第7話 のあ
家に帰るわけにも行かない。
なぜなら、メロウは俺を探している可能性が高いからだ。またカエデと母さんに迷惑をかける訳にはいかない。
スマホは充電切れで使い物にならなかった。
ファミレスに入り充電器を借りつつ、なけなしの金でひとまず昼食を摂る。
ミラノ風ドリアをむしゃむしゃ貪り食っていると、ピコンとスマホから電子音が鳴った。どうやら電源がついたらしい。
いくつかメッセージが溜まっていた。
松本、神無月、女帝さん、のあさん、まあ、ワルクラのみんなだ。カエデからは……何もなしか。安否確認のメールだけ送っておく。
ひとまず一つずつ確認しよう。
:《ガッツ松本》急に落ちたけど大丈夫そ?
:《ガッツ松本》のあちゃんとなんかあった的な?
:《ガッツ松本》とりあえず、安全なら返信しろよ
:《ガッツ松本》(泣いている猫のスタンプ)
ま、松本ぉ……!
しくしくと涙が流れる。なんて、なんて良いヤツなんだ。
とりあえず『大丈夫。一旦整理ついたら説明する。そっちは大丈夫?』と送っといた。次は神無月だ。
:《神無月@彼女募集中》おい
:《神無月@彼女募集中》急に落ちんな
:《神無月@彼女募集中》のあとリアルでなんかしてんじゃねぇだろうな
:《神無月@彼女募集中》……まじでいなくなんなよ
:《神無月@彼女募集中》お前、まあまあ使える方なんだからよ
うわぁ、神無月もいいヤツじゃん。
なんだよ。ったく、ツンデレめ。ツンデレ神無月め。感極まって『大丈夫だよ。このツンデレめ』と返信すると、一瞬で既読がついて焦った。つか、こいつ暇人すぎて怖い。
:《神無月@彼女募集中》てめぇ次会ったら殺す。つかさっさとログインしろ。暇。相手しろ。
:《織兵衛》ごめん。当分ログインできないかも。また説明する。
:《神無月@彼女募集中》くそ
くそ、ってなんだよ、くそって……。
気を取り直して、次は女帝さんだ。
:《Xx女帝xX》何してるんですか。みなさん心配してますよ
:《Xx女帝xX》のあさんと関係ありますか
:《Xx女帝xX》おーい
:《Xx女帝xX》おーい
:《Xx女帝xX》おーい
:《Xx女帝xX》(拗ねたアニメキャラのスタンプ)
:《Xx女帝xX》え、ほんとに大丈夫?心配かも
地味に嬉しいというか、結構うれしいというか。
……最後若干キャラ崩壊してる辺り、本当に心配してくれているんだろう。やばいな。女帝さん、好きになりそう……。こんな状況じゃなかったら心底ドキドキしていたことだろう。
ほかのみんなと同じように後で説明する旨を送って、すぐにのあさんを確認する。
:《のあ》会いたいです。助けて下さい
:《のあ》決闘とか言われて、どうしたらいいか分からなくて
:《のあ》あれ、大丈夫ですか?
:《のあ》ごめんなさい。巻き込んじゃったなら、ごめんなさい
:《のあ》……本当にごめんなさい
やはり、彼女も俺と同じ状況にいるらしい。
メロウが先に俺のもとまで来てくれてよかった。あの後のあさんのもとに向かっていなければいいが。
:《織兵衛》同じ状況。襲われたけど、ひとまず安全。協力しよう。色々起きたから、説明したいこともある。そっちは大丈夫? 大丈夫なら返信してほしい。ひとまずどこかで会おう。東京だよね?
中々既読はつかない。……大丈夫だろうか。
ただ、待ちぼうけしている訳にはいかない。待っている間にやるべきことをやらねば。まずは準備だ。身を守る手段がいる。
なけなしの八万を握り締めて、俺はディスカウントショップへと向かう。
しかも、わざわざ都内のディスカウントショップまでやってきた。人通りは多い方が良いだろうからだ。巻き込む可能性はあるが……自分の安全第一だろ、普通。
変装になるか分からないが動きやすいジャージ、それと帽子を買って、先に着ていたよれよれの服は捨てていく。
武器には小型ナイフと、殺傷能力の高そうな柳刃包丁、トンカチをそれぞれ買っておいた。それと効くかは分からないがスタンガンも。どれも安物なので使い物になるか分からないが、あるかないかで言ったらまあ、あった方が良いはずだ。
携帯食用としてカップ麺、それとガスコンロ、ガス缶、ついでに、その際にフライパンを買っておいた。何かと役に立つはずだ、武器としても、料理器具としても、盾としても。
水は買わない。自販機なんてどこにでもあるし、何より重たい。
この時点でそれなりに重たくなってきたので、一旦買い物をストップする。
それで、これは確実に必要だな、と思った寝袋と絆創膏、消毒液、チャッカマンを追加した。
で、これら全部を詰め込めるリュック。
結果、4万5千円。
想像以上に安い。寝袋と服がなければもっと安く済んだだろう。ただ、必要な出費だったはずだ。
……にしても、重たいな。
日ごろの運動不足が悔やまれる。ただ、嘆いてはいられない。
のあさんから来ていた返信を確認する。
:《のあ》安心しました……。はい、東京です。港区ですが、そちらはどこにおられますか。都合の良い場所で大丈夫です。出来れば今すぐ会いたいです。怖くて……
ゲーム内での元気っこな彼女からはまるで想像もつかない文面に少々面喰いつつもすぐに返事を送り返した。
:《織兵衛》俺がそっちまで向かうから、安全な場所で待ってて。港区までついたら連絡するから、適当に駅付近のカフェで合流しよう。表参道で良い?
