011:いいんスか これ
「……うぅ……私は、いったい……」
「おう、目が覚めたか」
「!?」
――古塔の地下にて。肩から上に袋を被せられ、両手を縛られたメドゥーサの少女を取り囲んでいたところ、やっと彼女が目覚めてくれた。
ビクビクと震えるメドゥーサに威圧感を与えながら、俺はドスの効いた声で静かに言ってやる。
「早速宣言してやるが……俺達はオメーの出方によっちゃぁ友好的な関係を築くことも可能だ」
「……え?」
「話を聞きたいだけだからな」
「いや、さっき普通に罠にかけられて催涙――」
「黙れ。まずは俺達の質問に答えるんだ」
催涙玉で怯んだメドゥーサを拘束することは容易かった。単純な腕力では俺達に敵わないようで、麻袋の上から首筋に手刀を当てて簡単に気絶させることができた。
気絶した際に顔を拝もうとしたのだが、メドゥーサが蛇頭の女だということを思い出してやめておいた。蛇と目が合っても「目が合う」判定になるのか分からないし、余計なことをして石化するのはごめんだからな。
椅子にガチガチに縛り付けられたメドゥーサ。少なからず俺達に怯えているようで、その怯えようには少しだけ気勢が削がれちまう。
俺はピピンと視線を交わし、まずメドゥーサが人間の敵か味方かをハッキリさせておくことにした。
「ひとつめの質問だ。オメーは人間の敵か?」
「…………」
「おい、答えられないのか」
「…………」
「ギャハハ! 答えは沈黙か。――おいゴン、やれ」
「しゃあっ」
ナイフを舐めまくるトミーの隣、ゴンが気合い満々の表情で近づいてくる。
俺達の目的は古塔及び敵勢力の調査。ギルドからすれば敵勢力の排除を見込んだ緊急クエストだったのだろうが、殺すにしてもその前に情報を取っておくのは大事だからな。
「なめてんじゃねぇぞ! こら!」
ゴンが握り締めた拳を振り上げる。どこに振り下ろすか迷った後、ゴンはその拳をメドゥーサ付近の壁に叩きつけた。
ゴッ、と鈍い音がしたかと思うと、地下室の石壁が拳の形に抉り取られて崩壊する。どうだと言わんばかりに俺の方に振り向いてくるゴンだったが、件のメドゥーサは麻袋を被って視界ゼロなので、何が起こったのか分からず困惑していた。
「ゴン、違うだろ? もうちょっと良い感じの……こう……ほら……喋らせるような方法があるだろ?」
「う、うっス!」
ゴンは拳を固め、次は麻袋を被ったメドゥーサに狙いを定める。
再び振り下ろす拳に迷いが生まれたかと思うと、ゴンはメドゥーサの腹部に優しく手を置いた。ビクンと震えるメドゥーサと、それに呼応して何故かびっくりするゴン。
「ちょっと! おなか触らないでくださいよっ、この変態!」
「え、いや、その」
「拘束した私のことを好き勝手にするつもりでしょ!」
「えっ」
ダメだ。根は優しいゴンじゃ情報は引き出せねぇ。でも全員ガチ拷問なんてやったことないしな……こうなるのも仕方ねぇか。
労わるようにゴンの肩を叩くと、彼は力なく首を振った。
「兄貴……怒らないで下さいね。拷問ってバカみたいじゃないですか」
「それはそうだが……」
「どうするんですか兄貴……。いつもならナイフ舐めるだけでみんなビビって情報吐いちまうってのに、麻袋のせいで全然反応しませんよ……」
「お、オレも無抵抗の相手をガチ拷問は勘弁です……」
ゴンに続いて、トミー、ピピンが泣きそうになりながら俺に懇願してくる。
いつもなら凄んでみるだけで相手がビビって勝手に情報を吐いてくれるのに、麻袋を被せているせいでモヒカンが効力を発揮しないのだ。
みんな手荒なマネはしたくないだろうし、このメドゥーサが悪い子じゃ無さそうって薄々気づいてきたし、いったいどうすりゃいいんだ……。
「なぁ、ほんとにさっきの質問に答えられない? 答えてもらえれば痛い目見ないで済むんだけど……」
俺は縋るような気持ちでメドゥーサに頼み込む。どちらが尋問されているのか分からなくなってきた。
しばしの沈黙の後、メドゥーサは溜め息を吐く。
「……あなた達、悪い人では無さそうですね」
そんな言葉が聞こえたかと思うと、彼女の纏う雰囲気がどこか柔らかくなった。
「質問にお答えしましょう。……私は現在、魔王軍のスカウトを受けています。勧誘を受けてくれたら幹部のポストを用意するとかで……私はやんわり拒否し続けているんですが、勧誘がどうもしつこくて困っていたのです」
「おぉ……つまり、オメーは人類の味方ではないが魔王の味方でもないと」
「えぇ。あなた達は何故か知っているようですが、私のこの力は人間を不幸にします。だからこうして人里離れた古塔で隠れるように過ごしていたんです」
……やっぱり。このメドゥーサは悪いヤツじゃねぇ。
「じゃあ、近くの村から馬を盗んで石に変えちまった理由は?」
「……古塔を長年の住処としていることが魔王軍にバレている以上、ここに住み続ければ奴らの手から逃れることはできないでしょう。ですから、馬を使って遠くに行こうと。でも私、馬の扱いがよく分からなくて……うっかり馬を暴れさせてしまい、目を合わせてしまって……そのまま……」
「じゃ、馬が石になったのは事故だったんだな」
「はい……」
俺達の考察は当たっていたのだ。続けて問うと、彼女は己の能力が「目を合わせた瞬間相手を石化させること」だと説明してくれた。
