012: やっぱし怖いスね魔王軍は
「なぁカミナ。ここら辺にはメドゥーサが国を滅ぼしたって伝承があるんだが、それって本当なのか?」
「……私は覚えていませんけど、母がそうしてしまった可能性はあります」
「そうか。変なことを聞いて悪かったな」
俺達は地下室でたむろしながら、カミナの頭部で蠢く蛇とにらめっこしていた。
見た目も大きさも普通の蛇に違いなかったが、人の頭部から生えているというのがミソである。生物として普通に興味があるのは俺も4人も同じだった。
「コイツらよく見ると可愛いじゃねぇか。噛まねぇのか?」
「いえ、普通に噛みます」
「あ゛ぁ゛!! 兄貴、こいつ噛みますよ!!」
「毒は無いですし、さほど気にすることでもないかと……」
ピピンがガッツリ噛まれていたが、ある程度の分析が済んだ俺達は一旦作戦会議をすることにした。
「オレのデータによると、石化能力の原因となっているのはこの蛇共だと考えられます」
「あぁ。上手く蛇部分を処理できれば石化能力は無くなりそうだ」
多数存在するモンスターの中には「寄生型」と「共存型」などと呼称される、複数生物でひとつの生命体を形成する種が存在する。
「共存型」のモンスターはその名の通り、2種類以上のモンスターが塊になっている生物だ。そして「共存型」モンスターには、「核」となる生物部分が存在すると言われている。その「核」となるモンスターの部分を叩けば倒しやすくなるとか、○○の能力が使えなくなるとか……そんな感じだ。
カミナは「共存型」のメドゥーサで、肉体をざっくり分割すると人間の部分と蛇の部分に分類できる。
ここで問題となってくるのは、カミナの人間部分が「普通の少女」であること。俺の手刀で簡単に気絶するし、非力だし、石化能力以外は一般人と何ら変わりないのだ。
つまりカミナをメドゥーサたらしめているのは、髪の毛に成り代わった蛇の部分。そもそも蛇自体も一般的なそれと違っているし、ピピンの解析の結果、頭部に魔力の異常な集中が見られたようで……。
結局、カミナの蛇部分を殺せば石化能力を喪失させられるっしょと俺達は考えたわけよ。
「でも、蛇部分のみを殺して
「……ナイフで1匹1匹始末するのはダメですか?」
「う〜ん……もっと根本的に分離できないと意味がないな。蛇頭に内包された魔力ごと消し去りたい」
「兄貴、オレに良い考えがあります! オレの闇属性魔法を使うんですよ! そうして、内側から……こう……ほら……ね! 上手く取り除きますんで、まぁ任せてくださいよ!」
「いや待て、不安なんだが」
ピピンは闇属性魔法二級に相当する魔法を使用することができる。名前に「闇」と付いているが、決して悪役が使う魔法というわけではなく、物質を消滅させたり減少させたり、マイナスの効果を及ぼす種類の魔法が闇属性と呼ばれているだけである。
ピピンは蛇頭目がけて闇属性魔法を撃ち込むことで、蛇部分の消滅を狙っているのだろう。しかしそう上手くいくものなんだろうか。心配でしかない。
「安心してください兄貴ィ、ゆっくり時間をかけてやりますんで」
「時間をかけたら何とかなるのか?」
「えぇ。実は前線にいた頃、他のモンスターで試してみてたんですよね。時間さえいただければ効果は約束しますぜ!」
「……ということらしい。カミナ、それでいいか?」
「えぇ。石化の力など百害あって一利なし……私には大きすぎる力ですから」
カミナはそう言うと、椅子に深くもたれかかって脱力した。
