駄菓子屋

北緒りお

駄菓子屋

 「今時さ、駄菓子屋で生きていけんの?」

 高田は高校の頃からの付き合いもあり、質問もいぶかしみも直球で投げてくる。

 世の中で何か店を出そうと考えている人を集めたところで、駄菓子屋というのは選択肢は出てこないだろう。

 土地を持っているのでもなく、これが当たるという感触や直感があるわけでもない。駄菓子屋なら仕入れの金額もたいしたこともないし、どうにかなるだろう、という情けない理由で着想したのだった。

 一緒にこの部屋でゴロゴロしている上野は、もはやあまり興味を示さないようにスマホをいじりながら「おもしろいんか?」と聞いてくるが、面白いかどうかもわからない。

 「店の一つでもやりゃ収入にもなんじゃん」と返事をしてみるが、駄菓子屋を開くということだけを決め打ちして、他の何も決めてなかった。

 平日の昼日中に高田の部屋にこれといった目的もなく集まり、ただただ何もせず、ゴロゴロとだらけているのだった。

 その証拠に、俺と上野は部屋に入ったところで上着も脱がず、そのまま肘を枕にして寝っ転がっている。

 高田は俺の発言を聞いて「自分でやろうというのは立派だよな」と感情があるのかないのかわからない抑揚で返事をする。

 上野はスマホの画面を親指でスクロールさせながら、写真を次から次へと表示しては流し、集中力の九割ぐらいをそっちに使いながら「いつからやる?」と気乗りしているフリで質問を投げてくる。

 本来ならば仕事があってしかるべき時間で、三年ぐらい前の常識ならば、俺たちの年代はやっと新人期間が終わって職場の若手ぐらいの扱いで仕事を任されたりしているのがあるべき姿なのだろう。

 けれども、就活とかをやるべきタイミングで肺炎の大流行があり、世の中が止まって、それでも卒業だけは書類だけで済ませてしまって、なにもないままに放り出され今に至ったのだった。

 生きていくのには、配達の仕事があるからどうにかなる。

 正直、タイミングゲーみたいなところもあり、うまく仕事をとる流れができると、そんじょそこらのブラック企業で勤めるよりは自由度が上がって収入もちょっとはできる。

 一年近くそれで生きていて、受注するのに慣れると、怠惰の虫が成長していき、高校生の頃からたまり場代わりにしていた高田の部屋で無為な時間を過ごすようになるのだった。

 六畳にあわせ風呂トイレと簡単な台所だけがある殺風景な部屋に成人男性三人がゴロゴロしている。

 高田が一人暮らしを始めたときからこんな感じだから、よっぽどのことがない限りこのままで、積極的な姿勢なんて物が圧倒的に欠如している高田のことだから、きっとだんだんと荒んで淀んで、ダンゴムシみたいな生活をしている俺みたいなのに心地の良い部屋が熟成されていくのだろう。

 それで、ダンゴムシみたいに生きていくのには、食べ物を一つ運んでいくらという手間賃仕事をしているよりは、自分で店を持ってやりくりした方が良いのではないか、と考え、じゃあ、それでどうしようと考えたところで浮かんだのが駄菓子屋なのだった。

 高田は軽く寝返りを打ち壁の方を向きながら「駄菓子屋はいいけど、どこでやんの?」と聞いてくる。

 そんなこと考えてないから「さあ、そこら辺で屋台でも引っ張れば子供が買いに来るんじゃん?」と返事をする。

 上野は半分寝たみたいになりながら「斬新だねー、屋台。銀座とか六本木とか流そうぜ」と暇つぶしの雑談程度にしか聞いてなかった。

「屋台引っ張って銀座はめんどくさいな、このあたりでいいんじゃん?」と返事をすると、眠そうな顔の上野は「近所までもめんどくさいから、このアパートの前に屋台置かせてもらえばいいじゃん」とあっさりと銀座や六本木といった煌びやかさを捨て、あまり歩かなくても良いここから半径数十メートルの世界に狙いを定めたのだった。

「なあ、高田−、大家さんにさー、ここで屋台を開く許可もらってくれよー」と嘆願しているような内容なのに、無感情の棒読みトーンで問いかける。

 高田と言えば、その声を完全に無視してLINEの返事を書きながら「ふざけんな」と悪態をつき、返事を送り終わったのかスマホを床に放り出して「おまえんちの前でやりゃいいだろ」と返してきた。

