010:古塔にて事案発生
確かあの時、空からワイバーンの軍勢が攻めてきたんだよな。数は覚えてないが、無我夢中になって全員まとめて叩き落として――その時後ろで見てた奴らが俺に憧れてモヒカンに堕ちちまった。それが大連合の成り行きだ。
トミー、ゴン、ピピンは当時から冒険者で、サイコショタを装っているレックスだけが当時一般人。
しかし今では4人ともBランク冒険者なので、俺を崇拝するだけではなくしっかりと鍛錬を積んでいるようで何よりだ。
「兄貴ィ、どうやらあの村近辺には古い言い伝えがあるらしいですよ。その情報によると、蛇頭の髪を持つ少女が人間を石に変えてしまったとかで……」
「なにっ」
合流から3時間後。事情を説明した後データ屋のピピンを中心に調べていると、ピピンが早速それらしき伝承を発見してゴンがたまげる。
データ屋と言っても圧縮ポーチに大量の本とメモ書きをぶち込んでいるだけなのだが、どうやら本と紙切れの中から有効な情報を見つけてくれたらしい。
ピピンが語った伝承はこうだ。
遥か昔、蛇頭の少女と人間が共存して暮らしていた。物質を自在に石化させることが可能だった少女は、家を建築する時や防壁作りの時その能力が大変重宝されたんだとか。
しかしある日、能力の使い所を誤って人間を怪我させてしまった少女は、国から迫害される身となった。石化の能力が強すぎて権力者に恐れられていた背景もあって、人々は少女に対して容赦ない攻撃を行い始めたのである。
そして、怒りと悲しみは少女の性質を変容させてしまった。石化の能力を自在に操ることはできなくなったが、その代わりに目を合わせる者全てに石化を与えるという……無尽蔵に厄災を振り撒く存在へと変わってしまったのだ。劇的な変化に為す術なく、その国は一夜にして滅んだという……。
「アハ! とっても怖い言い伝えだねぇノクトさん? 殺していい?」
「よくある話スね」
こういう真偽不明の理不尽な言い伝えなんぞ何処にでもあるが、この蛇頭の少女の話と現実の状況は非常に似通っていた。
未だに推測の域を出ないが、石化系の能力というだけで情報源が絞られてしまうため、これが当たりであってくれと願うばかりだ。まぁ、当たりだったとしても能力が強すぎて太刀打ちできるのか分からんが。
「……他の情報を当たった方が良いんじゃないか? にわかには信じがたいね」
「しかしトミー、データベースをしらみ潰しに探してやっと見つけた情報がこれなんだよ。今から新たな手掛かりを探すというのは現実的じゃない」
この世界に対象を石化させるような魔法はない。であれば、蛮族が石化魔法を開発したというよりも、石化系の能力を持った新種生物が現れたと考える方が自然だろう。そういうトミーの考えもよく分かる。
麻痺毒を持つ虫系モンスターの突然変異という線も有り得るからな。
しかしそうなると、村の厩舎から馬が盗まれた事実が引っかかってくる。知性のないモンスターであれば、厩舎にいた動物達を1頭残らず食い散らかしていただろう。
被害にあったのが馬1頭だけというのが気になるところだ。加えて、南京錠つきの扉を破壊せずに通った点も見逃せない。
「しかしトミー、新しいモンスターの可能性を考え出したらキリがないだろ?」
「…………」
「敵は知性と石化能力を持ち合わせる生物ですからね。何よりメドゥーサの伝承が生まれた場所とも近い。オレはメドゥーサ説を推すぜ」
「クヒヒ……じゃあ仮に古塔にいる敵がメドゥーサだとして、オレ達ゃどうすればいいのよ? 能力があまりにも危険すぎて対処しようがないだろ……」
トミーの言う通り、敵がメドゥーサだったとしても「目が合った瞬間石化してしまう」または「自在に石にされる」なんて言い伝えが残っている以上、迂闊に手を出すこともできない。
俺達は自然とピピンに視線を集中させ、彼の返答を待った。
「そ、そんなこと言われても。メドゥーサ攻略のヒントなんてデータにねぇですよ……」
