019:ワイトのドキドキ!陥落ビデオ通話編


 ツタのタリスマンは破壊した。ワイトの魔法も封じている。今のコイツはただの貧弱なスケルトンでしかない。

 つまり、俺達は安全に敵の情報を引き出すことが出来るわけだ。


 情報はあればあるだけ良い。しかし少なくとも、デュラハンやワイトがどうやって人間側の土地に入り込んでいるのか……その方法だけは確かめておきたかった。

 普通に風属性魔法で飛んできたか、それとも何かしらの乗り物でやって来たのか、はたまたオーバーテクノロジーで楽々やって来たか。ワイトが吐く情報によっては今後の対策が可能かもしれないから、このまま質問を続けるべきだろう。


「おいワイト。テメーまだ喋れるよな?」

『ふぇ?』

「本番はこれからだ。へばるんじゃねぇぞ」


 ワイトに効きそうな拷問器具は「小鳥の羽」だな。先程からくすぐりに対して妙な反応を見せてくるくらいだし、相当効いてるに違いねぇ。

 俺は羽根ペンを取り出して、自分で弱いと自白していた尾てい骨をひと撫でしてやる。『ひゃん!』という声と共にアンデッド汁を撒き散らしたワイトは、崩れ落ちるように地面に乙女座りしてしまった。これ脊髄液じゃないのかな。


『まっ、まだ私を辱めるつもりか……!?』

「ワイト。テメーらはどうやって人間側の土地に深く入り込んだ? その手段を言え」

「言わなかったらどうなるか……分かってるよな?」

『そんなこと――できるわけが……っ! アンデッドの誇りにかけて、貴様らのような人間に屈するわけにはいかない!』

「貴重な情報たんまり溜め込んでんだろ? 魔王様には言わねぇからよ、思いっ切り出しちまおうぜ」

「兄貴、ワイトはコレを見せられたら逆らえないんですよ。ほら、羽根ペンチラつかせるだけで目ぇキラキラさせてる」

「目なくね?」

『クズどもめ……!』

「口ではそう言っても身体は正直みたいだなブヘヘヘヘ」

「やりましょう兄貴、正直気色悪いっスけど」

「まぁ、そうだな……」


 ゴンとピピンが羽根ペンを取り出し、ワイトの顔面の前に掲げていく。顔の半分近くを覆い隠す程の巨大羽根ペンは、強がっていたワイトを瞬く間に戦慄させた。

 あっという間に虚勢を見透かされ、ワイトは己の身体を抱きながら後ずさる。俺達は容赦なくヤツに襲いかかった。


『は……はひ! らめぇ! 喋りますっ! 何でもするから許してぇっ! これ以上はおかしくなっちゃうぅ!』

「人間の土地に侵入した方法だ。早く言え」

『……てっ、転送の魔法ですっッんほぉ!』

「転送魔法……?」

「え? コイツら普通にオーバーテクノロジー使ってやがるってことっスか」

「……にわかには信じ難いが、そういうことらしいな。嘘ついてねぇよな?」

『っふ、うっ……くっ……つ、ついてませんん!』


 ――この世に存在しない、または未開発の魔法は3つ存在する。

 瞬間移動の魔法、時間に干渉する魔法、蘇生の魔法の3つである。


 このワイトは、そのうちの1つを使ってると言い切りやがったんだ。瞬間移動と言うよりは転送魔法だが、まるで使えて当然だとでも言うように、あまりにもあっさり吐きやがった。

