009:兄貴ィ!お久しぶりです!
この世界には様々な国や土地、海洋が存在する。
その中でも人間の暮らす土地というのは割と狭い範囲に限られており、大半が魔王やモンスターの支配下に置かれていた。
そんでもって、Bランク以上の高ランク冒険者に課された最大の役目は、魔王軍に支配された土地を奪い返すことである。
取り戻した土地の分配とかそういう拗れそうな問題はさておき、とりあえず『どの国にも属さない土地』として奪い返そうぜという感じだ。
しかし、敵陣に侵攻することが最重要視されているとはいえ、緩衝地帯は魔王軍からの攻撃が絶えない。
最前線の街には高ランク冒険者が山ほどいるのに、魔王軍の猛攻を前に前線を押し留めることで手一杯なのが実情である。
Aランク冒険者の俺も最前線に行きたい気持ちはあるが、内地は内地で高ランク冒険者の人手不足が目立っており――
俺が内地を離れる日は遠そうだ、というのが俺の率直な感想であった。
「ノクティスさん! そっちも耕しておいてくださいね!」
「分かってるよ! 素人は黙って見てな!」
今日の俺のクエストは、とある村の畑仕事を手伝うこと。
こんなもん冒険者じゃなくてもできるんだが、俺は土を耕すのにうってつけのバイクを持ってるからな。
誰もやりたがらない地味〜な仕事を率先して消化しておくのも、ベテラン冒険者の仕事ってわけよ。
「畑仕事の素人はあんたでしょ!」
「ギャハハ!」
「ギャハハじゃないですよ! あぁもう心配だなぁ!」
ゲラゲラ笑いながら、俺は魔導バイクで畑をゆっくりと耕して回る。
バイクの速度自体は人の歩くペースよりも遅かったので、俺に指示を出してくれるオッサンはいつでも止めに入れるようになっている。
しかし、こういう農作業系のクエストはたまに受けてるんだが……今回は初めて担当する村だったからかな。村人からめちゃくちゃ不安な目線が向けられているのが嫌というほど分かった。
確かに今の状況は傍から見たら『畑を荒し回るならずもの』まんまだ。
事情を知らない奴がこの光景を見たら、俺のことを犯罪者か何かと勘違いして襲いかかってくるかもしれない。
実際、事情を知らなかった奥様にクワで脳天カチ割られそうになったしな。モヒカンがなかったら死んでた。
こうして畑仕事の手伝いを終えると、帰りの支度中にクエスト依頼主と雑談する時間があった。
そこで気になっていたことがあったので、思い切って疑問をぶつけてみることにした。
「そういやよぉ。馬とか牛とか、この村に家畜はいねぇのか? この村には厩舎があるんだから、冒険者に頼まなくても畑を耕すこともできたはずだろ」
「あぁ、それなんですけど……」
「?」
やけに気まずそうな表情をする村人Aさん。
なんだなんだと急かしてみると、Aさんは厩舎らしき建物を指さしながらこう言った。
「最近、村で飼ってる家畜が盗まれたんですよ。被害は馬1頭で済んでいるのですが、私共としては大損害です。それから家畜を迂闊に外に出すのが怖くなってしまいまして」
「おいおい、大切な家畜を……そりゃ許せねぇな。どういう手口でやられたんだよ?」
「不明です。夜にガタガタッという物音がしたかと思うと、次の日には馬が1頭消えていて……それだけです。人数も手口も何もかも分からないから、対策のしようがないんですよ」
「マジか。大変だな」
「えぇ。やけに手際の良い盗賊です」
そう言いながら、Aさんは厩舎の中を案内してくれる。ごつい鎖と南京錠に封じられた扉の向こうからは、牛や馬、鶏がギャーギャー鳴きながら挨拶してきた。
ここは小さな村だから、家畜1頭だろうが大損害である。盗賊(と思しき元凶)の討伐クエストではなく畑作業のお手伝いクエストを発注したのは、恐らく報酬金が払えなくなってしまうという問題があるのだろう。
討伐クエストはどうしても報酬金が高くなる傾向にある。加えて今の時期は畑作業の忙しい時期。討伐クエストを依頼するより、畑作業を手伝ってもらう方が安く済むということなのだろうか。
「ふ〜ん……」
手際の良い盗賊ねぇ……。ちゃちなことでも、困ったらとりあえずギルドに報告しておくか。何事も報連相だぜ。
「――まぁ、何かあったら迷わず呼んでくれや! ギャハハ! また来るぜェ!」
「今日はありがとうございました!」