「それでもいいけど、一人でやっても暇だからさ、とりあえずここでやろうぜ」と言ってみる。

「退屈だから、で、屋台一つ押しつけんなよ」と勢いのない言葉ぶりでもはっきりと拒絶の意思表示をするところが面白い。

 足の先にある高田の尻に、軽くかかと落としをする。

 高田はそれに返すように裏拳で俺の腰のあたりを殴る。

 手加減はしていないので、そこそこ痛い。

 上野はあくびをしながらも「屋台どっから手に入れるよ」とつぶやく。

 算段しているかのように聞こえ、それからというもの、だれも何も発せず、黙々とスマホをいじる。

 もう、散々スマホをいじっているので、少しいじっては飽きて、スマホを頭の横に置いたりして半分寝たりしている。

 高田が「上野−、なんか思いついたかー」と声をかけると、「あ? なんか考えるのか?」と何も考えてないのがよくわかる返事をしていた。

 それを聞いた高田はというと「上野ー、無駄な時間じゃねーか」と言っているが、そもそもこの空間に有意義な会話なんかはない。

 「そりゃ、高田が悪いな。ここ部屋は脳みそが動かなくなるような淀んだ空気しか流れてないものな」と言うと、また裏拳で殴られたのだった。

 殴ったままの姿勢で高田は「言い出したのおまえだろ? 屋台の手配考えろよ」と行ってくるのに対して「言い出したのは上野だ、俺は駄菓子屋をやろうって言っただけだ」と返事をすると、上野は沈黙を保ちながら屁をこく。

 狙って放ったのだろうが、あまりのタイミングだったので笑いながら立ち上がると軽く上野を踏んづけながら窓を大きく開ける。

 真冬の凍り付いたような空気が、怠惰な空気をエアコンの風で緩ませたような部屋に流れ込んでくる。

 少し暑いぐらいだったところにこの冷たい風は気持ちいいと少し開けておこうと窓から離れると「寒いからさっさと閉めろよ」と上野がほざいている。

 「へっこき虫」と背中のあたりに軽く蹴りを入れると、エビがはねるように大げさに身震いしている。

 酒を飲むのにはまだ早い昼下がりにこんな怠惰な話をしているという事実から目をそらすのには駄菓子屋の話がいいだろうと、もう一回ぶり返してみる。

 「仕入れするのにさ、上野の車出してくんね?」と聞くと快諾をしてくれた。

 軽く返事をしているようなトーンで「おお、ありがと。仕入れ先って知ってるか?」とやり返すと、高田から「なんにも考えてねーだろ」とそのままの返しが来た。

 こっちも平然と「そりゃそうだ、駄菓子屋をやるってだけでそれ以上のことなんか考えるわけないだろ」とやり返すと高田は今までと違う返しをしてきた。

「じゃあさ、仕入れて店も屋台をどうにかして、場所もどうにかなって、それでどうすんだよ」と聞いてくる。

 こっちも「駄菓子屋ができあがるんだからめでたいだろ」とやり返すと、高田は「なんでそんなに駄菓子屋やりたいんだよ」と聞いてくる。

「そんなこと聞かれたって困るだろ。特段やりたいわけじゃないし」と言い終わらないうちに上野はそこにかぶせるように「駄菓子屋じゃなければ、何がいい?」と聞いてくる。

 俺は考え考え「そう聞かれてもなあ、駄菓子屋を思いついただけで、他になにかあるか?」と高田に降ってみると、高田は高田で「俺に聞くな、ばかちん」と素っ気ない。

 なんとなく「おい、客を捕まえてばかちんはないだろう」と茶化してみると、上野はそれに乗っかり「客に対する態度がなってないよな、高田は」とつぶやき、高田は「客として迎えたつもりはない」といらだち混じりで返す。

 面白半分に「座布団一つ出さないなんて、まったくどういう了見なんだか」とおちょくっていると、ボックスティッシュを投げつけてきた。

 上野に「なあ、へっこきだらけ虫。とりあえずさ、駄菓子の仕入れ用の箱ってホームセンターで売ってるじゃん。それ買ってみるか?」と声をかけるが、〝へっこきだらけ虫〟で爆笑していて話は聞いていない。

