013:ワンチャンスをモノにしろ!


 首の切断面から黒い靄を噴出し続ける馬と、その馬に騎乗した甲冑の首無し騎士デュラハン。腕に抱えられた頭蓋骨の眼窩からは、不気味な光がこちらを睨んでいる。

 ――魔王軍幹部のひとり、デュラハン。目撃情報はほとんど無いが、その存在を確認されている数少ない魔王軍幹部のひとりだ。


 と言っても、ピピンのデータベースにも見た目以上の情報は載っていないだろう。俺もアンデッドであること以外は全く分からん。戦いながら弱点を探っていくしかない。


『貴様ら何者だ』


 うお……やっぱり喋れるんだな。

 俺達はモヒカン。覇和奮パワフル大連合だ。だが名乗る義理もない。


「……ただの冒険者さ」

『冗談はよせ、ならずもの。貴様らは事の重大さを分かっておらん』

「何のことだ?」

『貴様らが拉致した小娘は世界最強の戦士になれる才能があるのだ』

「彼女はそんなこと望んでねぇよ。さっさと帰りな」


 俺はデュラハンの分析を進めながら会話を続ける。

 首無しの馬が移動手段で、一番最初に馬を潰すべきだろう。そして後生大事に抱えた頭蓋骨が奴の弱点と考えられる。少なくとも視界はあの頭蓋骨に頼っているはずだからな。

 敵の武器はランス。それと何らかの魔法を持っていてもおかしくない。アンデッドの上位個体となれば、厄介な呪文を隠していると考えた方が良いだろう。


 じりじりと位置取りを変えながらデュラハンを囲いこもうとする俺達に対し、奴は余裕たっぷりに溜め息を吐く。


『……はぁぁ……貴様らには分からんだろうな……コロコロ意見を変える上司から毎日のように無茶ぶりを要求され、下の者にはメンタルケアだの後進育成だのアンデッドチーム運営だのと気を使わなければならない、この吾輩の気持ちはな……』


 おい、絶妙に同情できそうなことを言うな! 倒す気が削がれちまうだろ!


「分かるぜ……後進の育成って大変だよな。時間はかかるし、これでいいのかって迷うことばっかりで」

『あぁ……ちゃんと立派に育ってくれると堪らなく嬉しいのだがな……』


 あ、ヤバい。分析の時間を稼ごうと適当に喋ったら、なんか同調してめっちゃ共感してくれたわ。魔王軍と悩みを共有できちゃいそうでヤだな。これ以上はやめておこう。

 デュラハンもそう思ったのかは分からないが、僅かな逡巡の後、奴は気合いを入れ直すように馬を嘶かせる。


『お喋りはここまでだ! さぁ……小娘を返してもらおうか!』

「返すもなにも、テメーのモンでもねぇだろ」

『フハハ! 言い訳無用! 死ねい、ならずもの!』

「冒険者だっつってんだろ!」


 馬が前足を大きく上げた瞬間、俺達は戦闘を開始した。


「アハ! 殺しちゃうよ〜ん」

「しゃあっ」

「クヒヒ……デュラハンがどんな声で泣き喚くのか、興味があったんだよなァ……!」

「オレ達の力とデータがありゃ怖いものなんてねぇ!」

「チームに別れて奴の足を潰すぞ!」


 俺はみんなに向けて叫びながら魔導バイクを展開し、サイドカーにピピンを乗せてアクセルを全開にする。視界の端では、トミーが展開したバイクにゴンとレックスが搭乗して早くも発進していた。


「馬を狙え! 機動力を潰して引きずり下ろせ! トミー、テメーも戦い方は分かってるな!?」

「任せてください! ガン逃げ引き撃ちですよね!」

『カス共がぁ! 死に晒せぇ!』


 森の中をバイクで駆け抜けながら、デュラハンの馬に向かってエンチャントした武器を投げまくる。たまにボーラや投網を投擲してワンチャンスを狙ってみる。


 デュラハンはランスと闇属性魔法の壁で投擲物を防いでくるが、1対5という状況では攻撃に手が回らないようであった。

 それに、敵の反応からして馬を潰されるのは嫌がってそうだぜ。この戦法は刺さりそうだ。


『おい、こら……ちょこまかちょこまかと――正々堂々戦わんかぁ! ならずものなりに誇りというものは無いのかぁ!!』


 防戦一方のデュラハンと、圧縮ポーチから武器を取り出して無限に投げ続けるモヒカン達。俺の【炎の息吹エンチャント】を受けた武具は半端じゃねぇ破壊力がある。デュラハンがAからSランク相当のモンスターとはいえ、防御に本気にならねぇと防ぎ切れねぇだろうよ。