その様子を見たピピンは魔法名を呟いて、カミナの頭部に両手を掲げた。太い腕を伝って青黒い靄が生まれ、彼女の頭を覆い始める。あと何分かかるのかは分からないが、俺達は見守るだけで良さそうだな。
「ノクトさん、ボク達つまんないから外を散歩してくるね」
「……カミナさんのこと、よろしくお願いします」
これから暇になることを察知したトミーとレックスが古塔の外に出ていくと、ゴンも床に寝転がっていびきをかき始めてしまう。
こうなると、何もしていない俺が変に気まずくなってきた。何か手伝えることがあるんじゃないかとピピンの周りをうろついてみるが、真剣そのものなピピンに下手な手出しはできなかった。
ギルドや家で暇な時間ができたら読書をして暇を潰すのだが、今日は緊急クエストで駆けつけたとあって何も持ってきてねぇんだよな。
マジで暇だな……でも俺が寝るのはなんか違うし……。
そう思って指先をくるくると回していると、闇属性魔法を受けているカミナが小さな声で呟いた。
「……ノクティスさん。暇なら私とお話しませんか」
「おいカミナ、喋っても大丈夫なのか? ピピンの気が散るかもしれねぇだろ」
「雑談するくらいなら大丈夫ですよ兄貴。任せてください」
「そ、そうか。なら適当に話でもするか……」
俺は顎に手を当てて、地味に気になっていたことを質問してみる。
「なぁカミナ、さっき魔王軍に勧誘されてるって話をしてくれたよな」
「えぇ」
「それってどういう感じで誘われてるんだ? 手紙が何通も送られてくるとか?」
「いえ、普通に来ますよ」
「……え?」
「兜を抱えた……騎士? みたいな幹部の人が直接ここに来て、『お前も魔王軍にならないか』って毎回毎回聞いてくるんですよ。私の答えは決まってるのに、しつこい人ですよね」
「ちょっと待て。幹部が直接来るって……え? 魔王軍の幹部は、この古塔に直接来てるのか?」
「そうですよ。この住処は魔王軍にバレてるって、さっき言いませんでしたっけ」
俺は大きな思い違いをしていたようだ。てっきり何らかの手段で連絡を取ってくるとか、そういう間接的な繋がりかと思ってたのに……カミナの話っぷりからすると、彼女は魔王軍の幹部と直接話をしていたようだ。
しかし、ここは前線から遠く離れた内地の森。なまじ冒険者を長くやっている分、「魔王軍は前線基地で抑え込めている」というイメージが強すぎて、直接会いに来るなんて発想が無かった。
であれば……その幹部はどうやって内地まで入り込んでるんだ? カミナのことはもちろんだが、その魔王軍幹部とやらも気になってきたぞ。
「幹部はどのくらいのスパンで来るんだ」
「1ヶ月に1回くらいですかね」
「前回来たのはいつだ」
「2週間前くらい……」
「……なら、今襲われるようなことはないか……」
1ヶ月に1回来れるってことは、魔王軍側の土地からいちいち来ていると言うより、付近の拠点に住んでいるんだろうか。もしくは瞬間移動の魔法を持っていて、諸問題をスルーしているとか……。
そこら辺は分からんが、その魔王軍幹部はいつでも古塔に来れる……その事実は知っておかないと。
「あ、待ってください。そういえば2週間前、魔王軍幹部の人に変なタリスマンを手渡されたんですよ」
「タリスマン……?」
「何となく盗撮・盗聴されるかもしれないって思って茂みの中に捨てたんですけど……もしかすると、皆さんがやって来た事実が傍受されてるかも――」
おいおい、何だよそれ。それじゃあ、俺達が古塔に来たことは魔王軍幹部に筒抜けだってのか?
