公式cp0話
銀色のかぼちゃ
第1話
「へっへーん!」
その小さき手を天へと伸ばし、本日の収穫を喜ぶ。それはパン一つ。育ち盛りであれば足りず、栄養の面で考えても決して足りるものとは言えぬパン。
ただそんなものであっても空の無い街に住む彼女達には御馳走となる。
「すごいすごい! 流石ルナルド!」
「このアタシ様に掛かれば朝飯前ってもんさ」
水を差すように二匹の腹の虫が唸りを上げる。二人は少し気不味そうに顔を合わせ照れ臭いと笑う。
「ほらシアン」
「うん、ありがとうルナルド」
ただでさえ足りぬそのパンを二つに分け、いつも以上に高く積みあがった荷物の影で縮こまりながら二人の豪勢な朝食が始まる。太陽が傾き始めた時間の朝食に齧り付くルナルドと。それとは対照的に食の進みが遅いシアン。
「…ごめんね、ルナルド。僕が今日何も取ってこれ」
もふり、と柔らかいルナルドの狐の尾がシアンの口を塞ぐ。
「ばーか、アタシ様達はこのサイレックでは底辺も底辺。力のない子供なんだから少しでも助けあわないと生きてはいけない」
「……うん」
「……それに妹分が腹を空かせてちゃアタシ様の立つ瀬が無いだろう?」
「……うん!」
ルナルドの言葉にシアンは顔を綻ばせ、ルナルドに負けじとパンに齧りつき明日の糧にする。この『前科者の避難所』と揶揄される空の無い街サイレックでは親の居ない孤児達は弱者だ。
日々の糧を得る為に盗みを働く狐と狸のリカント。下手に手を出せば文字通り噛まれかねない彼女達に救いの手を伸ばす者はいない。一人を除いては。
「こら!またお前達か!」
二人の頭に救いの手…もとい拳骨が落ちる。
「「いっだぁ!!」」
声を揃えて叩かれた頭を抑え、ルナルドは文句を唱える。
「なんだよドラック!」
「なんだではない!お前達また荷物から食料くすねただろ!?」
「は~?違うけど!?ほら、見てみなよ!」
ルナルドの指を指す先には嗚咽を漏らし、眼の端に涙を溜めるシアンの姿。
「痛い……痛いよぉ……」
涙を溜めた眼の見る先には地に落ちて砂にまみれたパン。拳骨を喰らった時に落としていたようだ。
「おじさん……これ、今日僕が初めてちゃんと働いて買ったパンなのに…」
「ほ、本当なのかいシアン?」
嗚咽を殺しながら言葉を紡ぐシアン。戸惑うドラックに対し追い打ちをかけるようにルナルドは言葉を紡ぐ。
「あーあーあーあー、人の話も聞かずにいきなり殴りつけるなんてさー」
「ご、ごめんなさい……僕らが、こんな所で、ご飯なんて食べるから…」
「うっ……」
「ルナルド、僕らが悪いん、だよ…こんな場所に居るから」
「もっと底辺らしく『日陰の影通り』とかに行こう…?ドラックのおじさんもそれで許してくれる……?」
弱々しく震える声で問いかける。その声は確実にドラックの心を蝕む。
「す、すまない!決してそんなつもりは無かったんだ!」
「わかってます…おじさん優しいもんね。こんな僕らにも声かけてくれるし……」
持ち直して来たのかシアンは潤んだ瞳をドラックへと向けるが
「でも……」
その視線はすぐに地に落ちる。砂にまみれた御馳走に。ドラックにしてみればただのパン。それも半分になって齧りかけのパン。それでも彼女達には御馳走だったのだ。
「わかったわかった!ほら、これで機嫌を直してくれ!」
慌てて積みあがった荷物を漁り、既に少し口が空いていた籠からパンを一つ取り出してシアンへと差し出す。
「あれ~?ドラックいいのかい?アタシ様達には怒ってた癖に自分でパンくすねちゃって」
「どうせ今は荷物を上にあげる事もないからな、後から私の金で建て替えておくさ」
「いいんですかぁ?仮にも荷役人の顔役ともあろう人が」
「うぐっ……今回だけは無かった事にしてくれないか?シアンもそれでいいかい?」
「……ルナルドの分も」
「ああ、わかった!わかってるわかってる!二人分必要だよな!」
半ばやけくそになりながら籠にもう一度だけ手を入れて同じ様にルナルドにもパンを差し出す。
「ありがとう…ドラックのおじさん。」
おずおずと差し出されたパンを受け取った瞬間――
「「いぇーい!!」」
先程の空気を打ち壊すかのように二人の少女の陽気な声とハイタッチの音が響く。
「……は?」
「流石はシアン、アタシ様の二倍取ってくるなんて」
「いやいや、このパンが無ければ出来なかったからね。ルナルドのおかげだよ」
三倍に膨れ上がった戦果を手に二人は喜ぶ、本物の姉妹のように。それに反比例するかのようにドラックは困惑する。先程までは針の筵の心地だったのだから。
「ヴァルチャーが豆鉄砲を喰らったような顔をしてるよ、ドラック」
「え、いや……さっきまで泣いて……」
「ああ、これ?」
鬱陶しい涙を狸の尾で拭き取り、にんまりと笑顔を浮かべる。化かされたのだ、この狸に。
そう言いながら元手となった落ちたパンを拾っては砂を払い、何の気なしに齧り付く。この街で生きる彼女達にとってはこの程度の砂はちょっと苦い調味料と同じだ。
「お前達……!」
「ドラックのおじさん。さっき言ったよね?
「そうだよドラックのおじちゃん。しかもアンタが自分でくすねてくれたんだぜ?」
彼はドラック・ルドック。サイレックの荷役人達のまとめ役とも言える存在であり問題を起こすのは躊躇われる、今は特に。
「しかもドラックのおじさん、今大規模なストライキ中でしょ?」
「は~……そこまで計算の上か、降参だ降参」
ずる賢い狸に白旗を振る。世間ではこの姉貴分ルナルドの方が活発に活動をしている為に警戒されがちだが、陰に隠れた妹分シアンのしたたかさも同じぐらい警戒すべき存在なのだ。
「全く、お前達程面倒な子供達は居ないな」
「その面倒さがあったからこそアタシ様達はこうして生きていけてるんだ」
「そうそう、僕らは生きていくのに必死なだけなんだよ」
このサイレックオードの最下層、空の無い街サイレックを子供達だけで生き抜く。それは酷く難しいものであり、手段自体は良くないものの生き抜いているだけでも称えられるべきである。
ドラックは悲嘆にくれる。この子達を生みだしてしまったのは何もしてこなかった我等大人なのだと。
「すまないな……」
彼は呟くように声を漏らした。
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