第4話

 男達の足取りを追うのは簡単だった。サイレックの住人は基本的に物持ちがとても良い。正確に言えば貧乏であるが為に靴だったら必ず履き潰すし、壊れたとしても我流で修繕し使い続ける。完全に壊れたとしても暖を取る為の燃料として燃やしたりとどこまでも一つの物を使い続けている。

 その為、靴底が擦り減っていない靴を履いた人物は少ない。一部の余所者専門の追剥ぎ達は『靴底で余所者を見る』とまで言われてる程だ。

 擦り減っていない靴跡を追いながらシアンは問う。

「ちなみに一応だけ聞いておくけど衛兵詰め所とかに報告するのは?」

 呆れたように首を振る。

「無理さ、誰もアタシ様達みたいな悪餓鬼の言葉を信じてくれるとでも思ってるのかい?」

「確かに難しいかも……」

「それに先程の会話で『今夜中には上に戻る』って言ってたから襲撃はおそらく今晩」

「説得するにも時間が足りない、か」

「そういうこと、ほら追いついたよ」

 気配を殺し、対象の二人に近づいていく。


「しかし暇だねぇ、奴等が降りてくるまで待機ってのは」

「仕方ないだろう。どうせ決行は夜だし、下手に上から来た俺達が固まってたらそれこそ目立ってしまう」

「ちなみに時間あるなら一杯引っ掛けるのは?」

「阿呆、夜に仕事があると言ってるだろ。失敗したら俺達放浪者なんて切られるぞ。蜥蜴人リザードマンの尻尾みたいにな」

「判ってるけどよ~……ほら、腹が減っては戦が出来ないって言うだろ?」

「まぁ、それはそうだが……」

 騎士崩れが大きく溜息を吐いた。確かに一理はあるし、下手に不満を言わせ続けるよりは一度飯屋にでも入り、英気を養うべきかもしれない。

 その考えを読んだかのように裏道から一人の少女が姿を現す。

「ねぇ、おにーさん。何かお探しかい?」

 シアンの身なりを確認すると、サイレックの浮浪児だと判断して騎士崩れはすぐさま腰の金貨袋に手をかける。浮浪児は大体こちらの金貨袋狙いで近づく者しか居ないからだ。

「ああ、少し飯を食える所を探していてな。お嬢ちゃんはお金を稼ぎに来たのかい?」

 金貨袋にかけた手を離さずに騎士崩れは答える。

「う~ん……そのつもりだったんだけどおじさんの財布の紐堅そうだから小遣い稼ぎぐらいしか出来なさそうかな」

 シアンはあえて金貨袋にかかった手へと視線を投げてから降参だと言わんばかりに両手を上げ降参のポーズを取る。

「で、小遣い稼ぎの相談なんだけど良い感じのご飯屋さん紹介するから五ガメルでどうかな」

「馬鹿言え、高すぎる。一ガメル」

「でも自分で探すなら時間かかっちゃうよ?四ガメル」

「おいおい、餓鬼は飯の相場も知らないのか?どこに三ガメルの飯案内に四ガメルもかける阿呆が居るんだ。二ガメル」

「そうだねー、普通だったらそうだけどおじさん達今夜お仕事あるんでしょ? 時間に余裕があるの? 三ガメル」

 騎士崩れの顔が僅かに歪む。気付いたのだ、シアンが『今夜に仕事がある』と言う単語を聞いてしまっている事を。何処まで聞いていたのかは分からないだろうが、男達は一度不味い会話をしている。

「なーあー、いいじゃんかよ。どうせ報酬入るんだし必要経費って事でよ~」

 このチンピラ風の男が『ルドックの名前』を出してしまったのだ。

「阿呆、黙ってろ」

 騎士崩れは顎に手を当て熟考する。

「ほらほら、相方さんも痺れ切らしちゃうよおにーさん!」

 少しだけ息を吸い、大きく溜息を吐く。

「……仕方ないな」

「やったー!!」

 ぴょん、ぴょんと嬉しそうにシアンは飛び跳ねる。それに対して今度は騎士崩れが負けたと言わんばかりに両手を上げ降参のポーズを取る。

「こっちこっち!余所者のおにーさん達でも気軽に入れる飯屋だよ!」

 狸の少女はくるりと反転し、細い路地へ鼻歌混じりに歩き出す。

「ふっふ~ん♪ 今日のご飯は馬鈴薯スープ~♪」

「全く、強いなここの住人は」

 交渉が終わって上機嫌のシアンの背で男達はアイコンタクトを取る。意図を理解したのかチンピラ風の男は口端を歪めて懐のナイフへと手を伸ばす。

「柔らかいパンに~♪ 久々のお肉~♪」

 それに合わせて騎士崩れも腰の金貨袋に伸ばしていた手を長剣へと切り替える。

「最後に全部喰らうのは~♪」

「ただまぁ、言わせて貰うのであれば」

 チャキリ、と鞘から僅かに出た刀身が夕焼けを反射する。

「暴れん坊のお狐様~♪」

「勝った、と思う瞬間が一番危ないのだ」

 その言葉と共に長剣を抜こうとしたその瞬間——

「どうも、お狐様だよ」

 頭上から声が、影が落ちて来る。狸によく似た狐の影が。

 騎士崩れは即座に上に視線を飛ばしてルナルドへと長剣を引き抜こうとするが、それは叶わなかった。下に視線を戻せば反転したシアンが剣の柄を抑えている。状況を理解し距離を取ろうとするが――

「「遅い」」

 上下から同時に声がし、少女達の蹴りが騎士崩れの頭を大きく揺らす。

 ぼやけた脳に入ってくるのは少女達の嗤い声。

「ごめんね、おにーさん」

 視線が定まらない騎士崩れにシアンの声が聞こえる。

「勝った、と思う瞬間が一番危ないらしいんだよ」

 その言葉を最後にシアンの蹴りが騎士崩れの意識を刈り取った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る