018:アンデッドの逆襲
――荒野。岩肌や地盤の露出した乏しい土壌と、そこを根城とするモンスター達が闊歩する危険地帯だ。
馬やバイクなどの素早い移動手段がないと、場所によってはダンジョン内と同程度の危険度になるフィールドで、基本的に荒野のクエストはBランク以上の冒険者に解放される決まりとなっている。
俺達の標的である蜘蛛は、巣を作らない地蜘蛛タイプのモンスターだ。人間の子供くらいの大きさがある上、貴金属を主食にする偏食家ということで、女性冒険者には非常に嫌われている。
しかも、通常時は土の中に隠れていて鉱石を探しているくせに、人間が通るとアクセサリーに超反応して即座に地面から湧いて出るときた。そりゃキモくて嫌われもする。
で、今回俺達はその習性を利用して、逆に蜘蛛を釣り上げる作戦を取るわけ。少し離れた所に貴金属のエサを置いて、蜘蛛を釣り出す寸法よ。
ついでに俺達が身につけているピアスなんかに反応してくるかもしれないが、それはそれで良いとしよう。
こうして荒野のど真ん中で火を焚いて蜘蛛が湧くのを待っていると、火から離れた場所に複数の蜘蛛が現れた。
「お、来たっス」
「早速やっちゃってくださいよ兄貴」
「おう、任せとけ」
俺は圧縮ポーチから火炎放射器を取り出し、1箇所に集まって様子を見ている蜘蛛共に向けて銃口を向ける。
「下がれぇ! 道を開けろ蜘蛛共ぉ!」
仁王立ちのまま引き金を引くと、直後。顔面にムワッとした熱気が押し寄せた。思わず目をすぼめて身体を仰け反らせる。
熱風の圧のせいで、マトモに目を開くことができない。薄らと見える扇状の爆炎、その威力は言うまでもない。魔力量によっちゃぁこんな威力になるのかよ。
他人事のように思いながら、俺はしばしの噴射を終える。すると、先程まで元気に蠢いていた蜘蛛共が、足1本のみを残して消えていた。
――Bランク相当のモンスターが、一瞬で灰になったのである。極端な金属を食べ続けた結果、コイツらにはある程度の魔法耐性が備わっていたはずだが……それでもカスすら残ってねぇ。
この火炎放射器やべぇな。流石はデュラハン製の魔改造武器だぜ。
「……さっき兄貴がゴミに向かって火を噴きかけたの、実は結構危なかったんじゃ……」
「消毒の多用は禁物ってこったな。これは強ぇ敵以外には当分封印しておこう」
「賢明な判断スね」
火力の調整はできるものの、やっぱり「消毒」は良くも悪くも強烈すぎるのだ。
この武器に頼りすぎて胡座をかくようなこともしたくないし、使用は程々にしておくべきだろう。
火炎放射器の性能が分かったところで、俺達は一帯の蜘蛛を駆除して死体処理を始めた。
俺達の手馴れた動きはまるで業者のよう。しかして、死体をバラして持ち帰るのもクエストのうち。長年冒険者をやってりゃ慣れるのも当然だ。
そんな折、俺達は遥か遠くの岩陰からこちらを見つめるスケルトンを発見した。荒野ではあまり見ることのないスケルトンだが、ローブを身につけている個体のようだ。
何だアレと思いながらピピンに聞いてみると、どうやらスケルトンではなくワイトという種類のモンスターらしい。Aランク相当のモンスターで、目撃例はほとんどない。
そんなレアモンスターが何故こちらを見ているのかは分からなかったが、不穏な空気を感じたので俺達は早々と荷物を纏め始めた。
「ん!? 兄貴、あれ!」
「な……なんだあっ」
「ワイトが魔法詠唱してやがる! アイツやる気だ!」
しかし俺達がバイクを取り出して逃げようとしたその時、タイミングを見計らったかのようにワイトが魔法詠唱を開始した。奴の周囲の地面に魔法陣が出現し、大地が揺れ動く。つむじ風が巻き起こり、ワイトを中心として空気のうねりが圧縮されていく。
風属性一級相当の魔法だ。すぐに甚大な被害を予感した俺は、サイドカーに2人を叩き込んでバイクを走らせ始めた。
「何なんスかあのワイト! ピピンのデータじゃ、高い知能を持ってて戦闘は好まないって……!」
「データはデータだ! 個体によっちゃ違う部分もあるってことだろ! ――兄貴、ヤツを迎え撃ちましょう! あの魔法はマズイです!」
「分かってる! ヤツが魔法を溜めてる間に電撃戦で決着をつけるぞ! テメーら魔法の準備はいいな!」
「ウス! いつでも行けるっス!」
火炎放射器の射程は長いが、遥か遠くにいるワイトを仕留め切れるほど長くはない。それならと試しに【
