第5話
「くそっ! 離しやがれこの糞餓鬼共!」
時刻は夕暮れ時、鴉達の鳴き声と共に簀巻きにされたチンピラ風の男が喚きたてる。
「その餓鬼にしてやられたのはどこのどいつなんだろうねぇ」
ニヤニヤと笑いながら簀巻きにした男に腰をかけながら、シアンは顔を曇らせる。襲撃して倒したはいいが情報を引き出そうにも相手は腐っても大の大人であり、脅しはしても拷問なんてした事はない。下手に時間をかけてしまえば夜に行われるドラック襲撃までに間に合わなくなる。
「見様見真似でやってみるしかないか……」
慣れない事だがやらなければドラックが危ない、妹分のシアンにはそんな事をさせられない。例え不慣れであっても、やらなければ誰かが死ぬ。
その覚悟を——
「ねーねー、おにーさん。夜にお仲間さんと合流するんでしょ?何処で合流するの?」
「誰がお前らみたいな糞餓鬼に……いや、」
激昂していた男は唾を飛ばしながら罵詈雑言を喚いていたが、シアンの問いに一瞬だけ硬直した。すると、先程までの威勢は何処へ行ったのか言葉を連ね始める。
「ああ、いいぜ? 教えてやる。集合は二十時、グレートリフトから南に五百メートル程行った場所にある魔動機の廃棄所だ」
吐いた。いとも簡単に。
「集合の目印はこの『緑パンダナ』で集まる事になっている」
聞いてもいない事までべらべらと。
「……どう思う? ルナルド」
あまりに都合よく情報を吐いた男に訝しんだシアンが尋ねてくる。それはそうだろう。その男の表情は追い詰められた者の顔等ではなく、獲物を狙う下卑た大人の顔だったから。
拷問をせずとも情報が出た事には安堵しつつも気を引き締め、改めて尋問を行う。
「何が目的だい? 上の奴等は仲間をそんな簡単に売るようなくそったれしかいないのかい?」
男の下卑た笑いは更に深くなる。
「くっくっく……生憎だが俺達は”共に行動をしているツレ”だけであって”仲間”なんてものじゃねぇ、利害の一致で動いているだけだ」
「だから我が身可愛さでツレを売るのか」
男の身勝手な言葉対して僅かに怒気が籠る。彼女達であれば仲間を売るなんて事はしないだろう。
「それにな、ツレの事を信頼はしてねぇが信用はしてるんだぜ? 二対一でないと勝てない餓鬼共に負けるような実力じゃねぇ」
「アタシ様達に簀巻きにされた奴がよく吠える」
「言ってな、最終的に立ってた方が勝ちなんだぜ?」
くいくい、と後ろからシアンに袖を引かれて男から距離を取り、少女達は密談をする。
「ねぇ、どうする? あの態度からして降りて来る奴は一筋縄ではいかない相手っぽいよ?」
「だとしても動かなきゃドラックに危険が及ぶだけだ、幸い時間もあるし先回りして対策を練るよ」
「じゃああんまりここで時間使ってられないね」
「ああ、適当な所にアイツ等を放り投げてから早く向かおう」
密談を打ち切り、シアンはガラクタを漁り始め、ルナルドは男へと向き直る。未だに下卑た笑いを顔に浮かべながら少女達を侮っているようだ。
「内緒話は終わったか?」
「協議の結果、あんまり時間が無いから早い所現地に向かわせて貰うさ」
「へぇ? じゃあ俺なんかに構ってる暇ないんじゃないのか?」
その通りだ。相手がどの程度の強さかは分からないだろうがこの男の態度からするに相当な手練れなのだろう。ここで時間を使うぐらいなら落とし穴の一つでも掘った方が良い。
「アンタが起きてて縄抜けして来たり、何かしらの方法でケツ追われる方が危険ってもんさ」
「おいおい、信じてくれよ。俺はお仲間が来るまでサイレックの空気でも堪能させて貰うぜ?」
「そんな言葉を信じる程馬鹿だとでも?」
「信じなくてもいいぜ? もし攻撃してくるなら精一杯時間使わせてやるよ」
下卑た笑いが止み、男の眼に力が入る。先程とまでとは違い、覚悟のある放浪者の目つきだ。油断してる相手ならまだしも防御態勢を取った相手の意識を即座に刈り取るには少女達では少々力不足だろう。
「あったーー!!」
張り詰めた空気を壊すようにシアンが声を上げてガラクタの中から一本の鉄パイプを引き抜き、まるで聖剣を引き抜いたかのように天に掲げる。
「はい、シアン。これでいい?」
「お、手頃なサイズじゃないか。良い魔法の発動体じゃないか。」
「はっはっは! ゴミ溜めの餓鬼共はよほど物を知らないらしいな、どこをどう見たらそれが魔法の発動体になるんだ?」
男の言う通りだろう。その鉄パイプは魔法の発動体でもなければ錆に塗れ、折れ曲がった鉄パイプ。武器として扱うにも一回が限度と言った所だろう。
「ほら、何を唱えるんだ?
貧相な魔法の発動体に対して男は笑い、転げまわる。それが男の致命的な隙となったとも知らずに。
転げまわった男の隙をシアンは見逃さず、男の両脚を固定する。
「おいおい、上の奴等は物を知らないねぇ? 男相手の時にだけ使える魔法があるってことを。」
ルナルドは鉄パイプの握り心地を確かめながら男に近づいていく。視線は男の顔から下へ下へと降りていく。
開いた大股、降りる視線。男相手の時にだけ使える魔法。男の浮かべた笑いは一瞬にして下卑た笑いから苦笑いへとなり、大量の冷や汗が彼の頬を伝る。
「ほ、ほらお前ら女の子だろう? もうちょい可憐に、ほらおとしやかに……な?」
「ざーんねん! 僕らはそんなもの捨てちゃったよ、おにーさんの言う通りゴミ捨て場だからね、ここ」
「いや、ほら、住めば都と言うか、あーおにーさんも住みたいなぁ! サイレック!!」
「えーっと、なんだっけ? 真、第二の怪異、低俗、誘引?」
必死の命乞い等気にも留めずルナルドは詠唱を始め、鉄パイプを振りかぶる。まともな詠唱などではない、ただ真似ただけの子供騙しの詠唱。それでも男には判ってしまう。その魔法が。
「馬鹿! 止め——」
ゴィン、と
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