱の隙をつき、シアンが駆け寄ろうとする瞬間。ぞわり、と死神が頬を撫でる感覚が彼女を襲う。直感に身を任せて体制を崩しその身体を地面へと叩きつければ、ぱらぱらとシアンの顔に髪の毛が落ちる。

「ほう。獣としての直感か? それともこの町で身に着けた危機感知力か?」

 上を見上げれば先程まで自身の顔があった場所に男の湾刀がある。後少し遅ければ斬られていたのは髪の毛だけではすまなかっただろう。近づいた死の気配に毛が逆立つ。

「そこから離れなクソッタレが!」

 助走をつけたルナルドの蹴りが湾刀の男を襲うものの、腕を交差させ即座に防御をする。力の逃がし方が上手い。男は数メートル程下がらされたものの大したダメージにはなっていない。

「……やばいね、あの湾刀の人」

「ああ、一人で倒すには荷が重い。二人で取り掛かりたいが……」

 男の奥から魔法使いの楽しげな声が響く。

「どうぞどうぞ! お二人で頑張ってください。私は後ろから少しお邪魔をさせて頂くだけですので」

 湾刀の男に集中すれば、魔法使いを自由にさせてしまう。だが、魔法使いを倒そうとしても湾刀の男を無視して魔法使いの元へは向かえない。

「いいんだぞ? 奴から倒そうとしても。身の保証はしないがな。」

 二本目の湾刀を抜き、湾頭の男の威圧感が増す。彼の脇をすり抜けるには決死の覚悟が必要だろう。すり抜けるならば・・・・・・・・

「本当かい? じゃあ子供の僕はお言葉に甘えさせて貰おうかな」

「……何?」

 先程ルナルドはシアンを助ける為に蹴りを繰り出した。それは勿論の事だ。だが、正確に言うならばこの位置から湾刀の男を遠ざける為の蹴り・・・・・・・・・・・・・だった。シアンがガラクタの山から伸びた一本の仕込み紐を引っ張る。

 突如、ガラクタの山がはじけ飛び、中から猪ほどの大きさもある魔導機の手がワイヤーを伸ばしながら魔法使い目掛けて発射される。

「なっ……」

 魔動機の手は魔法使いの鳩尾へと吸い込まれ、彼の呼吸を乱す。魔法使いの彼にとって発声は生命線だ。攻撃を喰らったものの未だ距離はあると判断した男は、呼吸を整えるのを第一にした。魔法を使うものとしては正しい選択だが、今回に限っては間違った選択だった。

「巻き取れ! シアン!!」

「はーーい!!!」

 ガラクタの山から半壊した魔動機が顔を出し、ギュルギュルと音を立てて手に連結されたワイヤーを巻き取り始める。

 いち早くこの状況に湾刀の男は気付き、ワイヤーに湾刀を振り下ろすもその刃は弾かれ、魔法使いは連れていかれる。体制を立て直し、拳を構えた少女達の元へ。

「お言葉にぃ!」

「甘えましてぇ!!」

 魔動機の腕に巻き取られる動線上に構えた少女達。少女達の拳がカウンターのように魔法使いの顔面に突き刺さり、その一撃は確実に魔法使いの意識を奪う。

 どさり、とこの戦いから一人が脱落した音が響く。

「なるほどな……一筋縄ではいかないようだ。」

「相方が落ちたんだぜ? アタシ様達は寛大だから今なら降伏だって受け入れてやらんでもないさ」

「ふむ、では聞こうか。どこに降伏する要素・・・・・・があるのだ?」

 油断している訳ではない。ただただ純粋に地力に差があるのだ。湾刀の男は両手をだらりと垂らしながらこつこつと歩みを進めて来るが少女達はその歩みを止める隙を見つけられない。少女達の武器はその拳。それに対して男の武器は湾刀。その間合いの差をどうにかしなければ手も足も出ない。いや、手も足も斬られてしまう。

「っっっ! 知らないのかいおにーさん! 戦いは数なんだよっ!」

「ばっ、止めっ――」

 痺れを切らしたシアンが地面を蹴り湾刀の間合いへと潜り込もうとする。

「残念だが近寄れるとは思わないことだ。」

 その動きに合わせるように音もなく薙ぐような左の湾刀がシアンの眼前に迫る。ただ、攻撃が来る事は織り込み済み。その刃は頬を掠めるが大きな傷には至らない。拳の間合いまで潜り込めた。後は顔を上げて拳を叩きこめばいいのだが、