 俺も長年冒険者をやっているが、この3つの魔法の噂はほとんど聞いたことがない。仮にあっても信ぴょう性に欠ける与太話であったり、ただの嘘であったり……。


 つまり、この情報は大収穫だ。俺は更なる情報を掘るべく、ゴンとピピンで協力してワイトの身体を隅々まで責め立てる。


「転送魔法は何のために使ってる? メドゥーサの偵察のためだけじゃねぇよな?」

『んおっ! しょっ、しょれはっ、人間の機械技術を盗むためでしゅう〜!』

「他には?」

『他には単純な偵察っ、ですぅ! んんっ! そこっ! 腋だけはやめてくださいぃ! 漏れちゃうぅ!!』


 なるほど……人間側は機械と魔法を交えた技術が発達していて、逆にモンスター側は純粋な魔法技術が発展している代わりに機械技術が発展してねぇのか。

 ワイトやデュラハンは機械の方の技術を盗むために、こっち側に潜入して来てるわけだな。それなら理解できるぜ。


「おいピピン、今の話メモったか?」

「はい兄貴。バッチリですぜ」

「ありがとう。薄々分かってたことだが、敵方の魔法技術は相当進んでそうだな……」


 ぐったりしているワイトを立ち上がらせ、俺達は拷問を続ける。

 そして色んな意味で何もかも出し切ったワイトは、(呼吸器官がないはずなのに)ハァハァと息を荒らげて啜り泣き始めてしまった。


『隊長……魔王様……スコーピオン君……ごめんなさい。私、堕ちちゃいました……』


 ぽっかりと空いた眼窩から溢れる一筋のアンデッド汁。何がどう堕ちたのかは知らんが、コイツは魔王軍側の機密情報をもっと持ってるはずだ。まだ使える。

 魔王軍内部にここまで精通した者を完璧な形で拘束できる機会なんて二度とない。ここでワイトを殺してしまえば魔王軍との繋がりは失われ、次なる機会を待つしか無くなってしまうだろう。

 だから俺達は――ワイトをに引き込むことにした。

 魔王軍にも穴はあるんだよなぁ。


「おいワイト。テメー確か魔王軍に連絡を取れるんだったよな?」

『え? あ……はい、魔法を使わせていただけるなら全然取れますけどぉ……何するつもりなんですか……?』

「協議の結果、俺達はテメーを拉致監禁することに決定した。その報告の通話だよ」

『かん……きん……? そんな嬉――酷いことをするつもりなんですか……!?』

「通話中の設定はこうだ。テメーは謀反を企てて、人間と共に生きる道を選んだ。魔王軍から離れるのはあくまで合意の上っつーことさ……いいな?」

『なっ――そんなことが報告できるわけッんほぉぉぉぉぉ!!』

「分かったな?」

『はいぃ……すびばぜんん……』


 俺達はワイトを脅迫・拉致監禁し、強制的に魔王軍から離れさせることに決めた。情報源として生かせておく方が余程役に立つからな。

 拉致監禁先は俺ん家の地下。管理監視するのはピピンの厳重な闇属性魔法。もし抵抗するようならくすぐって黙らせる。


 割と非人道的なことをしようとしているが、まぁコイツはアンデッドだし人じゃないからセーフだろ。というかさっきから、全身を弄られて喜んでるんじゃないかって勘違いしそうになるんだよね。……勘違いだよな?

 実際反抗的なのは口だけで、身体はめちゃくちゃ喜んでるように思える。気のせいか。よく分かんねぇアンデッド汁を噴く上に、羽根ペンに自ら身体を擦り寄せてきたり。本当に不可解だ。このワイト、Mなんだろうか?


「ピピン。コイツが魔法を使えるように、闇属性魔法の束縛を少しだけ緩めてくれ」

「ウス!」

「ありがとう。……よしワイト。今から担当の者に連絡を入れろ。魔王軍を脱退しますと自分の口で言うんだ」

『うぅ……ぐすん……わかりましたぁ……』


 ワイトは微小な魔力を操って、俺達の前に魔法陣を形作る。拡大していく魔法陣の中央に、薄ぼんやりとした映像が映った。恐らくこれが魔王軍の諜報担当。イメージ通り薄暗い場所で仕事してるみたいだ。

 跪いたまま、ワイトが上ずった声で通話を開始する。一応俺達の顔が映らないように角度を調整してもらったが……さぁ、果たしてどうなるか。


『もしもし。お疲れ様です、アンデッド部隊のワイトです。諜報部隊のヴァンパイア部長はいらっしゃいますでしょうか?』


 うお、いきなり社会人モードになるな!

 でもコイツ、まだ小刻みに痙攣してるぞ。


【もしもしワイトさん!? 心配したんですよ、タリスマンからあんな会話が聞こえてきて……アンデッドに興奮する変態共に襲われたんでしょう? でも無事でよかった】

『は、はぁ……』

【とにかく任務は中止です。すぐに帰ってきてください】

『はっ、はいぃ……』


 すると、普通に会話を始めたワイトを見て、ピピンが何かを思いついたようだ。意地の悪い笑みを浮かべて羽根ペンを手にする。

 そして、俺の意図するタイミングではないというのに、ピピンがワイトの尾てい骨を弄り始めた。画面外で行われるイタズラに、ワイトは甘ったるい……言うほど甘ったるいか? 気色の悪い嬌声を上げた。