「データに載ってること以外本当に知らないっスよね」
「お前データ屋やめろ」
「ひどいよみんな!」
「兄貴、倒すだけが“答え”じゃないっス。知性があるなら対話が可能かもしれないスよ。忌憚のない意見ってやつっス」
ゴンの言う通りである。スペック的には化け物だが、メドゥーサは恐らく言葉の通じる相手なのだ。できることなら血は流したくない。
それに、伝承が悲しい結末で終わっていたのが気に食わなかった。元々メドゥーサが人間と共存して暮らせていたと言うなら、俺達みたいな冒険者とも仲良くなれるはずだ。生まれながらのヴィランというわけじゃ無さそうだからな。もちろん向こうがその気なら躊躇なく殺すけど。
「方針は決まったな。明日の早朝、古塔に向けて出発するぞ」
こうして準備を整えた俺達は、村を救うべく例の古塔へと向かった。
昨日ぶりに見る古塔は何ら変わりない様子である。共通しているのは、生き物の気配が全く感じられないことか。
「クヒヒ……メドゥーサか……かわいいオネェちゃんだといいなァ」
「オレのデータによると美少女だったそうだが」
「アハ! トミー、変な考えを起こして横取りしないでよ。ボクのオモチャなんだから」
「うるせぇ、チェリーボーイ」
トミーと彼の肩に乗ったレックスがじゃれ合う中、いよいよ古塔付近へと差し掛かる。敵に接近すると気楽な雑談は消え、4人の表情が真剣味を帯びていた。
ここからは殺すか殺されるかの世界。石化系生物を巡る戦争の開幕である。
「ここが古塔だ。地下に敵がいる」
「……ノクトさん、これって調査クエストだよね? もし戦闘になったら殺してもいいの?」
「あぁ、戦闘になったらな」
トゲトゲバイクを圧縮ポーチにしまったモヒカン5人組は、見るからにイカつい武器を担いで古塔の入口に押し入った。
盾を構えた俺とピピンが先頭、後続にゴン、トミー、レックスと続く。まずは入口の死角にあった動物の石像を外に運び出してもらい、観察することにした。
「……これが石化。データに記録しておこう」
「時間を止めたみてぇな有様だな……えげつない能力だぜ」
ピピンと俺とゴンが石化した動物達を観察する間、古塔の入口付近をトミーとレックスに見張ってもらう。
石化した馬は驚いた瞬間を、小鳥は飛び立とうとする瞬間を切り取られたように固まっていた。逃げる間もなく……って感じだな。どうやらジワジワと石化するのではなく、瞬間的に石化する能力と見て良いだろう。
まだ「目を合わせた瞬間に石化させられる」のか「周辺の物質や生物を自在に石化させられる」のかは不明だが、段々と能力の全貌が明らかになってきたように感じる。
伝承によると後者から前者へと能力変化したようだが、あやふやな伝承ほど信憑性に欠けるものは無い。年月を経る度に尾ひれがついたり順序が入れ替わったりするのが伝承ってもんだからな。
こうしてピピンと俺が考察を深める中、黙っていたゴンがふと呟いた。
「しかし変っス。盗んだ馬を石にするなんて、意味なくないっスか」
「どういうことだ?」
「わざわざ村の厩舎から牛じゃなく馬を盗んだってことは、それなりの目的があったってことじゃないスか。例えば、どこかに移動したい理由があったとか」
「確かに……オレのデータにも『馬は長距離移動に適する』と記されている」
「ピピン、ちょっと黙ってろ。……ゴン、続けてくれ」
「いやね。折角盗んできた馬をみすみす石に変えちまうってことは……メドゥーサも制御できずに苦しんでるんじゃないスか、石化の能力ってヤツに」
その言葉を聞いて、俺達は口を固く閉じる。
「……クヒヒ。確かにこの古塔は人里近くにある。人間を襲うことなんて容易いはずなのに被害が出てないのは不思議だなぁ……」
「もしかして悪い人じゃないのかもしれないよ。殺さなくていいかも!」
「待てレックス、早まるな。その気持ちは分かるが、やはり話してみないことには分からない」
