第2話 ガッツ松本
『WorldCreateONLINE』――通称ワルクラのキャッチーコピーは『この世界で第二の人生を』だ。
プレイヤーは四つの大陸を選択してゲームを始めるのだが、ここ『【芳醇な大地】ファルトケッタ』はライトユーザー向けということもあり、プレイヤーは『冒険者』として活動していくこととなる。
依頼され、魔物を討伐して、報酬でその日暮らしの飯を食う。んで、たまにちょっと報酬が弾んで、パーティーのみんなと贅沢したり、みたいな。ね? 結構、リアルっぽいでしょ。
出てくる魔物もそこまで強くないし、ギルド関連の施設が豊富にあるので職にも困らない。修練を積める場だって沢山ある。海も森も山もある。
ワルクラをエンジョイするならファルトケッタ一択だ。
なんだけど。
時たまファルトケッタには、おかしな【異世界からの来訪者】がやってくる。異常じみた異能力を操り、世界の調律を乱すがごとく殺戮に明け暮れる世界のバグだ。
こいつの報酬がちょー極上。
まあ、いわゆるゲームイベントボスである。
上位勢からするとそこまで強い相手ではないらしいが、まあ、割かしへたっぴな俺たちからすると――
鉤爪が深々と肩口に突き刺さっている。
痛覚はない。リアル重視といっても、やはりゲームだ。
気づけば、パーティーのみんなは傍にいなくなっていた。囮にされたわけじゃない。死んでリスポーンしただけだ。
ニタリと、口角の張り裂けた男が俺に馬乗りになって笑う。
額には三つ目の瞳が合って、ギロリとこちらを見下ろしていた。
瞳には生気が宿っておらず、焦点が合っていない。
【鉤爪のメロウ】。異世界からの来訪者の一人である。
いやー、相手になんなかった。瞬殺だ。いや、それなりに善戦はしたんだけど、パーティーの要である黒騎士の松本が死んでからは一瞬だった。
まず同じく前線で体を張る神無月が鎧もろとも切り裂かれて、後は流れ作業の如く狩人ののあさん、魔法使いの女帝さん、そして神官の俺の順にぶっ殺された。
はぁ、と深いため息をつく。
俺たちは相も変わらず、今日も今日とてパッとしない底辺パーティーだ。
「また会おウ、未熟者」
男は笑う。次の瞬間、視界は黒く染まっていた。
『——GAME OVER
おまえ は しくじった!』
◇
「あ、ようやく来ましたか、織兵衛さんっ!」
活発な少女の声に意識が覚醒する。
無事にリスポーン出来たらしい。
気づけば、パーティーの
この拠点はみんなで血の涙を流しながら買ったもので、それなりに大きい。二階建てで階段が吹き抜けになっていて、南方にあるでっかい窓からは海が見える。
開放感のある家だ。
目をごしごし擦る。
視界一杯にはのあさんのロリロリな顔。うーん、眼福。かなり凝ったキャラクリだ。睫毛の長さにまで愛を感じるというか、ただむやみに鼻を高くしたり、目を大きくしたりじゃなくて、緻密に練り上げられている。理想のロリである。
「な、何かついてます……?」
「いや、やっぱ天才的なキャラクリよね、のあさんって」
「貴方も十分天才的ですよ、織兵衛さん。キモすぎて」
割って入ってきたのは、ダークエルフの女帝さんだ。彼女のキャラクリも素晴らしい。んだけど……。
装備を脱いで割と素肌率高めな私服を着ている彼女の姿に、惜しいなぁと首を横に振る。すっかすか。すっかすかなのだ、胸が。
ダークエルフで妖艶な顔つきしてんのに、貧乳なのが頂けない。そこははちきれんばかりの巨乳でしょうが。
「にっしても」黒騎士の松本が、相も変わらずフルフェイスの兜を被ったままニシシと笑った。「織兵衛、こっちくんの遅かったね。あの後そこそこ続いた感じ?」
「いや、ねっとりじっくりイかれただけ」
「ぎえー、いったそ。なんあみ、なんあみ」
「でも、いっつも織兵衛さん帰ってくんの遅いよね?」
むむっ、とのあさんが顔をしかめる。それから前かがみになって、もたれかかるように俺の顔面に顔を近づけてきた。
「何か……何かとんでもない秘密があったりっ!?」
