大好き、ポコティン

川谷パルテノン

ずっと一緒

 その子がウチにやってきたのは私がまだ幼稚園に通ってた頃だからもう10年前だ。その子、つまり犬のポコティンは小ちゃな赤ちゃんだった。私も小さかったけどポコティンはもっと小さかったのだ。まんまるの毛玉の眠そうな顔がとっても可愛かったのを今でも憶えている。

 そんなポコティンも人で言えばすっかりお爺ちゃんで立つのもままならないポコティンだ。さんぽはひと月に二、三回出来ればいいほうで殆どの時間をじっと過ごしている。私はといえばもう中学2年生なわけで子供と大人の真ん中からみて少し子供よりといった年頃で、所謂遊び盛りなわけである。友達だけで初めてカラオケに行った時ドキドキしたけどそれからいろんな楽しいことを知っていった。私が外で遊んでいてもポコティンはほぼ寝たきりで、家に帰ってもポコティンの影が私の中で薄くなっていった。一緒にはしゃいでボールを追いかけたポコティン、海では私より泳ぎが上手だったポコティン、私が元気ない時はそばに擦り寄って慰めてくれたポコティン。ずっと寝たままのポコティンを見ると私は落ち込むのでいつからか無意識にポコティンを見ないようにしていたのかもしれない。ポコティンとの距離はどんどんと開いていった。


 いつだったか大雨の日。私はたしかまだ小学校の低学年だったと思う。その日は昼から急に雨が降り出して、私は傘を持ってなかったのだ。傘を持ってる子は普通に帰ったし、ない子はないで親が迎えにきたりしてやっぱり帰ったのである。私はといえば無理やり帰れないでもないとふんで傘も持たないまま校舎を飛び出したのだがこれがよくなかった。家までは結構な距離で、途中から雨足も強くなりだしてすっかりどしゃ降りになってしまった。私は仕方なく帰り道にある神社の境内に座って雨が止むか弱まるのを待った。夏場といえどびしょびしょの体は寒くて震えた。ひとりぼっちで聞く強い雨の音はなんだか怖かった。当時は両親共働きの生活で連絡したところでどうにもならないことはなんとなくわかっていた。ああ、もう少しおとなしく学校で待ってればよかった。そんなふうに思っても引き返すには歩きすぎていた。心細さと冷たさでいよいよ我慢ならなくなった私は泣き出していた。そんな声も雨音にかき消されていたはずだった。なのにどこからともなく来てくれたのだ。バウッ。ポコティンは咥えていた傘をポトリと私の前に落とした。私は急に笑顔になった。愛しい彼に抱きついた。ポコティン、びしょびしょじゃん。だけど暖かった。

 ポコティンのおかげで私は家に帰れたけれど次の日から二人して風邪ひいて熱出して休むことになった。お母さんには無茶するなって怒られたけど私はポコティンとお揃いなのが嬉しかった。治りかけてきた頃、親の留守をいいことに私は内緒でポコティンと家中を走り回って遊んだ。



「何してたのよ!」

「だって!」

「だってじゃないでしょ! ポコティンともう会えなくなるかもしれないのよ!」

「そんなの急だって!」

「あんただってわかってたでしょ? ポコティンもうお爺ちゃんなんだから 今、先生に診てもらってるけど……もしもの時も覚悟しときなよ」


 お母さんが泣いてるとこ久しぶりに見た。やだよ。急すぎるって。私は素直にそう思っていた。でもそんなことはない。ポコティンが元気ないのはわかってた。私がポコティンを見ないように遠ざけたのだ。遠ざかった分、過ぎた時間も見えないでいた。過ごした時間も遠くになった。やだよなんて言う資格ないよね。私は今日だってポコティンのことを忘れてて、友達と遊んでて、それでお母さんからの電話もラインも気づかないで、慌ててきたからって間に合わないのは当然だよね。ごめんね、ポコティン。ポコティンはちゃんと来てくれたのに。私はいっつも間に合わない。ごめんなさい、ポコティン。わがままかもしれない。でもお願い。立ってよポコティン。


 手術中のライトが消えた。私もお母さんも思わず立ち上がって扉の前に駆け寄った。

「先生、うちの子は」

「なんとか一命は取り留めました」

 私はそのままへたり込んでしまった。その次に「よかった」って声が漏れてあとはずっと泣いてた。獣医さんを慌てさせちゃって申し訳ないことをした。だけど泣き止めなかった。ポコティンにずっと謝ってた。ポコティンの顔を撫でながらずっと。そんで最後にありがとうって伝えた。


「今日ボーリングいかない? 明日からテストだし」

「ごめん、今日は帰んないと」

「そっか、おっけー」

「ごめんね、また行こ」

 たぶん、そのうち誘われたりすることもなくなるんだろうな。なんとなくわかる。実際私は付き合いがわるくなった。なにかと理由をつけて断ってたから。そのことはいつか後悔になるかもしれない。でもいいんだ。私は少しだけ大人になれた。この春からは中3です。そうゆうことじゃなくて。ポコティンはなんとか助かったけど獣医さんはポコティンがあとどれくらい生きれるかわからないけどそう長くはないだろうって現実的な話をしてくれた。そのおかげで心に整理がついた。じゃあその時間がいつまで続いていつ終わっちゃうかはともかく、私はポコティンのために使いたい、そう思ったのだ。それからは毎日ポコティンと話した。といっても返事がないので私が一方的にその日あったことをベラベラ話すだけ。ポコティンはウザがってるかもしんないな。おはようもおやすみも欠かさない。もう後悔したくないから。できるだけ元気でいてね。ほんとはずっと一緒にいてほしいけどもうわがままは言わないよ。だからできるだけ。その間はずーっとずっとずっとずーっとそばにいるからね。大好き、ポコティン。


「かあいい」

クゥン

「かあいいかあいい!」

「お名前なんにしようか?」

「おなまえ?」

「そう、この子の名前だよ」

「おなまえ」

クゥン

「おなまえ!おなまえさん!」

「え? おなまえじゃ名前になんないでしょ」

「そいじゃあねえ えっと ポコティン!」

「コラッ! なんであんたはそんな!」

アン!

「ほらね ポコティン! よろこんでりゅでしょー ポコティンです!」

「え? あんたもポコティンでいいの?」

アンアン!

「ポコティン♪ ポコティン♪」

アンアン! アンアン!

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大好き、ポコティン 川谷パルテノン @pefnk

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