第3話

 ドラックと別れ、腹ごしらえを済ませた彼女達が歩く道は裏通り。彼女達が歩くには表通りは明るすぎる。だからと言って余所者であれば人権を剥奪されるという『日陰の影通り』は彼女達には暗すぎる。真っ当な道は歩けない、でも裏に行ける程の強さは持ち合わせていない。その中途半端さが今の彼女達の立ち位置だ。

「しかし、馬鹿だねぇドラックは」

 あの後ドラックは動きを止めていたグレートリフトが稼働をしたのを見てすぐに戻ったのだ。おそらくは上から来た奴等と荷役人の立場について交渉があるのだろう。

「でも、凄いよね。この街で誰かの為に動けるって」

「馬鹿だよ、馬鹿馬鹿。アタシ様達含めて全員自分の生活が大事だってぇのに何が楽しくて誰かを助けるのさ」

「そうだね、何が楽しくて一つしかないパンを半分こにするんだろうね」

 今朝の優しさがルナルドの首を絞めていく。居心地の悪そうな様子にくすくすとシアンは嬉しそうに笑う。知っているのだ、口では罵詈雑言を吐こうともルナルドもまた誰かの為に動ける人なのだと。

「うるさいな、どうせアタシ様達には出来る事なんてほぼ無いんだから……っと」

 ルナルドは口に手を当て、静止する。口には出さずともルナルドに続いてシアンも物陰に潜む。

 気配を探れば角を曲がった先にこの辺りではあまり見ない顔の男性が二人。片方はガラの悪いチンピラのような出で立ち、もう片方は筋骨隆々で腰に長剣を差した騎士崩れと言った所。暇を持てあましたかのように煙草をふかす。男達に気付かれないように彼女達は気配と声を殺しながら近づいていく。

「見ない顔だね、余所者かな?」

「だろうね、カモの匂いがする。」

 この中途半端な裏通りは彼女達にとっても良い餌場なのだ。ここに来る余所者は表通りは歩けない、ただ余所者であれば見境なしに襲う『日陰の影通り』を歩けばトラブルが起きてしまう。ここを歩くのは表は歩けないがトラブルを起こしたくはない者のみだ。そう言った者達は例え財布を偶然に落としてしまったとしても次の予定があるからと諦めも早い。

「ったく、こんなゴミ捨て場にまで来なけりゃならないなんてな」

 チンピラ風の男が悪態が聞こえる位置まで近づく。

「仕方ない、上に何も届かなくなっちまったら俺達の飯が無くなる」

 この後はいつものようにシアンが他愛のない会話をして気を引き、その隙にルナルドが偶然にも財布を拾う。

「ただ、そのおかげで俺らの飯の種になるんだけどな」

 ルナルドの合図で飛び出すだけ——

「今回依頼で消すのはドラック・ルドックって奴一人だけでいいんだろう?」

 動きかけたルナルドの手がピタリと止まる。

「ああ、今回のストライキは奴だけで保っているようなもんだ」

 その言葉に彼女達は硬直する。

「トップさえ消えれば自分達の事で手一杯でストライキなんて起こせやしないってぇ事か」

 制止する手に汗が滲む。

「そう言う事だ、所詮はゴミ捨て場の烏合の衆だからな」

「あーあ、さっさと終わらせて今夜には上に帰りたいもんだ」

「同感だ、こんな所に長居したら肺が腐っちまう」

「早い所他の二人と合流して仕事に取り掛かろうぜ」

 男達は歩き出す。まるでこの場に捨てていくのが当然かのように吸い切った煙草を投げ捨てて。

「……聞いたかい?」

「聞いちゃったね、聞いちゃいけない奴を」

 二人の頬に汗が雫となって滴る。

「狙いはドラックか……」

「多分ね。ドラックおじさんは今回の件で上の人からは疎ましく思われてる筈だしそこからの依頼とかじゃないかな」

「はっ、こっちは交渉してやってるのに返すのは言の葉じゃなく刃か」

「この街はとても都合の良い場所だからね……この街の人が犯人と言えばそれで通せてしまうと思う」

 サイレックは『前科者の避難所』とも呼ばれ、お世辞にも治安が良い場所とは言えない。

「適当に理由付けをするなら~……自分達の仕事を止めてご飯が食べれなくなった人達の暴走、辺りかねぇ。この街の住人なら十分にありえる話だ」

 少し裏通りに行けばトラブルは日常茶飯事、しかも今は街全体がストライキで明日の飯すら危うい緊張状態。

「酷い話だよ。ドラックのおじさんは未来を見据えて皆の為に動いているのに……」

「誰もがドラックみたいな馬鹿には成れないんだよ、そして」

 一瞬、ルナルドは眉を顰める。ただ、言い逃れはしない。

「アタシ様達にはそいつらを非難する資格はないのさ」

 ルナルドの言葉にシアンは詰まってしまう。誰もが自分達が生き抜くのに必死なだけだ。例えそれが悪事であってもやらねば飢えて死ぬだけであり、死ぬか悪事に手を染めるかと言われれば後者に手を伸ばすのは至極当然だろう。何より後者に手を伸ばしているのが彼女達だ。

「……それは、そうかもだけど」

 何をどう取り繕おうとも一度犯した行為は戻せず、一度食べたパンも戻せはしない。

「アンタは下手に賢いからねぇ」

シアンの考えはドラック同様に馬鹿と呼ばれるものだが、そんな馬鹿な妹分をルナルドは誇らしく思う。この街では使えないものではあるが、その考えを持ち続けれる事自体が貴重なものだと感じたからだ。シアンがそう想ってくれるだけでいい。現実を叩きつけるのは姉貴分の役目だ。

「けどアタシ様達にはそんなに余裕はない。だからその考えは一度捨てていきな」

 言葉を吐き捨て、ルナルドは歩き出す。向かう先はグレートリフト、もとい男達が去った方角・・・・・・・・だ。

「……ルナルド?」

 不安と期待の入り混じった声で問う。

「言っただろう? アタシ様達には余裕はないって」

 ニィ、と口の端を歪ませて笑う。いつものような悪餓鬼の笑いではなく、何処かの狼のリカントみたいな馬鹿の笑い方で愉しそうに。

「さっさと追いかけるよ、見失わない内にね」

 その答えに応じるようにシアンも愉しそうに笑いだす。

「いいの? 他人の為に動くのは馬鹿だって言ってたのに?」

「ああ、全くもって面倒だけどドラックには『力になる』って答えちゃったしねぇ……まぁでも」

 顔をふいと逸らして男達を追いかけ始めるルナルド。その表情は見えやしない。

「たまにはシアンやドラックみたいに馬鹿をやるのも悪くはない」

「ふふ、そうだね。悪くないもんだね、たまには」

 ルナルドは未だ気付かない。シアンがルナルドの馬鹿を見て、憧れて、真似して育ったことを。

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