:《のあ》表参道で大丈夫です。色々ありがとうございます。本当、なんてお礼したらいいか……
:《織兵衛》大丈夫だよ。あと、巻き込まれたとかじゃないと思う。多分、俺も最初から狙われてたから笑 それに俺も一人だと怖いからさ。のあさんがいて良かったよ
電車に乗って港区まで向かう。
そうか、港区か。……こりゃ金持ちだな。なんていやらしい頭を振り払って、電車に揺られる。
そういえば、とふと思った。普通に人混みも気にならないな。それどころじゃない、というか。
あれだけ怖かったのに。あれだけ、外に出るのが嫌で嫌で仕方なかったのに。
吊革にぶり下がりながら、電車に乗っている間はずっとのあさんとやり取りをした。何回か会話が途切れそうになるんだけど、そのたびに彼女が新しい話題を提供する。
気持ちは分かった。怖いからだろう。正直、俺も助かった。
こんなにもありがたいとは思っていなかった。
たった一人仲間が出来ただけで、こんなにも心が楽になる。ずっとのあさんと喋って、気を紛らわしていたいくらいだ。
まあ、そんなわけにも、いかないんだけど。
『次は、表参道です。千代田線、半蔵門線にお乗りの方は――』
よしっ、と気合を入れる。
「着いたな、表参道」
すぐに近場の小洒落たカフェに入って、連れが来る旨を店員に伝えて案内された二人用の席に座った。
と、そこでふと思う。俺たちは初対面だ。当然お互いの容姿など知らない。
ひとまず目印になりそうな帽子を被って、見た目の特徴を告げておく。
:《織兵衛》まあ、とにかく冴えないのが俺だよ
というと、のあさんは謙虚に『私も多分そうです』と返してきた。
……なんか、アレだな。ドキドキするな。
まじでびっくりするぐらい、ゲキ速に心臓が鳴っている。ゲキ速なんてもんじゃない。もう、ゲキゲキ速だ。
入学式後の自己紹介の時間とも、メロウに殺されかけた時の緊張とも微かに違う。そう、これは隣の席の女の子とふと目が合って、あ、気まずいな、なんか身じろぎするのも神経すり減らすな、みたいなあの時の窮屈さというか……俺、不登校なのに何語ってんだろ。
オフ会とかしたことなかったし。どんな感じだろう。あんだけのロリだからな。学生と言っていたし、年も近いだろう。中学か高校か大学かは聞いていなかったっけ。ただロリだし元気っこだし、恐らく中学生くらいか。いやでも、メッセの印象は落ち着いてるよな。
……え、ヤバイ。俺、変に思われないかな。急に心配になってくる。髪も寝癖だらけだし。つか、うわ、歯磨いてない。最悪だ。
「うわ、ブッサ」とか言われたら普通に死ねる。
でも『私も冴えない』って言ってたから、同じ穴の狢だろうし。まあ、気にすることないよな。よな?
カフェの入り口付近がざわつきはじめて、ふと顔を上げる。
……なんだ?
「ヤバくね、あの子……めっちゃ可愛い」
「レベルたっけー。つか胸でか、えっろ……」
「え、可愛いあの子。アイドルかなんかかな?」
「お前、インツタ聞いてこいって」
話題の中心になっている女の子がちらりと見える。
閉じかけたドアの隙間から漏れる風が、少女の腰辺りまで伸びた黒髪を微かに揺らしていた。儚さと愁いを帯びた少女だった。目のハイライトがないせいで少し鬱っぽく見えるが、そんな脆さすら可憐さを際立たせているように思える。
気高き少女の証である制服は、たわわに実った胸でシワが消えるほどパッツンパッツンになっていた。
とんでもない美少女である。
まじでアニメから出てきたみたいっつーか、アニメキャラと普通に渡り合えそうなレベルだ。
「あ、えっと……待ち合わせで」
と店員に伝える彼女は中に入ると、待ち人を探すようにキョロキョロ視線を彷徨わせる。
なるほど、彼氏持ちか。
そう思ったやつは多いらしく、周囲からも「うわ、彼氏かな……」と嘆息する声が聞こえてきた。
まあ、そりゃそうだろ。いやはや、平日の昼間に彼氏とおサボリデートですか。
とかなんとか嫉妬しつつ、彼女の彼氏とやらがいったいどれほどのイケメンなのか気になってちらちら見ていると、彼女はふとこちらを見て目を見開いた。
そして迷うことなく、一直線にこちらに向かってくる。
……ん?
振り返って背後を見るが、壁だった。
え? えぇええ!?
艶やかな髪をなびかせ、うららかな少女の芳香を周囲に漂わせながら少女はこちらに歩いてくる。
え、俺の隣の席の人? そう思って横を見ると、隣の席のイケメンが口をあんぐりと開いてこちらを見ていて、目が合った。
「お、お前……お前の女かよぉ!」
って、イケメンがなんかこっち向いて吠えてる。
いや、ほんとだよ。俺のセリフだよ。
え? なんで? なんでこの美少女、普通に俺の前まで来てんの? つか、なんで俺の席の椅子に普通に手かけてんの!?
困惑する俺を冷ややかな光のない目で見つめると、彼女は少しばかり微笑んだ。
「こんにちは」狼狽する俺に挨拶すると、彼女はまっすぐに俺を見る。「織兵衛さん、ですよね?」
起きたら視界にステータスパネルがあった。 ~最近始めたVRMMOが、間違いなく現実を蝕み始めている件。はいいけど、ゲーム内のパーティーのみんながリアルだとみんな美少女でそれどころじゃない~ 四角形 @MA_AM
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