起きたら視界にステータスパネルがあった。 ~最近始めたVRMMOが、間違いなく現実を蝕み始めている件。はいいけど、ゲーム内のパーティーのみんながリアルだとみんな美少女でそれどころじゃない~
四角形
第1話 WorldCreateONLINE
――日常が、少しずつ蝕まれていく。
◇
【かるちぇら@廃課金厨】さんが1ヶ月間ゲームにオンラインしていないという表示が目に入り、俺、
常人であれば、1ヶ月ゲームをしていないくらい何も不思議なことでは無い。
ただし【かるちぇら@廃課金厨】さんといえば、このゲーム――『WorldCreateONLINE』をこよなく愛し、月給全てをゲームに注ぎ込むド変態ではなかったか。
「考えすぎですよぉ、【織兵衛】さん!」
「そ、そうかなぁ」
『倉庫』で、一昨日からしたためておいた高級回復ポーションをリュックに詰め込みながら、「んー」と唸り声をあげる。
「いや、でもさぁ……」
「そんなことより、火炎耐性ポーションですよぉっ!」
「わわっ、あっぶね。そういえば、必須だったね」
今回の討伐対象である《鉤爪のメロウ》は、通常攻撃そのものに火炎属性が乗っかる厄介な奴だと聞いている。こいつを忘れていちゃおしまいだろう。
そそくさとリュックに赤く煮立つポーションを詰め込む。
ワルクラはリアルさを重視したゲームだ。
インベントリがないので荷積みが手作業なのは勿論、ステータスもなくレベルアップすらないのだから、本当、つくづくゲームらしくないゲームである。
その一方、味覚まであるのが神ゲーたる所以だろう。異世界の飯を食いたい、と望むやつは多いはずだ。実際、ぶっ倒した魔物を食らうあの瞬間は脳汁が溢れるゲーム体験だよ、まじで。
ただ、最悪なのが一点。
「お、おもてぇえぇええ……」
ギヌヌヌヌヌ、歯を食いしばりながらリュックを背負う。
このゲーム、重さまで感じるんだよなぁ……。
「頑張れ、頑張れ! 【織兵衛】さんっ!」
牛歩で進む俺を励ます赤髪ツインテの少女は、ふんすっと鼻を鳴らして前傾姿勢でファイトのポーズをとり続ける。
いつもめっちゃ応援してくれるけど、手伝ってはくれないんだよな、【のあ】さん。思いつつも、「あ、ありがと」と引きつった笑みを返す。
無論リアルさを意識して作られたこのワルクラに、転移魔法など存在しない。徒歩、あるいは馬を使うのが基本だ。かなりの遠出になると、移動時間だけでゲームを終えることだってある。
はっきり言おう。
ワルクラやってるやつなんて、暇な学生かニートしかいねぇッ! 社会不適合者の掃きだめだ。〝第二の人生〟ってキャッチコピー、まじでイかしてて最高だと思う、ほんと。
不登校の俺が言うんだから間違いないよ。
『倉庫』から1kmほどで着く中央広場で雁首揃えて待っていた三人が視界に入ると、のあさんの応援もヒートアップしてくる。
「さーくらー、ふ~ぶ~~きの~!」
「24時間テレビじゃないんだから……」
「ふれ、ふれ、おりべーさんっ! えいおー、えいおー、おりべーさんっ!」
「いや、それも恥ずいって……」
周囲の視線が集まっているのを見てため息をつく。毎回これだ。
NPCにすら怪訝な目を向けられているんだから、のあさんの応援コールは狂気の沙汰としか言いようがない。
むず痒いのなんの。
「荷物持ちなんだから応援する必要ねぇだろ、のあ。これがこいつの仕事なんだからよ」
噴水を覆うベンチから腰を上げて、金髪甘いマスクの【神無月@彼女募集中】が鼻を鳴らして蔑むようにこちらを見る。
いや、俺、神官です。荷物持ちじゃないです。神官です。
のあさんの背に手を回して、俺から彼女を引きはがす【神無月@彼女募集中】の装備をちらりと覗く。
きらびやかな装飾の付いた、柄にエメラルドの埋め込まれた大剣。更に、派手な虎の紋様が描かれたクソ重たそうな鎧。
……こいつ、また課金したのかよ。一昨日も新しい装備買ってなかった? 毎日八時間ログインしてんのに、どっからその金出てくんだよ。
まあ、リアルでも勝ち組なんだろうな。
神無月の隣に凛と立つ褐色の美少女が、おしとやかに笑った。
貧乳ダークエルフの【Xx女帝xX】さんだ。