これでメドゥーサの事情は全部分かった。彼女はあくまで静かに暮らしたいだけで、己の石化の能力を嫌っているのだ。馬を盗んだ理由も、魔王軍の追手から逃れたかっただけ……。
このメドゥーサを見つけたのが俺達でよかった。結果的に1人の犠牲も出さず、メドゥーサと対話の形にまで持っていけたのだから。
他の冒険者であれば石化して速攻で死ぬか、石化を攻略して彼女を殺していただろう。
「……私は質問に答えましたよ。あなた達は何者なんですか?」
「俺達は冒険者だ。古塔の調査をギルドに頼まれて来た」
「……そうですか。では、本来なら私を殺すためにここに来たんですね」
「そう早まるなよ。俺達は調査に来ただけで、オメーを殺すかどうかは全然決めてねぇ」
「え……」
「オメーが金輪際人間に迷惑をかけないと誓うなら……条件付きだが見逃してやってもいいぜ」
「あ、兄貴! 勝手に決めちゃっていいんスか!」
「どれくらい古塔で暮らしてるのかは知らんが、長いこと近隣の村人が石化する事件が起きなかったのが答えだ。コイツは悪いヤツじゃねえよ」
「ま、薄々分かってたけどね。アハ!」
そういう事実を別にしても……このメドゥーサが悪いヤツじゃないってのは、この地下室を見りゃイッパツで分かっちまうんだよ。
――だって、地下室の壁一面に、蛇頭の少女と人間が暮らしている絵が沢山飾られているんだから。
少女と人間が手を取り合って、一緒に農作業をして汗を流す絵。石造りの家を建築する絵。かつて自在に操れた石化の能力を操り、人々を驚かせて得意気な少女の絵。
しかし、どの絵の人間も顔がなかった。……顔を見れば石化してしまうから、分からないのだ。
……このまま逃げ続けても、このメドゥーサは人と手を取り合って暮らすことはできず孤独のままだ。どうにかして救えないだろうか。
「……ピピン」
「はいっ」
「このメドゥーサの石化の能力を消す方法はねぇのか」
「う〜ん……両目を潰すとかだったら思いつくんですけど、兄貴が言いたいのは多分そういうことじゃないですよね。データを漁ってみますわ」
「頼む」
俺はピピンに頼んで、メドゥーサの石化能力を消す方法を探ってもらう。
壁に飾られたように、人間に対して石化の能力を自慢することはできなくなってしまうが……孤独からは開放されるはずだ。
「……意図が掴めませんね。私の石化能力を消そうとするだなんて」
「勘違いするなよ。石化能力を持ったオメーを野放しにするわけにゃいかねぇってだけだ。これがさっき言った条件ってわけよ」
「…………」
「もうひとつ付け加えるなら、オメーの髪の毛の蛇をちょいと頂くぜ。ギルドに提出して『脅威をぶっ殺しました』って証拠にしなきゃなんねぇ。提出すれば少なくとも人間から追われることは無くなるはずだ」
「…………」
麻袋を被ったメドゥーサは黙り込む。データ屋のピピンが紙を捲る音だけが地下室に響き渡っていた。
「……石化の能力を取り払ってくれるんですか?」
「あぁ、利害が一致してる」
「…………」
メドゥーサは魔王軍に追われている身で、古塔から離れて暮らしたい。そして恐らく、人間と暮らすことに憧れている。
俺達としては、メドゥーサとしての能力さえ取り払えれば良い。それで脅威は無くなるのだから。
そう……メドゥーサの石化能力を無効化できたら、この一件は全て解決してしまうのだ。
普通の少女に戻れたら、俺達のバイクで適当な村か街に送り届けて魔王軍を撒いてやればいいわけだし。魔王軍の追手に対しては、
その方法さえ見つかれば誰も傷つかずに済むとなったら、探さないわけにはいかないよなぁ?
メドゥーサがやけに沈黙を作る中、ピピンが「やっぱり蛇頭を見てみないことには分からないですよぉ!」と情けない声を出す。
モンスターの生まれ持った能力を取り払う方法は無限に存在するのだ。種族ごとに違う方法があるというのに、ただでさえデータの少ないメドゥーサでその方法を探すのは難しすぎた。ピピンには無茶ぶりばかりしてしまうな……反省しないと。
モヒカンを撫でて「どうしよう」と悩んでいると、メドゥーサが「すみません」と小さな声を上げた。
「……そこに布があるでしょう。取ってください」
「何をする気だ」
「……両目を隠しさえすればこの能力は発動しません。両手を解放さえしてくれれば、その布で両目を塞いであげます」
「オメー……その言葉信じるからな?」
「……私の名前はカミナ。オメーでもメドゥーサでもありません」
メドゥーサの少女カミナの言葉を信じてやらなければ、今の状況から抜け出すことは適わない。
俺はトミーのナイフを借りて、拘束した両手の縄を切断した。そのまま布を手渡すと、カミナは麻袋の下に両手を潜り込ませていく。恐らく布をハチマキのようにして目を隠すつもりなのだろう。
そして、カミナは自ら麻袋を脱ぎ去った。顕になる蛇の髪。微かに息を呑む
「俺はノクティス・タッチストーンだ」
「クヒヒ……トミーです」
「アハ! ボクはレックス!」
「ゴンっス」
「ピピンです」
「そういうわけで……よろしくな」
カミナは両目を布で隠したまま、不器用に微笑んだ。
青い草の匂いのする少女だった。
彼女を普通の少女に戻せないで、何が冒険者だ。
俺はやるぜ。やってやるぜ。
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