三
どこまで届いているのだろう、この鳴き声は。
いつまで続くのだろう、この熱気は。
五人の少年たちは、夏という長い季節にうんざりしながらも外で遊んでいた──自分たちの唯一の居場所である秘密基地で。人口減少と少子化が加速する時代、片田舎には荒れ果てた空き地が腐るほどあり、彼らの憩いの場もその中のひとつにあった。
秘密基地を作ったのは粂井だ。『20世紀少年』という漫画を真似して、そこに出てくる少年たちのように大人のいない別世界を創出したのだ。
基地は、空き地で伸びきった草の上部を結び合わせて作られている。かまくらの形。内部は狭く、五人がカードゲームをするスペースを確保するので精一杯だった。間取りは楕円形の弧の部分をひとつ切り取って、U字にしたものが近い。上の開けた部分が出入口に相当し、左側と右側に二人ずつ座り、弧の部分に一人が座る。満員の基地は、最奥の一人が殿様、他の四人が従者のような配置になる。
左からは那須、尾沢、粂井、静間、鋤柄の順。
右からは鋤柄、静間、粂井、尾沢、那須の順。
出入口には鋤柄と那須が最も近く、逆に遠いのは粂井という構図だ。
ゲーム機やスマホすらないその空間は、退屈との戦いだった。それでも彼らはそこに通った。毎日、世界は暗かった。ネット上は現実世界と遜色ない悲観主義に浸っていた。俺たちに明日はない。少年たちはそんな風に理解していた。だから、何もない現実に逃げた。
五人は集まるたび暇を潰す方法を考えた。
鋤柄が持参したトランプを紛失して叱られたことがあり、彼らは家族も使う物を持ってくると基地の秘匿性が揺らぐと気づいた。そこで特別な道具を使用しない暇潰しが必要になった。虫や巣の大量虐殺もいい加減飽きていた。
ある時ひとつの遊戯が完成した。告白ゲームというものだ。もともと秘密基地にあった、要望を紙に書いて投票箱に入れる制度を改良して、面白い話や愚痴を公開するゲームにしたのだ。匿名だからどんな内容でも許される。少年たちは夢中になってあらゆる事柄を語り合った。閉鎖空間で仲間たちと共通の作業をするのが、ネット社会を生きる少年たちには新鮮だった。ただ、回数を重ねるごとにクオリティが下がっていくのが問題になった。
「さすがにこれノリ違うだろ」
『お前らの母さんとヤッた』など、明らかな虚言を綴る紙が増えたのだ。
「る、るるるルール作れば、いいっ、んじゃない? げ、げ、げげ劇場内だって撮影禁止だし……」
那須の提案を粂井は採用した。
最も効果的な制裁はシンプルだった。嘘だと思われる告白を発見した場合、書いたと推測される人物を追放する。ジャッジするのは全員だ。
「厳しくね?」
「嘘ついてる奴ほどそう言うんだぞ」
「吾輩ついてねえし!」
席が近い粂井と尾沢は、相性が良くないようで頻繁に喧嘩した。二人の仲裁役はいつも那須だった。引っ込み思案だがやるべきことはやろうとする彼に隠れ、体力に自信がない鋤柄は事態を見守る。無愛想な静間は何も言わずに眼鏡を丹念に拭く。それが五人のいつもの光景だった。
そしてある夏休みの日も、告白ゲームをやることになった。故意に太陽が近づいてると思うほど、日差しが強い日だった。
出入口から差し込む光に目を細めながら、五人は紙に鉛筆を走らせていた。あぐらをかいて、地面に置いた紙へ前のめりになって書く。運動場ほど平たくもない土の上では、押さえつけた紙が曲がる勢いで筆圧を強めなければまともに書けない。下敷きは使わなかった。人数分放置すると出入りを察知される恐れがあったのと、あえて綺麗な文字を生み出さないことで筆跡をごまかして匿名性を高める意味合いもあった。彼らの遊びは合理的にできていた。とはいえ基地内は狭いので、左隣にいる人間が突き出す右肘が邪魔になる問題はいつまで経っても改善されなかった。粂井と尾沢は肘が当たったと主張し合ってすぐに喧嘩になった。
その日も、紙に告白を書いている間に、尾沢の右肘が粂井に当たったらしく言い争いに発展した。
「お前がぶつけてきたんだから謝れよ」
「いちいち邪魔なんだよ粂井はさあ!」
「狭いから仕方ないだろ」
「じゃ吾輩のも仕方ないだろっ」
「ガキかよ」
「いや小二だしガキなんだがぁ」
「大体お前いつも……」
「だったら、すすす座るば場っ所、こ……お交換しようか?」
尾沢は、隣に座る那須の申し出に悩んでいる様子だった。ここで退くと粂井からは敗北宣言だと受け取られかねないが、矛を収めるチャンスでもある。
一触即発の雰囲気を裂いたのは悲鳴だった。
「あっ、うわああ! く、くも!」
席を替えるかどうかに全員の意識が向いているはずだったが、静間は違ったようだ。彼が指す草の壁にはアシダカグモが張り付いていた。
「うわきも!」
真後ろにいる蜘蛛から逃れようと、尾沢は一目散に逃げた。それが契機となって、全員は基地の外に出た。外で遊ぶ彼らだが虫の類いが平気なわけではなかった。
思わぬ
「無駄な争いふっかけてくる馬鹿がいなくなってせいせいする」
「この野郎っ」
「お前ら距離関係ないじゃん」
鋤柄は笑った。
「いいから早く告白書けよ」
すでに書き終えたという粂井の催促で、中断続きの告白ゲームが再開された。次々に投票箱に紙が入れられていく。一番最後に書いたのは静間だった。
「じゃ、最初に読むやつ決めるか」
粂井は、投票箱であるクッキーの缶ケースをひっくり返した。白い紙たちは陽光を跳ね返した。雲が横切って辺りが暗くなると、かるたのように広がる五枚の紙を確認できた。
裏向きだった物も並べ直すと、五人は一枚の紙に注目した。なぜか、それだけが目についた。すべて同じ学校用のノートをカットして作成したにもかかわらず、その紙は視線を集めることを予想して設計されたように全員の目を吸い込んだ。内容も他とは異質だった。
長い間、都合十個の瞳がその紙に落とされていた。
『すきがらがすき』
嘘は絶対につかないこと。嘘だと判明したら、そいつは追放。
五人は互いを、ここ以外に行き場のある人間ではないと認識していた。そう悟った瞬間、この告白を本物だと認めざるを得なくなった。
「これを書いたのは誰だ」
鋤柄は震える声で訊いた。
どう答えるか
出入口に近い鋤柄は反射的に外に出て、怒号を浴びせた。
「誰だっ! これを書いたのは誰だって訊いてんだよ俺はっ!」
暴れる鋤柄を取り押さえた一同は、この事件を封印することにした。本格的に犯人探しをしたとしても、犯人が名乗り出てくるとも思えなかった。筆跡からの特定も困難、科学的捜査に頼る
翌日、秘密基地は取り壊されていた。それは近所の大人か、少年たちの中の誰かの仕業かもしれなかった。だが追及されることはなかった。
それ以来、五人の会話から「事件」の記憶は消えた。
彼らの前に小杜若が現れるまでは。
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