「まあね」ぶっきらぼうに答えた。「しぶといのだけが取り柄だし」
「おい織兵衛、テメェ、荷物持ちの分際で俺の女と話してんじゃねぇ」
「あ、いや、ご、ごめん……」
キター! クソ廃人課金中神無月め……と俺は歯を食いしばる。
こやつはどうやらハーレムを目指しているみたいで、俺と松本のことは好ましく思っていないらしい。
だからといって、パーティー追放的なアレはないんだけど。
ワルクラはぶっちゃけると、人気がない。ワルクラやるなら、他のゲームやるよね、みたいな。実際、移動時間で終わるゲームよりかはルー○出来るゲームの方が良い。
だからプレイ人口が絶望的に少なくて、単純に俺と松本が欠けるとまともな人員がいなくなるのだ。
ワルクラの廃人共の中の底辺ってだけで、俺たち、新規と比べたら大分強いし。中間層辺りの、丁度良い存在がいないって話。
俺もたまに思う。なんでワルクラなんだろって。でもなー、ちげーの。本当、第二の人生って感じで。リアルなんだよな、ここ。
この手探り感とか、パーティー内の軋轢とかあっても、結局一緒に暮らして協力するしかないやりきれなさとか。
「のあ、女帝、部屋行くぞ」
「はいはーい!」
「それでは、失礼します」
去っていく三人の後ろ姿を見送る。
いや、普通に鉤爪のメロウにフルボッコにされたんだから反省会でしょ、とか思ったけど、通常運転だ。
そこらは全部俺の仕事である。
のっそりと起き上がり、庭にあるパラソル付のテーブルにつく。
そそくさとノートとチェスボードらしき盤を取り出して、対策にとりかかる。
「いっつも何してんのかな、あいつら」
暇を持て余してか、一緒に庭までついてきた松本が興味本位に聞いてきた。
「このゲーム、痛覚ないけどさ、触れられてる感触とかあんじゃん」
松本は隣に腰かけると、さも深刻なことを言うようにごくりと唾を飲んだ。
「や、やややや、やっぱ……えってぃー、なこと、してんのかな」
「えってぃーて……」いや、触れるべきはそこじゃないだろ、とか自分に呆れつつ駒を動かす指を止めた。「まあ、してんじゃねーの。性行為まで出来るらしいからな」
「す、すっげーな。大人だな、あいつら……。な、なあ、お前はさ。お前は、その」
フルフェイスの兜をがしゃがしゃ鳴らしながら、松本は俯いて顔を上げてを繰り返す。
「そういうこと、したくねーの?」
「は?」ぞわりと鳥肌が立つ。「え、お前やめろよ。俺無理、無理だから。男無理だから」
「え? あ! ああっ! いや、違うって。単純に興味あるか聞いてんのっ」
「やめようぜ、この話。男としたくないわ」
ちぇっ、と松本はつまらなさそうに背もたれに豪快に体を預ける。
いや、分かるけどね。ぶっちゃけ俺も気になるし、あいつらが今ナニしてんのかとか。悶々とするだけだから、考えても無駄なんだけど。
「そういえば松本さ」ノートにメロウの行動パターン、使う魔法の特徴を書き留めながら訊く。「かるちぇらさん、引退したって知ってた?」
「えっ」驚いたような声を上げる。「廃課金中で、マサラタウン出身の?」
「あー……」そういえば、マサラタウン出身とかいうよくわかんないギャグしてたなとか思い出して苦笑する。「そそ。一か月前からオフラインなの」
「まじ? 有り得なくね? あっ」背もたれから腰を浮かして、松本はこちらを見る。「そいえば、俺のフレンドも一人最近ログインしてねーかも」
松本は「寂しいよなぁ」と腕組をしてぼやいた。
「【マルコポーロ】さん、オフ会までした仲なんだけど」
「へぇ……」一拍貯めて。「女?」
「え? もしかして気になりますかい、あんちゃん」
「べ、べつにぃ? 俺、彼女、いるし?」
「いないでしょ、絶対……。ちなみに正解は、女でーすっ!」
「てんめこのッ! 羨ましいっ!」
松本に飛びかかってじゃれつきあう。
それから結局、神無月達と合流することなく、松本と二人でフォルフォウスの森で適当にコボルトやらイグノア(肉眼じゃ見えないくらい小さな虫の魔物)を討伐して時間を過ごした。