 その証拠に、高速で走ってバイクを追うデュラハンだが、炎を纏ったクソデカいハルバードやハンマーをぶん投げられて、馬から転げ落ちてしまいそうになっている。


 物理と魔法の混じった攻撃は、ランスと闇属性魔法の両方で防がなければならないのだ。しかも全員鍛えているので、投擲の速度が半端じゃない。

 こうなると、投げつける武器の重さも相まって、馬を殺すよりも先にデュラハンを引きずり下ろせそうだ。


「兄貴ィ! 流石に投擲用の武器が切れそうです!」

「こっちも無くなりそうっス!」

「押せ押せの今がチャンスだ! 何としても馬から引きずり下ろせぇ!」


 俺はナイフや斧を投げつけながら、全員に向かって総攻撃の指示を叫ぶ。

 何かしらの文句を叫びながら体勢を崩し始めるデュラハン。文明の利器を利用しながらガン逃げし、容赦なく引き撃ちを続ける俺達。


『うぐ、ぬぬぬぅ……!』


 そして――ゴンの投げつけたロングソードが、デュラハンを乗せた馬の脚を捉えた。


『しまっ――! ぐはぁ!』

「よっしゃあっ」


 圧倒的物量の波状攻撃を前に、防御が追いつかなくなったのだ。崩れ落ちるように馬が倒れ、デュラハンは空中に放り出されて木に激突した。


「まだ油断するんじゃねぇぞ! 敵は魔王軍幹部だ!」


 騎馬戦の勝者は俺達5人だった。ただ、投げつけるための武器は弾切れだ。弓矢やボウガンなら持ち合わせているが、【炎の息吹エンチャント】しても先程までのインパクトはないから防がれてしまうだろう。

 俺の魔法ならともかく、コイツら4人の魔法がデュラハンに効くとも思えねぇ。これからは炎を纏った武器で直接叩きに行かないと殺せないかもしれねぇな。


『貴様らぁ……よくもやってくれたな……』


 馬から下ろされたデュラハンが、ランスを片手に立ち上がる。その威圧感は、Sランク冒険者を目の当たりにした時と同じかそれ以上。Bランクの4人は息を呑むように後ずさりしていたが、ここで敵の雰囲気に呑まれたら負けだ。

 有利状況を作っているのは俺達。敵は馬を潰され、俺達にはバイクがある。その事実を再認識させるようにエンジンを噴かせると、4人ははっとしたように武器を握り締めた。


「なぁに緊張してんだテメーら、俺が負けたところ見たことあるか?」

「い、いえ……ないっス」

「だよなぁ? 俺ぁどんな戦場にいても生きて帰ってきた。今日もそうだ」


 そう、俺は戦略的撤退こそすれど、今まで誰にも負けたことがないのだ。どんなモンスターや任務が相手だろうと、全て失敗することなくこなしてきた。

 だから俺はAランク冒険者なんだ。


 ……もちろん、魔王軍幹部が相手である以上、本当の心情は不安と絶望で満たされていたが――

 後輩達やカミナを守るためにも、ここは突っ張らなきゃいけねぇ場面なんだよ。


「ついて来い野郎共! 行くぞオラァァ!!」

「「「「うおおおおおおお!!」」」」


 自分を鼓舞するように叫び、4人のモヒカンがそれに呼応してデュラハンに向かって突っ込む。

 魔導バイクの機動力と、チーミングによる防御役と攻撃役の分担。それによってデュラハンの甲冑にどんどん傷がつけられていく。


 俺のチームは俺が防御を、ピピンが攻撃を。

 トミーのチームはトミーが防御を、レックスとゴンが攻撃を行う。


『ぐ、ぬぬぬぅ――』


 超高速のヒットアンドアウェイによる連撃で、みるみるうちにデュラハンを追い詰めていく。

 しかし、何度攻撃を与えても死なないアンデッドとは違って――俺達は生身だった。


『死に晒せぇ!』

「う――うあああああああ!!」


 無造作に振り回されたデュラハンのランスが、ゴンの防御を掻い潜ってレックスを吹き飛ばしたのだ。

 間違いなくやけくそ、の一撃。されど、人間を致命傷にするには事足りた。


 吹っ飛んだレックスは木の幹にぶつかると、血を吹いて地面に落ちていった。


「レックス――ッ!!」

「馬鹿野郎、余所見してんじゃねぇ!」


 そして、俺達の仲間思いが祟ったのか――

 大きな隙を作ってしまったトミーのバイクが、デュラハンの魔法によって吹き飛ばされた。放り出されたトミーとレックスは、空中でデュラハンの魔法に捕まえられたかと思うと――そのまま強烈な力によって地面に叩きつけられ、ピクリとも動かなくなった。


『ハァ、ハァ……手こずらせおって』

「あ、兄貴ィ! みんな……みんなやられちまいましたよぉ!」

「っ……お、落ち着け! 全員まだ死んじゃいねぇ。俺達がヤツをすぐに倒せば……全員助けられるはずだ」


 残された俺とピピンは少なからず動揺していた。チームだからこそ成り立っていた戦法だったが、致命傷を与えられずに失敗した。こうなるとバイクはただの的。白兵戦を挑まざるを得ない。

 だが――騎士のアンデッドたるデュラハンに、白兵戦を挑んで勝てるのか? 俺は生き残るために手段を選ばず何でも使ってきた。ただ今はもう、投擲もバイクも使い物にならないだろう。種が割れている上、相手が強すぎて搦手も通用しない。