コイツに火炎放射器を出し渋るわけにはいかねぇみたいだな。
俺は銃のトリガーに指を添わせながら、アクセルを全開にしてバイクを走らせた。目指すはワイトの懐。
バイク走行中にも、刻一刻と増幅する魔力。巨大化する魔法陣。それでも、ギリギリのところで間に合った。
『――なっ、速――!?』
いよいよ火炎放射器の射程距離圏内に入ると同時、俺達は各々の武器を振りかざしてワイトに飛びかかった。
「しゃあっ、【
「データが示す有効な技は――【
「誰に喧嘩売ったか思い知らせてやるぜ! 土下座しろワイトォ!!」
ゴンは水の刃で射程を増大させたハルバードをぶん回しながら。ピピンは戦鎚を大上段に構え、敵の魔法を吸収する闇属性魔法を放ちながら。
そして俺は、至近距離で確殺を入れるために銃口を喉元に突きつけながら――己の魔力を全て使い切る勢いで、超高温の獄炎をワイトに向かって噴射した。
『――う、ぉ――』
全力でトリガーを引くと、俺の魔力量に応じた暴力的な炎の嵐が吹き荒れる。反動で吹っ飛んでいきそうになるが、バイクに足を引っ掛けて何とか堪える。
しかし、すんでのところで敵の詠唱は完成していた。ワイトの風属性魔法によって、渾身の火炎放射が防がれていたのだ。それどころか、敵の魔法と衝突して、放射された炎の帯が散り散りに霧散していく。
爆発四散した魔力に触れた周囲の植生が焼き尽くされ、大地がみるみるうちに干上がっていく。俺の首筋を伝った汗が一瞬で蒸発し、視界が陽炎に満たされた。
ワイトの風属性魔法もまた激突を起点にして散らばり、周囲の岩や地面を抉りながら消えていく。火炎放射器と敵の魔法は、ほとんど互角と言っていい勝負をしていた。
視界の端、強烈な魔力の衝突によってゴンが吹っ飛び、ピピンも危険を察知してか後方に飛び退く。
それを見て「もっと押せる」と確信した俺は、トリガーを壊れんばかりに更に引き絞った。
刹那、拡散していた炎が収束し始める。噴射できる全ての熱を一点に集中させて、何がなんでも敵を倒したい――そんな俺の心が伝わったかのように、紅蓮の炎が熱線の如き
『――っ!?』
「燃え尽きろ、オラァァァ!!」
銃口から放出されたビームはワイトの風属性魔法を真正面から打ち砕き、遂にはワイトを吹き飛ばしてしまう。砕け散る魔法陣。吹き荒れていた風がピタリと止んだ。
しかし、なおも暴れ狂う銃口は俺の言うことを聞かない。
何とか反動を押さえようと渾身の力で押さえつけるが、跳ね上がった熱線が巨大岩をバターの如く焼き切ってしまう。
熱線の熱量によって荒野のあちこちが爆発炎上し、モンスター達が炎から逃れるために逃げ惑っていく。
かくして、荒野は地獄と化した。
「えぇ……」
勢いに身を任せて火炎放射器を本気でぶっ放した張本人とはいえ、この状況に1番ドン引きしているのは俺だ。
あのジジイ、なんて兵器作ってくれてんだ。……いや、デュラハンが悪い。デュラハンの素材が悪いよ。後で始末書を書こう。
「あ、兄貴……やれたんスか?」
「……多分な。吹っ飛んだワイトを追うぞ」
「りょ、了解です」
ゴンとピピンも火炎放射器の威力にドン引きしており、やべーもん見ちゃったよみたいな表情で火炎放射器をチラチラ見てくる。
ワイトが吹っ飛んだ先に歩いてみると、ヤツは火の海になった岩陰で苦しみもがいていた。
『あづぁづぁづぁ!! ああぁあああぁぁぁ!! 熱い!! 目が……目が熱い!! ああああああああぁぁぁ!!』
「ワイトってちゃんと喋れるんだな」
「えぇ、デュラハンのように知能が高いとアンデッドでも喋り出すみたいですね」
このワイト、荒野を火の海に変えちまったあの熱線をマトモに食らっても生きてるのか……。流石Aランクのモンスターなだけはある。
でもワイトって
いつまでも転げ回られては困るので、俺達は武器の切っ先を突きつけてワイトを黙らせた。ピピンの闇属性魔法がクリティカルヒットして、もはや魔法を撃つことも叶わない。
これでワイトも袋のネズミというわけだ。
「おうワイト。テメー何モンだ」
『…………』
「話さねぇなら口の中に銃口ブチ込むが、どうする?」
『……私は仇を取りに来た! 貴様らだろう、我らが隊長を倒したのは!』
「隊長?」
「兄貴、デュラハンのことじゃないスか?」
「あぁ……確かに俺達が殺したな。それが何か?」
『っ……き、貴様らぁ……!』
ぶっきらぼうに答えると、銃口を突きつけられているというのに怒りを顕にするワイト。