うなじから背中にかけて、さっと血の気が引いていく。会話を聞いていたピピンも目を丸くして、俺とカミナを交互に見てくる。
もしかしなくても、かなりまずいぜ。確かに監視対象を盗撮・盗聴したくなるのは当然の心理だ。カミナの気を引くためにタリスマンを手渡したわけじゃないだろうし、恐らく彼女の推測は当たっている。
となれば当然、古塔周辺にトラップをかけてカミナを拉致したのも敵に筒抜けなわけで――つまりカミナに危害を加えた俺達を排除するため、幹部自らここにやってくる恐れがあるわけで――
恐ろしい事実に思い当たった瞬間、地上へと続く階段からトミーとレックスが降りてくる。
その手には、不気味に光るタリスマンがしかと握り締められていた。凍りつく俺とピピン。嬉しそうなレックスの様子とは裏腹に、地下室の空気は冷え切っていた。
「ねぇねぇノクトさん! 適当に歩いてたら変なオモチャ見つけたんだけど、これ何かなぁ? 壊していい?」
「いっ今すぐ壊せっ!!」
「えっ、え?」
俺の言葉に困惑するトミーとレックス。事情を知らないコイツらに何を言っても無駄だと感じた俺は、有無を言わせずタリスマンを取り上げる。
ツタを模した形のタリスマンだった。不純な金属を基盤に作られたタリスマンで、その中央に丸い水晶が取り付けられている。恐らくこの水晶が監視の目。水晶が妙に光っているのは、魔力によって作動中だからだろうか。
いずれにせよ、魔王軍幹部には一本取られちまった。この情報は筒抜けだ。すぐにでも敵が来るかもしれない。
俺は火属性魔法の【
「あーあ……このオモチャ壊れちゃった」
「レックス……それはオモチャじゃねぇ。魔王軍幹部の持ち物だ」
「え?」
「そいつでカミナのことを監視してたんだよ」
「アハ! それって笑えなくない?」
「ああ、全然笑えねぇ」
敵がどんなモンスターかは知らねぇが……カミナの話から推測するに、言葉を話せる適度には知能の高いモンスターなのだろう。
それに加えて何度もこの古塔に訪れていることから、カミナの石化能力を受け付けない体質だと思われる。アンデッドか植物系か、はたまた実態のないモンスターか。
うかうかしてる暇はない。敵はすぐに古塔に向かってやって来るだろう。メドゥーサの力を求めて足しげく通っていたわけだから、石化能力が無効化されるのを阻止しに来るはずだ。
俺は床で寝ているゴンを叩き起し、盾と武器を持って立ち上がった。
「ゴン、いつまでも寝てねぇでさっさと起きろ!」
「な……なんだあっ」
「すぐに戦闘準備だ! ピピンは魔法を一旦中止して俺について来い!」
「了解です兄貴!」
「カミナは古塔の中に隠れてろ! 絶対出てくるんじゃねぇぞ!」
「わ、分かりました」
「テメーら行くぞ!! 魔王軍幹部がやって来る!! 外に出て臨戦態勢だ!!」
おう、と野太い声があちこちから帰ってきて、俺達は視線を交わした後地上へと走り出した。防具をガチャガチャと打ち鳴らしながら階段を上って、地上に誰もいないことを確認。全員で即座に陣形を組んで、全方向のカバーができるように円陣を組みながら広がっていく。
「全員武器を出せ! 不意打ちに備えろ!」
俺は絶叫するように指示を飛ばし、全員が掲げた武器に【
高位のモンスターになればなるほど魔法への耐性は高くなる傾向にあるが、かと言って普通の物理武器ではまともなダメージを与えることすら敵わない。魔法と物理を効果的に組み合わせた波状攻撃が最も効果的なのだ。
炎を纏った武器を構え、その時をじっと待つ。
そこにいるのか。それとも、まだ来ないか。
盾を構えて森の中を睨みつけること数分。
風に揺れる森の奥から、軽快な蹄鉄の音が聞こえてきた。
「……馬?」
「人間っスか?」
「いや違う。この森は避難区域になってて人が近づけねぇようになってる」
「なら……敵っスね」
「敵は魔王軍幹部だ。みんな気をつけろよ……」
迸る緊張感、接近してくる馬の足音。
そして森の闇から姿を現したのは――首のない馬に乗った
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