「そのまま走り抜けろ!!」

 ルナルドの声が響き渡る。シアンの身体は反射的に動き、顔を上げずにそのまま走り抜けた。その瞬間、背中に閃光の様な熱い一閃が入る。

「ぐぁっ!?」

 またもや体勢を崩し、走った勢いのまま地面を転げ抜ける。即座に反転し、男に視線を戻すと右の湾刀から血が滴っている。シアンの背中に流れているものと同じ血が。

「無謀な一手だったな」

「それはどうだろうね?」

 シアンは口に入った砂利を唾と共に吐き捨てる。からん、砂利とは似ても似つかないような金属音。唾と共に吐きだされたのは何かのピン。

「転んでもただでは起きないのが僕らの流儀だよ!!」

 ガラクタに紛れ、男の足元に用意されていた魔動機が突如として雷を放ちだす。すれ違いざまにピンを引き抜き罠だけは稼働させたのだ、が。

「そのやり口はもう見ている。」

 男は見抜いていたのか、それに合わせて宙へと飛び魔動機の雷を避ける。

「何度も化かせると思うなよ、狸が」

「へぇ? じゃあ試してみるかい?」

 飛んだ男の後ろからルナルドの声がした。全体重を乗せた重い蹴りが男の背中を貫き、別のガラクタの山へと男を叩きこむ。

「アタシ様の妹分をキズモノにしてくれやがって……!」

 がらら、とガラクタの山から立ち上がる男に合わせるようにシアンも立ち上がりルナルドの元へと身体を寄せる。

「ったく、無茶しやがって」

「えへへ……にしてももう罠効かないかも。下手に小細工するような動きをしても見抜かれちゃう」

「今のも、覚えたぞ」

 立て直した湾刀の男は再度両手をだらりと垂らす。まるでアンデッドのように先程と同じ歩調でこつこつと歩みを進める。厄介な事にアンデッドとは違い、学習して来る。

「シアン、相手はアタシ様がする。だからアンタは隙を見つけてぶっ叩け」

「了解。ルナルドも無茶はしないでね」

「それが許される相手じゃあないよ」

「……だよね」

 足音が迫る。生半可な覚悟で相対できる相手ではない。ルナルドは拳を固く握り、息を吸う。吸った息を身体中に巡らし、整える。湾刀の間合いまで後三歩、二歩、一歩。間合いの中に――

「っっっ!!!」

 音もなく迫る刃の腹を拳で叩き、刃を逸らす。二枚目の刃が、三枚目の刃が、四枚目、五枚、六枚、永劫に続くかと思われる刃の嵐を拳で叩き逸らし続ける。

 逸らし続ける事しかできない。シアンの為に隙を作るどころか一歩も前に進めやしない。

「悪くはない、が」

 がくり、と足先に鈍痛が走る。一瞬視線を飛ばせば男がルナルドの足を踏みつけ、縫い留めている。

「下を、向いたな?」

 一瞬でも逸らした意識は見逃されない。両手の刃がルナルドの頭上へと迫る。

今から刃の腹を叩けるかもしれない。だが失敗すれば刃はそのまま落ちてくるだろう。

「チッ…やりたくはないが!」

 迫りくる刃を叩くのは諦めた。だが、生きるのを諦めたわけではない。ルナルドは覚悟を決め、その刃を掴む。例え掌が斬れようとも。

「づっ……! シアン!」

「わかってる!」

 刃の嵐は止んでいる。両の手から流れる血によって。シアンはルナルドの背を駆けのぼり、男の頭上に踵落としを叩きこむが、

「そう、何度も、不意打ちが通ると思うなっ!!」

 額から流れる血をものともせず、ルナルドを蹴り飛ばす。

「かはっ……!」

 その衝撃で捕まれていた刃は自由となる。男は湾刀を逆手に持ち変え、空中で身動きが取れないシアンの足を斬りつける。シアンは悲鳴を上げて地に落ちた、これでもう小賢しい動きは出来なくなるだろう。だが、ルナルドはその振り上げた刃を見て潜るように近づくが、

「知っているぞ! どちらかが傷ついた場合、その隙を突くのだろう!?」

 湾刀を再度持ち直し、刃の嵐がルナルドを襲う。本来であればこの傷ついた両手では捌ききれないだろうが男にも今までのダメージが蓄積されたのか、先程のようにギリギリの所で刃の嵐だけは捌けるだろう。男の吐く息は血を吐き捨て、ルナルドの捌く拳でも血が撒き散る。

「くそ、このままじゃ……」

「足元が留守だぞ!」

 男の足が再度ルナルドの足を踏み抜き、ルナルドが苦悶の表情を——

 カチリ、と踏み抜かれた足から、いや、踏み抜かれた足の下から何かの作動音が聞こえる。

「かかったな?」

 闇夜を照らすかのように足元が熱を帯びながら閃光を発し始める。

「ば、馬鹿な!? 罠の発動を見逃したつもりは……」

「ああ、残念だが下手に罠を発動しようとすればアンタは見抜くだろう」

「だから

 閃光が辺り一面を照らす。身を隠さねば避けれはしないが、それをルナルドは許さない。

「こんな事すればお前も巻き添えを!」

「はっはぁ!いいんだよ、アタシ様とアンタが共倒れすればね!!」

「そこの狸の餓鬼も—―」

 居ない。先程地面に転がった狸の少女が消えている。血痕がガラクタの山の裏側へと続いている。

「アンタの敗因は一つだけ、化かすのは狸だけじゃない・・・・・・・・・・・・って事さ。」

 足元の爆弾が炸裂し、この戦いに幕が下りた。











戦う

ルナルドが足止め、シアンがミザアームで魔法使いを掴む

掴んだら近くまで引っ張ってKO

ただし、1:2でも大苦戦。

刃の結界に苦戦する。足元を踏まれるのきつい

最終的に不発弾を踏ませる。

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