「相変わらず冴えないブス顔してますね、織兵衛さん。その顔、そろそろ飽きました」
「いやね、分かるけど。……キャラクリミスったから」
不貞腐れるようにぷくぅと頬を膨らませる。すると、汚物を見るような視線を向けられたのですぐに真顔に戻した。ら、更にドン引きするような顔をされたので、やるせなさに涙を我慢する。
さいでっか。真顔の方がキモいですか。ですよね。
ワルクラはリアル重視のゲームではあるが、キャラクリの自由度はかなり高い。顔の彫りをミリ単位で変えられる上、ほっぺの柔らかさ(とくれば無論胸も然りであるが)まで変えられる。更に、眉や唇の可動域が極限の部分まで届くのだ。
と、ここまで来れば察しのいい人は分かるかもしれない。
WiiやDS世代なら一度は見たことがあるだろう。眉毛が、ゴキブリの触覚みたく顔面からはみ出してしまっているアバター。
アレが俺ね。
「本能的嫌悪感を感じる顔ですよね、貴方って。しかもこの程度の軽作業で息が上がっているなんて、何の役にも立たないゴミクズ以下です」
女帝さんはジト目でこちらを見る。
女帝さんの視線、怖いんだよな。なんか、生きててごめんなさいって自然に思ってくるくらいに、侮蔑がこもってるというか。本当、俺、虫けら以下でごめんなさい。
「はぁ……。頼りないですね。その肥えた腹、まるで醜悪な豚です、豚」
「分かった、分かったから」
「豚には調教が必要だと思いませんか?」
がさごそ、目を輝かせながら女帝さんは懐に手を伸ばす。
な、なんだ……? そわそわして待っていると、やがて彼女が取り出したのは――猿轡だった。彼女は興奮気味に「はぁはぁ」と声を漏らすと、「つけましょう、織兵衛さん」と詰め寄ってくる。
「なんでだよッ!? 嫌だよッ!」
「わ、わぁああ」のあさんが顔を真っ赤にさせて後ずさる。彼女はごくりと大袈裟に固唾を飲んだ。「が、頑張ってください、織兵衛さんっ!」
「いや、止めて、誰かこの変態ダークエルフ止めてッ!」
ふ、ふごごご……。暴走気味の女帝さんに猿轡を押し付けられ、悶絶する。
女帝さんのこの振る舞いは、全てとある人気ライトノベル――【メンヘラ美少女に調教されて俺の性癖が歪み始めている件】のヒロインのそれを模倣したものだった。
今までに蝋燭を体に垂らされた回数はゆうに100を超える。鞭でぶたれるなんざ日常茶飯事だ。
亀甲縛りをされたときの、あの男としての尊厳が瓦解していく感覚を君は知っているか。羞恥と屈辱で涙を滲ませ、それがさらなる敗北であることを知りながら、みっともなく許しを請うやるせなさを想像できるか。
「さあ、さあ、鳴いてください、いつもの豚みたいな声でっ!」
「きゃあああ、助けて、助けてくれえぇええッ!」
やばい、やられる、今度こそ最後の砦に、つか、穴に、アナルにぶちこまれるッ! 逃げろ、逃げなければならない、男としてッ!
「……何やってんだ。さっさと行くぞ。荷物持ちに構うこたぁねぇだろ」
マントを翻して、神無月が颯爽と前を行く。
神無月がため息混じりにそう促すと、すっと女帝さんは俺から手を引いた。
「それもそうです。こんな下衆野郎に構う必要なんてないのですから」
「じゃっ、頑張ってくださいね、織兵衛さんっ!」
そそくさと神無月のもとに吸収されていく美少女二人。悲しいのか、嬉しいのか。こんな複雑な気持ちってない。
つか、俺、荷物持ちじゃなくて、神官なんだけど。
「ふぁ、ファイト的な? がんばっ、オリベ」
パーティー内唯一の天使である【ガッツ松本】が、ぽんと俺の肩を叩いてくれる。
「荷物持ちでもさ、お前の光魔法結構役に立ってっしね」
いや、荷物持ちメインでサブ神官とかじゃないから。普通に神官メインだから。
松本はフルフェイスの兜を被ってるから分からないけど、今、すっげー爽やかに笑ってんだろうな。
ため息をつきながら見上げた空は、作り物にしては青く澄み渡っていて、晴れやかな晴天だ。強烈な光に目を細めた。不思議だ。ゲームなのに眩しくて、目に染みる感覚も限りなくリアルだ。
んで、ワルクラの空には今日も、太陽が二つ浮かんでいる。
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