そうか……魔王軍のヤツらにも、そういう人情的な部分があるんだな。
デュラハンを隊長と呼んでいたということは、このワイトはさしずめデュラハンの部下……アンデッド部隊のひとりと言ったところか。
カミナを盗撮盗聴していた変態のくせに、部下の求心力はそこそこあったらしい。まぁ、中間管理職として色々と苦労していたようだが……。
『あの人は素晴らしい方だった! 私は貴様らを絶対に許さない!』
「……俺達に言われてもなぁ?」
「困りましたねぇ」
『殺してやる……貴様らも! 貴様らが連れ去ったメドゥーサも!』
「…………」
正直今の発言にはピキッと来た。どっちが上の立場が教えてやるとしよう。
「ワイト。まずは脱げ」
『えっ……』
「返事は『はい』だろ? いいからローブを脱げ」
『……はい』
「返事はもっとハキハキと」
『はいぃ!』
「殺されたくなかったらローブを脱いで裸になれ」
『……な、何故そんなことを――ハッ。まさか貴様ら――私を辱める気だな!? この期に及んで抵抗できない者を陵辱するなど……人間のクズめ……! くっ……私の裸を見て何をする気だ! 私をどうする気だ! ならずものめ!』
「何言ってんだこいつ」
「頭おかしくなっちゃったんですかね」
「人生の悲哀を感じるっス」
意味の分からないことを叫びながら、やけに妖艶な動作でローブを脱ぎ始めるワイト。全身骨のバケモンのくせに、妙な肉感で腰をくねらせている。
そんなワイトを見ていると、何故か視界の四隅に黒いモヤがかかり、ワイトから謎の湯気が立って見えてきた。
新しい魔法か……!? いや、ピピンの闇魔法によって魔法は完全に封じられているはず。とにかく、早く済ませよう。不気味だ。
『ハァ……ハァ……っ! こ、これで良いのか! すっ全て脱いだぞ! どうだ! これが貴様らの求めていた私の裸だ! さぁ好きにしろ!』
「こいつうるせぇな」
ワイトが妙に時間をかけてローブを脱ぎ終わると、ピピンがローブを、ゴンがワイトの身体を直接探り始めた。
何故触りたくもないワイトの身体をまさぐっているかと言うと、あのデュラハンの部下なんだから、例のツタのタリスマンで会話を傍受されているかもしれないと思ったからだ。
2人が色々と探っている間、俺は火炎放射器を眉間に突きつけてワイトを威圧するだけ。簡単なお仕事である。
『んあっ……き、きさまらぁ! ひゃ、ひゃめろぉぉぉ! 尾てい骨のところは……きゃぅっ……弱いんだってぇ……! それに、なんだきさまら……!? わたしが脱いだローブまで、舐めくりまわすように隅々と……っ! こんな、こんな屈辱っ……!』
ゴンはめちゃくちゃ嫌そうな顔をしながら、骨を震わせて気色の悪い喘ぎ方をしている骸骨の身体を探る。「んっは……骨盤はダメぇ……!」という声を最後に、ゴンは俺に向かって首を振った。どうやら身体には隠されていないようだ。
続いてゴンは、ヒビの入った頭蓋骨の中に手を突っ込む。
『あっあっあっ』
ゴン、ほんとにすまん。後で肉とか酒とか色々奢ってやるからな。
ビクンビクンと痙攣するワイトと、それによって明らかに集中を乱すゴン。ピピンはガン無視を決め込んでいる。俺はワイトを黙らせようと火炎放射器を押し付けるが、むしろグリグリと押し付けるとピクピク反応するのでマジに気色悪い。
何なんだこいつ。思った以上にやべぇんだな、高位のアンデッドって。もしかしたらデュラハンもこんな感じだったのかな。
そして「ありました!」の声と同時に、ピピンが見覚えのあるタリスマンを手渡してくる。
やっぱり持ってたか、傍受用のタリスマン。俺は迷わずツタのタリスマンを灰にすると、脳クチュが終わったワイトに向き直る。
ヤツは謎のアンデッド液を噴きながら、しなだれかかるように地面に倒れ伏している。ガチで何なんだコイツと俺達が困惑する中、湯気を出しながらワイトが立ち上がった。
『ン、ふ、……ふっ、ふ、はははっ! きっ、貴様らはもうおしまいだ! 今までの会話は全て魔王軍に傍受されているんだからな……!』
それってむしろ、コイツ自身と上司の故デュラハンの評価が下がるだけなんじゃ……。
産まれたての子鹿のように脚を震わせるワイトを前に、俺達は変な空気のまま立ち尽くしていた。
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