第2話

「で、ストライキってなんなのさドラック?」

 二つ目のパンを食べ終わり一段落した所でドラックへと問いかける。

「ああ、ストライキという単語から説明するべきかな」

「ストライキ、簡単に言えば『文句があるからこっちの言い分聞いてくれなきゃ働かないよ』っていう要求を通すやり方」

 二つ目のパンを齧り始めたシアンが口を止めて説明してくれる。

「シアンは良く知ってるな、偉いぞ」

 少し照れ臭いのか視線を落とし再度パンを齧り始める。

「なるほどね……でも、アンタ仮にも荷役人のトップみたいなものだろ? アンタが仕事しないって言うのなら大問題なんじゃないのかい?」

「大問題も大問題、前代未聞の大事件の真っ最中だ」

「ちなみにどの仕事を止めてるんだい?」

 お道化たようにドラックは答える。

「全部。仕事をしないのが今の私の仕事って事さ。こうして少し見回りがてら散歩する余裕すらある」

「やるねぇドラック! 思い切ったやり方じゃないか!」

 同じリカント同士だからなのか、それとも似た者同士だったのかルナルドとドラックは顔を突き合わせて悪餓鬼のように笑う。

 その言葉にシアンだけは愕然とし、食べる手を止めた。

「全部…!? 待って、本当に全部止めたの!?」

「そうさ、上のやり取りはたまに交渉役が降りて来たりする程度しかない。」

「はっはっは!! そりゃいいねドラック、上の奴等はさぞ大慌てだろうよ! 明日の飯も危うくなるんだからね!」

 この星座の街サイレックオードは宙に浮かぶ浮遊石群から成り立ついわば浮遊都市の町だ。ただ、宙に浮いている関係上物資に乏しく、このサイレックが上に物資と届ける重要な役割を担っている。

 その物資を上の町に届けるのが荷役人達で、そのトップとして矢面に立っているのがドラック・ルドックだ。

「そんな簡単な話じゃないよルナルド!」

 シアンが悲痛な叫びをあげ、ドラックは宥めるような声で話を始める。

「ここサイレックは底辺の街、一番下の、言ってしまえば一番蓄えのない街ってのはわかるかい?」

「ああ、忌々しい事にね」

「ストライキってのは持久戦なんだ、どっちかが音を上げるまで続く持久戦」

 裕福で蓄えのある上の星々、それに比べ治安も悪くお世辞にも裕福とは言えないサイレック。持久戦なんてものを仕掛ければどちらの旗色が良いかなど言うまでもない。

「ドラックのおじさん駄目だよ! サイレックの皆じゃ耐えられない!」

 シアンはドラックに縋りつくように懇願する。そのやり方では駄目だと、死人が出てしまいかねない、と。

「ああ、そうだね。はっきり言って既に資金が底をついている荷役人も何人かいる」

「だったら――」

「でも、止めない」

 今までの少しおどけたような声色とは違い、その声と眼には確かな意志が宿る。

「シアン」

 ルナルドはシアンを静止する。それまでの優しい姉としての言葉ではなく、ただ一人のサイレックを憂う人族として。

「……ドラック、本気で死人を出すつもりかい?」

「そんな訳が無いだろう。守るべきものを殺して何をも守るというんだ」

「じゃあ蓄えはどうするんだい? 今既にもう底をついた奴もいるんだろう?」

「ああ、それなら簡単さ」

 ドラックは声に意思を宿しながら言う、シアンの食べかけのパンを指差しながら

「私が身を切ればいい」

 そのあまりにも無謀な答えに今度はルナルドまでもが呆然とする。

「正気かい? アンタ一人の蓄えでこの街全体を支えれるとでも思ってるのかい?」

「ああ、その為にこの日まで蓄えを続けて来たのさ」

 その瞳には静かな火が灯っていた。

「……本気でやる気なんだね」

「そうしなければサイレックは永遠に底辺を彷徨う街になってしまう。だから一度仕掛ける必要がある」

 歯には歯を、覚悟には覚悟を。鏡写しのようにドラックの決意にルナルドもまた応える。

「わかったよ、アタシ様達も腐ってもサイレックの一員。何か困った事があったら声をかけておくれ。何が出来るかはわからないけどそれでも力にはなる」

 彼女が出来ることなんてたかが知れているだろう。それでも彼女は願うのだ、ドラックの力に、サイレックの力になりたいと。

「そうだな。じゃあ私達も余裕があるわけじゃないからしばらくはお手柔らかに頼むよ」

 にへら、と先程までの顔つきとは打って変わりまたお道化たような顔で冗談を飛ばし始めるドラック、そしてそれに応えるルナルド。

「それは聞けない相談かなぁ……なにせアタシ様達も余裕のある生活ってわけじゃないからね。なぁシアン?」

 笑い合う二人にシアンは答えられない。彼女もまたこの街を憂うサイレックの一員であり、身銭を切ってまで戦うドラックに冗談を言えるほど彼女に余裕は無かった。

「……これ、返します」

 差し出すのは先程ドラックから貰い受けたパン。今日の彼女の戦果。

 彼女もルナルドと一緒に生活をしている為、決して余裕のある生活ではない。

「馬鹿を言うなシアン。言っただろう? それはもう君にあげたものなんだ。」

「でも!」

 くくく、と横やりを入れるようにルナルドは笑う。

「おいおい、ドラックに子供からパンを巻き上げる奴・・・・・・・・・・・・・っていう噂をつけたいのかい?」

 その言葉にシアンとドラックはきょとんとした顔をしたが、先に言葉の意味を理解したドラックはそのまま彼女の提案に乗っかる。

「シアン、さっきも言ったようにそのパンは無かった事・・・・・になってるんだ。それを君から貰ってしまったら私は子供からパンを巻き上げる奴になってしまう」

「しかもドラックは今ストライキの真っ最中。誰が子供から巻き上げる糞野郎についていくって言うんだい?」

「そう、だから私を助ける為と思ってそのまま受け取ってくれないかい?」

「……卑怯だよ、その言い方は」

 息を吐き、恨めしそうな眼で睨みながらも再度パンに齧りついた。







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