それから夜の帳が下りてきて、俺と松本は森の傍らにキャンプを建て少しばかり暖を取ることにした。ついでに夜飯だ。
薪を
カリカリと皮の表面が振動し、凝縮された肉汁がじゅわじゅわと溢れ出すのを、大袈裟に唾を飲み込んで見守る。
冷え込む夜、真澄の空へと伸びるかすかに肉の匂いを含んだ煙。
……感無量だ。
「……あー、おりべぇ、俺は、俺は幸せだよぉ」
「だなぁ……って、うぉ、きったねぇ!? よだれ垂らすなクソがっ!」
「ご褒美だろ? 喜べよ」
「お前な……」
「わりーわりー。んな睨むなって」ニシシと兜の下で笑って、松本はだだっ広い草原に大の字になって寝転がる。「第二の人生ねー?」
感慨深そうに呟くと、松本は椅子にもたれかかる俺をちらりと見た。
華奢なように見えて引き締まった腕が、スラリとこちらに伸びてくる。松本は俺の指先をちょんと握ると、「おかしいよな、やっぱ」とぼやいた。
「あったけーの。マジで生きてるみてーにさ。他のゲームとはちげーよ」
「今更、なんだよ」
「第二の人生って、マジな気がしてきてさ」
「そ。じゃあ松本はさ……」
そこまで言いかけて、口をつぐんだ。
リアルでは何をしていて、なんでワルクラがよくて、なんで、第二の人生を歩みたかったんだ? 第一の人生では、何があったんだ?
聞いちゃいけないことだと直感で思った。もしくは、聞けば俺も話さなければいけなくなるような気がして、気が引けた。
満天の星空が天の川のように月へと続いている。まったく、こういうファンタジーさはリアルらしくないと思う。
俺が行った山は少し雲が膜を作っただけで、星なんて一つも見えなかったのに。
「オリベー? ごめんなぁ。俺ね、本当は……っ」
松本が口を止めたのは、きっと同じものが目に入ったからだ。
ガサゴソと草木が揺れたのは、いたずらな風のせいだと思っていた。違った。ゆらりと千鳥足で、ボロ布を身にまとう泥まみれの男が、虚ろな目をしてこちらまで歩いてくる。
「な、なんだよ、お前」
男は俯きがちに歩いたまま、「くひぃ、クヒィ」としゃっくりを繰り返す。
ぶるりと体が震えたのは、多分、寒さのせいじゃなくて恐怖だった。本能が男を拒絶していた。
「……050」
化け物の唸り声のような、低くおぞましい声だった。
男は「くひぃ」としゃっくりと共に笑いながら、肩をぶつけて横を通り過ぎてく。
「ちょっ、大丈夫かよアンタ?」
「やめろってオリベ。……関わんなよ」
首で誘導され、松本の方に向かう。
遠巻きに眺めていると、男はたゆたうように火に手をかざした。彼の背は稚児のように小さく、奇妙な角度まで丸まっていた。なんだろ、背骨が折れている?
やがて男は火に顔面を突っ込むようにして、勢いよくチキンに貪りついた。
むしゃむしゃ。獣のように、乱雑に。肉を引き剥がすように。
「16ゥ、3ぁ3ァイ……」
「……なんなんだよ、マジで」
髪の先に火がついて、男の体に燃え広がっていく。
いつの間にか口元を手で押さえていた。得体の知れないまるで理解できない怪物を前に、喉から胃液が迫り上がってくる。
目に染みるほど明るい炎だった。
男は火だるまになって、じたばたともがきながら、それでも宝物を抱き込むようにチキンを離さなかった。
最初から最後まで理解不能だった。
ただ、男が体中に炎をまとって、夜闇を照らす一等星みたく強く光って、光の粒になって、最後に「5642」と呟いたのだけは、確かに聞こえた。
「電話番号?」松本がほっと一息ついて、呆れるように訊いてくる。
「多分」頷いて、「かける?」からかうように笑う。
「やめろって。……流石に怖すぎ」
いつもなら「俺のチキンがぁあああぁああ!?」なんて叫びそうな松本も流石に参ったらしく、適当にゲームをやめた。
それは、わずか二分の出来事だった。
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