俺は石化した動物から目を離し、ピピンと目を合わせる。
「敵の能力は恐らく『視線を合わせた生物を石化させること』だ。それなら制御できないのもある程度納得できる。……みんな、鏡は持ってないか? 古塔に突撃する際、盾にしてメドゥーサの動きを封じたい」
「鏡はないけどサングラスならあるっス」
「ならサングラスで代用しよう」
「言うほど代用できるんスか……?」
「ちょ、視線が切れないから意味ないですよ兄貴。一旦落ち着きましょう」
「アハ! なら逆の考え方をすれば良いじゃん! 敵を見なくても済むやり方で戦えばいいんだよ!」
「……なるほど、敵を見なくても有効打になる方法か。ありがとう、その手は思いつかなかった」
俺は圧縮ポーチからロープと麻袋を取り出した。
やっぱり正面突破はダメだ。敵を見なくても済む戦い方――即ちトラップで戦えということだろう? そうだよなレックス。セコい手は使ってナンボだよな。
「クヒヒ……流石兄貴、いいモノ持ってますなぁ」
「誘き出してこの麻袋にぶち込んで目を塞ぐんですね!? オレのデータによると作戦の成功率は9割……これは勝ったな、ガハハ!」
「そういうことだ。外でドデカい音を立ててから、ロープを使ったくくり罠に誘い込んで動きを封じる。んで、麻袋にぶち込む。そこからちょっとお話して、人間に敵対的か友好的かを判断するとしよう」
俺は早速周囲の木を利用してくくり罠を作り上げ、くくり罠の〆の地点に麻袋を持ったレックスを配置させた。
古塔に窓がないのは幸いだった。これなら外で爆音が鳴った時に入口を通って確かめに来ざるを得ない。
罠が失敗した時のために、古塔の影にトミーとゴンを。罠を見破られた時強引に視界を潰して麻袋にぶち込むため、木陰に催涙玉と閃光玉を持った俺とピピンが隠れる。
後は爆音を鳴らしてメドゥーサを誘き出すだけ。俺は魔導バイクを取り出して、クラクションを思いっきり打ち鳴らした。
「……!」
ガラの悪いクラクションが静かな森の中に響き渡る。ぱたぱたと打ち付けるような音を立てて、鳥が一斉に飛び立っていく。
古塔の地下にいるメドゥーサにも、この音は聞こえたことだろう。俺達は配置について息を殺した。
「…………」
「…………」
そして、20秒後。古塔の入り口の更に奥――地下へと続く階段から、ひたひたという湿った足音が聞こえてきた。
俺とピピンは顔を見合せて頷き合う。奴だ。やはり地下にいたのだ。ピピンも「データ通り」と言わんばかりの納得顔である。
足音と共に接近してくる気配。顔を出してはダメだ。その姿は気になるところだが、仮に目が合ってしまえば石化もとい即死が待っているのだから。
緊張の中、辛抱に辛抱を重ねる。閃光玉と催涙玉を握り締めて、いつでも投げられるように深呼吸する。
そんな中、俺達の緊張に見合わない腑抜けた女声が聞こえてきた。
間違いない。メドゥーサの声だ。
「……んもう、いきなり何なんですか。こっちは静かに寝てたっていうのに……」
声は近い。罠にも気づいていない様子。行ける。
来い来い来い……。
祈るような数秒の後、唐突に悲鳴が上がる。
「きゃあっ!? 何なのよ――うぶっ!?」
それはメドゥーサが罠にかかり、麻袋を被せられた声だった。
「ノクトさん、やったよ! ねぇ殺していい!?」
「ダメに決まってんだろバカ! おいピピン、催涙玉を投げ込むぞ!」
「了解です兄貴ィ!」
「ちょっ、やめっ、ゲホゲホゴホッ、オェェ! 何なんですかっ、やめてくださいっ!」
「動くんじゃねぇ! 大人しくしろ! クヒヒ!」
「足持て足!」
くくり罠によって足を捕まえられて逆さまにされ、その上に麻袋を被せられたメドゥーサ。俺とピピンは麻袋の口から催涙玉を投げ込み、メドゥーサを無力化しにかかるのだった。
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