『とにかく部長をお願いしま――んあっ!?』

【……!? ワイトさん、どうされましたか?】

『いや、ちが――んっ! ふっ、ふぅぅ――なっなんでもっ! っはぁん! 何でもないですぅっ!』

【そんな風には見えないのですが】


 向こうからはどう見えているのだろうか。やけに画面外を気にしつつ、身体を震わせて喘ぐワイトが見えているのだろうか。それはそれでちょっと気になるが……ヴァンパイア部長とやらが来てくれないので、俺達は「そろそろ行くぞ」と目配せしながらワイトの背後に立った。

 向こうからは俺達の下半身しか映らない。突然現れた人間達の脚に、相手方は動揺を隠せないようだった。


【!? 人間……!? ワイトさん、これはいったい――】

「おらワイト、言え」

『フ――ッ、フ――ッ……ぶ、部長に伝えておいて、スコーピオン君……。わたくしワイトは、本日をもって魔王軍を脱退します、って……』

【ちょっと、何を言ってるんですか!? ワイトさん、まさか後ろの人間共に脅されて――!】

『ごめんねスコーピオン君……私、もう戻れないみたい……』

【……!】


 魔法陣の向こうのスコーピオン君が画面に食らいつくようにして接近してくる。気心の知れた仲間だったのだろうか。いずれにせよ、ふたりが二度と会うことは無い……と思う。

 敵の諜報部にスコーピオン君がいると分かったのも地味に大きいな。ごめんなスコーピオン君。俺達がワイトを貰ってくンだわ。


「ギャハハ! スコーピオン君見えてるゥ〜? 今からここにいるワイトさんは、人間と一緒に色々と楽しんじゃいま〜す!」

「もうソッチのモノじゃ満足できないんだって! ね〜ワイトさん!」

『うぅ……私はサキュバスですぅ……』

「それはおかしいだろボケッ」

【ワイトさんっ、すぐに助けに行きます! 場所を教えてください!】

「助けぇ? 助けも何も、俺達はワイトさんにコンセンサス取ってるんだが?」

【そんなバカな……合意形成を!? ワイトさんっ!? 嘘ですよね!?】


 俺達はワイトの腕を取って、同意の証拠を示すように両手でピースを作らせようとする。

 もはや抵抗する力の残っていないワイトは、あろうことか自らの意思でダブルピースを披露した。

 下顎骨ダブルピース。これでハッピーエンドだな。


「ほらね、これは同意のもと行われてるんで。ワイトさんご自身の意思で離反するんです。そこんとこよろしくお願いしますよ」

『あ、あへぇ……』

【あ……あぁ……そ、そんな……!】


 スコーピオン君の脳が破壊され、人権が踏み躙られていくのをひしひしと感じる。

 これで魔王軍に対するインパクトは十分残せただろう。トドメと言わんばかりに、俺は決定的な一言をワイトに告げた。


「『ワイトは魔王様に背いてならずものの元に行きます』と言え!」

『ワイトは魔王様に背いてならずものの元に行きますと言えぇ! ……はいぃ、言いましたぁ……!』


 コイツふざけてんのか?

 思わずゴンを見ると、「まぁ脳みそ空っぽっスから……あんまり責めないでやってください」という慈悲に満ちた視線が向けられる。そんな中、言い切ってスッキリしたワイトがバグり始め、更なる暴走が始まった。


『ワイトきもちぃすぎてバンザイしちゃうぅっ! バンザイっ、ばんじゃいっばんじゃい゙っ!! ぱゃんに゙ゃんじゃんじゃいぃぃっ!!』

「!?」

『気持ちいすぎて私……お国がわからなくなっちゃうッ!!』

「ヤバいっスよ兄貴! マジで壊れちまいました!」


 ワイトのあまりの暴走っぷりに、俺達は慌てて風呂敷を畳み始める。決定的な一言は既に伝えたのだから、ボロが出る前にさっさと通話を打ち切ろう。

 レックスに言わせりゃ、この状態こそ「アハ! このオモチャ壊れちゃった!」ってやつなのだろうか。


「ギャハハ! じゃあなスコーピオン君! こんなサキュバスワイトのことなんて忘れて、これからは真面目に生きていけよ!」

【ま、待て――】


 ――ブツン。

 そこで通話は途切れ、俺達はワイトを魔王軍から孤立させることに成功したのであった。

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