 それに、倒れた3人を助けるために早く治療してやらないと。

 一刻も早くこのデュラハンを倒さないとダメなんだ。


「…………」


 じりじりと接近してくるデュラハン。俺の指示を待つピピン。

 首を振って何かを探すが、現状を打破してくれそうな物は見つからない。


『遅い』


 気付いた時には、デュラハンが目の前にいた。

 何の予備動作もなく、瞬間移動のように距離を詰められたのだ。


「兄貴、危な――」

『どけ』

「おわぁあああ!?」


 俺を守ろうと身体を入れ込むピピンと、ピピンの首根っこを引っ掛けて崖に放り投げるデュラハン。

 目の鼻の先で向かい合った俺とデュラハンだったが――


『貴様をゆっくり嬲り殺しにした後、仲間を皆殺しにしてやる』

「て、てめぇ……」


 俺は完全に被捕食者側だった。

 なけなしの抵抗で振ったロングソードは、闇属性魔法を纏ったランスに弾かれて意味を成さない。


 ――遊ばれている。抵抗すればするほど仲間を救える時間が減ると知って、デュラハンは俺を弄んでいる。

 やがて俺を弄ぶのにも飽きたのか、奴は俺の顔をランスで横殴りに薙ぎ払ってきた。


『はは、面白いように飛ぶな』

「……っ!」


 意識が飛んだかと思ったら、いつの間にか空中を吹っ飛んで地面に倒れていた。

 クソほど痛ぇ。ランスの先で突き刺せば一発でぶっ殺せるってのに、死なない程度に痛めつけてきやがる。


 奴が抱えた頭蓋骨を叩き潰そうと剣を突き出すが、遂に武器を弾かれてしまった。【滅炎ファイア】で頭蓋骨を焼き尽くそうとするが、闇属性魔法で全力の防御をされて魔法が弾け飛ぶ。

 頭蓋骨に手を出されるのを嫌っているのだ。奴の弱点はやはり頭蓋骨。それは分かっているのに、こんなにも遠い……。


 そうして殴られ、蹴られ、魔法で嬲られて……どれくらい経っただろうか。

 ボロ切れのようになった俺は、もはや何を考えることもできなくなっていた。


『そろそろ飽きたな』


 魔王軍幹部が強いのはよく知っていた。それでも、ワンチャンスを掴み続ければ俺達は勝てたはずだ。俺が上手くやれなかったせいだ、ちくしょう。

 懺悔に似た後悔を脳裏に浮かべていると、視線の先に古塔が見えた。ボールみたいに扱われている間に、いつの間にか戻ってきていたらしい。


 カミナは地下室にいるのだろうか。それとも逃げたのか。

 逃げてくれると助かるが、どうしてるかなぁ……。


 赤く染まる視界の中、足音が近づいてくる。

 顔を持ち上げられ、何故か抱き締められる。


「ノクティスさんっ、大丈夫ですか!?」


 ――俺を抱擁していたのは、件の少女カミナだった。


「お……い、バカ野郎……隠れてろって、言ったのに……」


 赤くて何も見えないが、恐らく目隠しを外してここに来たのだろう。

 顔の近くで彼女の啜り泣く声が聞こえる。


『最初から小娘を手渡していれば良かったものを。小娘の前でゆっくり死にゆくという、最も惨たらしい結果になってしまったなぁ……愚かなならずものよ』

「……ふ、はは」


 デュラハンが高笑いしながら俺達の様子を見ている。

 そんな状況で、俺は笑いを堪えきれずに吹き出してしまった。


「……あぁ……本当に愚かで笑っちまうぜ」

『何だ、おかしくなったか?』

「違ぇよ……本当に愚かなのは、テメーのことだよ……デュラハン」

『あぁ?』

「獲物の前で余裕ぶっこいて舌なめずり……ワンチャンスを与えちまうなんてヘマ、Dランク冒険者でもやらねぇよ……」


 ワンチャンスを掴み続けりゃ、どんな敵にも勝てる。

 その通りだったぜ。


 俺はカミナの頬に手を当てて、泣きじゃくる彼女を引き寄せ――


『えっ』


 ――姿勢を持ち上げると同時に、その首元に隠し持っていたナイフを当てた。


「おいデュラハン! コイツをぶっ殺されたくなかったら、そこで大人しくしてろや!!」

『えっ、ちょ、待って』

「おい動くな! 動いたらぶっ殺すぞ、ええ!?」

『いや――おいお前――』

「この子が死んだらテメーどうすんだ!? 任務失敗をボスに怒られてチクチク口撃されてぇ!? 部下には『ならずもののせいで任務に失敗した無能』だと嘲笑の対象になってよぉ!! 出世コースから外れた中間管理職なんてロクなことにならねぇよなぁ!! あぁ!!?」

『おっお前……おまえおまえっ、それは流石にやっちゃダメだろ!! モヒカァァァァン!!』


 こうして一発逆転のチャンスをモノにすると同時。


「兄貴ィィィ!! ただ今戻りましたァァァ!!」


 茂みから飛び出してきたピピンの戦鎚が――


『ぐはあっ!?』


 ――慌てて振り向いたデュラハンの頭蓋骨を、見事なまでに粉々に打ち砕いたのであった。

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