 高田も悪ふざけで乗っかってきて「なー、へっこき−、仕入れ行こうぜ」とやると、一息ついたのかさっき高田が投げたボックスティッシュを上野に投げ返していた。

 「なあ、そろそろなんか食べるか?」と上野が言う。

 上野はというと「そろそろ、寒いから窓閉めねーか」と聞いていない。

 よくよく考えたら、部屋の片方の窓を開けたところで、風が通り抜けるわけもなく換気にならない。長い付き合いとは言え、この狭い部屋に放たれた臭気を吸い込むのはいやなので、窓の反対側にある玄関を開ける。

 玄関の方が風上だったらしく、開けた途端に真冬の風が一気に部屋の中を駆け抜けていった。

 奥の方からは上野の「さみー」という悲鳴と高田の「俺は閉めねーかって言ったんだ」という怒号が聞こえる。

 「くさいより寒い方がましだろ」っと返すが、高田は実力行使に出て窓を閉める。

 狭いくせに密閉性のよいこの部屋は一気に風の通りが止まり、少しだけ戸を開けた玄関の周りだけ風が入る。

 上野は本当に腹が減ってるらしく「どっか食べに行くかー」と言うが、高田は「ああー」と気のない返事をしていた。

 面白半分に「駄菓子食うか?」と聞いてみると、少し野間の跡に上野から「いらん」と帰ってくる。

 高田は上野に「何食うよ?」と聞いてみるが、上野は「なんでもいい」と畳にうつ伏せで寝っ転がったまま返事をしている。

 上野の尻に高田が寝っ転がったままかかと落としをすると、またエビのようにピクピク動きながら高田にくっついていく。ヒクヒクと寄り添うようにひくついていくのは少し離れていても不気味で、上野は「やめろって、きもい」と心底嫌がっている。

 決まらないのを面白がって余計な一言を足し「あ、邪魔だったら帰ろうか?」と、キモさを倍増させてみた。

 腹の底がむず着くようなキモさとこのどうしようもないくだらなさが入り交じる心地よさにヘラヘラと笑いながら次の一手を放つ。

「ここでさ、芋煮会やろうぜ」

 誰もやったことがなく、昨日のニュースで見ただけだ。ただ単に面白半分で言ってみる。

 高田は「なんだよそれよ」と言い放ち、上野は一息置いてから「秘密結社芋煮会だろ?」と適当な返事を返してくる。

 玄関先でグズグズやっていてもらちがあかないので、四の五の言わずに外に出る。

「とりあえずなんか食べようや」と玄関を開け、のろのろと仕方がなしに出ようとする上野を尻目に、高田は動く気配すらない。

 仕方がないので、スマホを取り出し、アドレス帳の高田の番号をタップして電話する。

 高田を見ると数コールなったところでようやくスマホを手にし、電話に出るやいなや「おい、なんだよ」と逆ギレしている。切れるのはこっちの方だが、それはそれとして「おい、じゃねーだろ。おら、出ろ」と外出を促す。

 飯を食おうと言い始めてどれぐらい時間が経ったか知らないが、まだ昼の範囲内だろうと、駅前までのろのろとあるいてく。

 チェーン店がいくらかあるが、量がしっかりあってそれで安い店を選ぶのだから、選択肢はいくらかしぼられる。

 上野は「なー、何を食べるよー」と歩いてまでも他力本願なことを言っているので「米と麺だとどっちがいい?」と聞いてみると「パスタ」と答えが返ってくる。

 安くてパスタだとサイゼだが、高田にそれでいいかと聞いてみると「うどんに決まってるだろ」と混ぜっ返してきた。

 二人して何にするんだとたたみかけてくるので「じゃあ、カレーな」と一方的に話の流れを変える。

 特に反対の声はないので、それでいいんだろう。

 しばらく歩いていると上野が「なあ、駄菓子屋やんのか?」と聞いてくる。

「やってみようや」と返事をする。

 それを聞いた高田は「やってみんのか?」と疑問とも挑発ともわからないトーンで聞いてくる。

 外の空気は思った以上に冷えていて、足下から冷えてきて何やら緩く締め付けられているような気がするが、あの部屋の怠惰な空気はそれぐらいでは抜けないのだった。

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