俺は魔導バイクをカチ上げながら村を後にする。どうせ村に来たんだから、もののついでに村の周りをちょっくら見て回ってやるか。
ということで、俺はバイクを走らせながら村周辺の探索を始める。村の周囲は獣道が多く入り組んだ地形になっていて、盗賊が隠れるにはうってつけの場所だ。ギルドが発行している地図帳にも、この辺りを詳細に測量した地図は載っていない。
……実は結構厄介な一件だったりするのか? なら尚更、あんまり暗くならないうちに帰らないとな。用心を重ねて悪いことはない。
足元が悪くなってきたので、バイクの速度を落としながら
「……ん? 何だあれ」
視線の先にあったのは、木々に囲まれてひっそりと身を隠した古塔。誰にも発見されていない、もしくはギルドに報告されていない建物だ。
さっきの村やエクシアの街からそう遠くなく、公的には誰も知らない場所にあって、背の高い木に囲まれて人から見つかりづらい――盗賊が拠点にするには持ってこいの古塔であった。
「ギルドに報告しねぇとな」
地図に載せるのと載せないのでは、こういった犯罪抑制の面で劇的な違いがある。俺は地図にペンを走らせて大体の位置をマークし、苔むした塔へと接近していく。
塔はボロボロで、今にもぶっ壊れちまいそうだった。建物自体の手入れはされてないと見える。……だが、人の出入りした形跡があるな。やっぱり誰かいるみたいだぜ。
「…………」
片手に盾を、もう片方の手に【
そこで耳を澄ますと、石壁を隔てた向こう側から微かな物音がした。
ヒャハァ! ビンゴ! どうやら悪い奴がいるみたいだねェ。
俺は【
2階へと続く階段は崩れ落ちていた。目に入るのは薄暗い地下へと続く螺旋階段。地下から人の気配と物音がする……ような気がした。
恐らくここが盗賊共の拠点で間違いないだろう。
しかし、敵のアジトにソロで特攻するのは危険すぎるよなぁ。結果的には誰にも言わず来ちまったわけだし、ここは一旦引き返すか。俺としたことが、事前準備も無しに深く突っ込みすぎたぜ。
盗賊共の拠点の情報を取れたことが1番デカい。場所さえ分かっていればどうとでもなる。さっさと帰ろう。
――そして、階段から目を背けた瞬間。
俺は異常な物体を目にしてしまう。
俺が古塔に侵入した時は死角にあって、運悪く視認できなかったモノ。
そこにあったのは――石化した馬や動物達の姿だった。
「――っ!?」
隠密行動を心がけていたことなんて、頭の中から吹っ飛んでいた。俺は一目散に古塔から逃げ出し、バイクに跨ってエクシアの街へと全速力で走った。
人間、何が1番恐ろしいかって――知らねぇことだ。生物を石化させるモンスターや魔法なんて聞いたことがねぇ。本を読み漁ってる俺でも知らねぇことがあったなんて。
俺はモヒカンを逆立てながら、あらん限りの速度でエクシアの街へ続く太い道へと合流する。ここまで来ればひとまずは安心か……マジでビビったぜ。
状況を整理しよう。俺は森の中の古塔に入って、そこで石にされた動物達を見つけた。その中には付近の村から盗まれたであろう馬がいて、犯人は石化系の魔法もしくは能力を操る生物……ってところか。
脳内で情報を整理したら落ち着いてきたが、これは存外やべぇことになってきたぞ。ギルドを通じてあの村に避難勧告を出してもらわねぇとまずいか。
あまりにも怖かったんで村に行くこともなく逃げてきちまったが……とにかく報告だ。村に寄ってたらパニックが起きてたかもしれないから、案外これで良かったのかもしれないが。
爆速でエクシアの街に帰ってきた俺は、乱れたモヒカンをサッと整えて澄まし顔でギルドへと帰還した。
内心動揺しまくりだが、Aランク冒険者ってのはみんなの精神的支柱でもある。俺がアタフタしてたら、ガキ共も不安に思っちまうだろうからな。
「ノクトさん、お帰りなさい!」
「おう! ただいまァ!」
若干の早歩きをしつつ、受付嬢のクレアさんに「やべぇから話聞いて」というサインを送る。
彼女は微笑みの表情を崩さずに、いかにもクエスト終了後の手続きをするような体でカウンター奥の個室へと案内してくれた。
「どうされましたか? 財宝を掘り当てたとか?」
「違ぇよ、生き物を石化させる能力を持った敵がいたんだ。しかも割と近辺に」
「……えっ。え? それって相当まずいじゃないですか」
「敵の数は不明だがアジトは割れてる。村の人達に避難勧告を出してくれないか?」
「分かりました。至急上の者を連れてきますね」
急に慌て出したクレアさんは、上司に報告するためか部屋から出ていく。
恐らく今すぐにでも、俺に対して正体不明の敵を探る緊急クエストが課されるのだろう。
クレアさんが上司を連れてくる間、ギルドから公式に発行されているモンスター図鑑を開いて「石化」の単語を探す。
分厚すぎて「鈍器」と揶揄される図鑑だったが、石化という文字はひとつも見つからなかった。俺の記憶にも該当するものが無かったため、手掛かりは皆無。
「何てことだ……俺のデータに無ぇぞ!?」
この世界は解明されていないことが多い。とはいえ、平和な街の近隣にピンポイントで現れるのは勘弁して欲しかったな。
「ノクティスさん、局長をお連れしました」
「はじめまして。わたくしエクシアのギルド局長を務めております、デトリタス・アルスファトと申します」
「はじめまして、ノクティス・タッチストーンと申します」
「クレアから話は窺っております。既に例の村には避難勧告を出しましたから、我々は敵勢力に対しての対策を考えましょう」
「話が早くて助かります」
「おやノクティスさん。そう堅くならず、普段通り楽にしていただいてよろしいのですよ」
「ギャハ!」
デトリタスさん・クレアさんと机を囲み、俺達は早速石化系の能力を操る敵についての作戦会議を行う。
しかし、モンスターに詳しい俺が知らないのだ。古塔へ調査に向かうまでは決定事項になったが、デトリタスさんもクレアさんも、接敵した時の対処法などは提示してくれなかった。
彼らにしてみれば、とにかく何とかしてくれ! という気持ちなんだろう。無理難題を解決するのも俺の役目ってことだな。
「……分かった。とにかく明日調査に行けば良いんだな?」
「はい、お願いします」
「勝手に仲間を連れてくるかもしれないが、構わねぇよな?」
「え? まぁ……あなた程の冒険者が見込んだ方であれば、もちろん許可しますよ」
「柔軟な対応感謝するぜ。調査の準備があるから俺はこの辺で帰らせてもらうわ!」
「はい! 明日までに緊急クエストとして正式に依頼しておきますので、よろしくお願いします!」
ギルド職員2人と別れた俺は、早速明日のための準備に取り掛かる。
「……
――
先走りやすいし尖った奴らばっかりだから、本当なら呼びたくなかったんだが……今すぐ駆けつけてくれるのはアイツらしかいねぇ。
村のみんなを守るためだ。背に腹は変えられないか。
意を決した俺は天に向かって叫んだ。
「
――法定速度を遵守して、地平線の彼方から奴らがやってくる。
トゲトゲバイクから飛び降りた4人の冒険者は、俺と向き合ってニヤリと笑った。
「トミー!」
「クヒヒ……」
1人はナイフを舐め上げる大柄なモヒカン。
毒の塗られていないナイフで正々堂々と戦うことが好きな男だ。
「レックス!」
「アハ! ねえねえ、あいつ殺していい?」
1人はモーニングスターを携えたショタモヒカン。
これはただの口癖で、今まで誰も殺したことのない心優しい少年だ。トミーの肩に乗っている。
「ゴン!」
「しゃあっ」
1人はハルバードを背負った身軽そうなモヒカン。
「そして俺――ピピン! 兄貴ィ、時代はデータですぜ!」
最後の1人は戦鎚を担いだメガネモヒカン。
見ての通り頭の良い奴だ。
「「「「4人揃って――
こうして地の果てから参上した心強い助っ人。いつも勝手に喋り倒して好き勝手やりまくる4人だが、
「兄貴ィ、お久しぶりです! 久々に呼ばれたんで張り切っちまいました!」
「ひ、久しぶりだなピピン。近所迷惑になるから大声を出すのは控えとけ」
「はいぃ!」
妙に気合いの入った登場に圧倒されながら、俺は4人を宥めて本題に入る。
「……オメーらに集まってもらったのは他でもない。至急手伝ってほしいクエストができた。厄介な内容ではあるが、手伝ってくれるか?」
「クヒヒ……もちろんですよ兄貴」
「アハ! また新しいオモチャくれるのぉ?」
「いいスよ」
「オレにできることがあれば何なりと!」
トミー、レックス、ゴン、ピピン。全員即答だった。
俺は頼りがいのある舎弟達に感謝しながら、彼らを自宅に招いて作戦会議を始めるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます