第46話 封印域(2)
ペンションに戻ると静羅の傍に志岐が付き添っていた。
「兄者の様子はどうだ、志岐」
王子の問いに志岐はかぶりを振る。
顔色を変えるみんなに一言だけ言い添えた。
「死んだように眠っています。本当に弱いですが呼吸をしていなければ死んでいるのかと疑うほど静かに」
「そうか」
三人で近づくと本当に静羅は静かに眠っていた。
寝返りひとつ打っていないんじゃないかと思うくらいだ。
「兄者」
近づいて前髪を撫でる。
静羅が起きていたら絶対にさせてはくれない行為だ。
静羅は男としての矜持が強く、弟だとわかっている紫瑠に子供扱いされるのをきらう。
だから、こういう真似もさせてくれないのだ。
絹のような手触りの髪である。
だが、体温も低かった。
本当に仮死状態に陥ったかのように。
「どうすれば兄者を救えるんだ」
独り言のように呟く紫瑠に夜叉王も志岐も拓那も答える言葉がない。
「あ」
「夜叉王?」
突然、夜叉王が窓に返づいて全開にした。
テラスに続く窓からひとりの書年が入ってきた。いつそこにきたのか謎の出現のしかただった。
紫瑠たちは驚戒したが、夜叉王の次の言葉で謎は解けた。
「よくここがわかったな、ナーガ」
「「「竜帝陛下っ!?」」」
「アーディティアはわたしの血族。生きてきえいれば気配を追うことは難しくないものだ」
「そうだったな」
笑う夜叉王に竜帝の背後から声が届いた。
「この詐欺師。さっさと入ってくれないか。後ろがつかえているんだ」
「迦樓羅王もきてるのかっ?」
詐欺師という呼び名を聞いて紫瑠たちは顔を見合わせる。
「詐欺師って竜帝陛下のことなのか?」
「確かに竜と迎樓羅は天敵同士ですが」
「恐れ知らずな発言ですわね、紫瑠さま」
三人の発言に夜叉王が苦笑する。
竜帝が先に入りその後から迦樓羅王が入ってくると、佇んでいる夜文王に声を投げた。
「あなたはどうしてここいにいるんだ、ラーヤ・ラーシャ?
天を探していたんじゃないのか?」
「天を探すことは自主判断でやめたんだ、迦楼羅王。聖戦の真実を知ったからな」
「そうか。あなたも知ったのか。そして阿修躍の御子に仕えることにしたと」
「そういうことだ」
ふたりが部屋の中に視線を向けると、竜帝が驚いたように紫瑠を見ているところだった。
「阿修羅王!」
「似ているらしいが阿修羅王じゃないぞ、ナーガ」
「では?」
「阿修羅の御子でもない。大体血族を見誤らないナーガに彼が御子に見えるのか?」
「いわれてみれば確かに」
「阿修羅王の第二王子。紫瑠だ。俺もつい最近知り合ったんだが」
「「阿修王に第二子が?」」
ふたりが声を揃えここは名乗るべきかと判断した紫瑠が前に進み出た。
「阿修羅王の第二王子、紫瑠といいます。はじめまして、竜帝陛下、迦楼羅王」
「ああ。ではあの子は?」
「兄者ならここに」
紫瑠にいわれてベッドを振り向いた竜帝は、そこに妹姫にそっくりな静羅をみて驚いた顔になった。
「沙羅?」
「似ているらしいな、ナーガの妹姫に。それは東天王から聞いたんだ」
「東天王? どういうことだ?」
「その説明をする前にナーガ。静羅の、阿修羅の御子の封印を解けないか?」
「封印?」
「阿修羅の御子は今、封印状態に陥っていて、その解除方法がわからないんだ。特殊な解除法なら、もしかしたらナーガなら知ってるんじゃないかと思って」
いわれて寝台に腰掛けて竜帝はじっと静羅の寝顔を見た。
「なるほどな」
「竜帝陛下?」
「乾闥婆王のいっていたことは本当だということか。御子の封印を解けるのはわたしひとり。
わたしにとってはごく簡単な解除方法だ」
「どうすれば解けるんだ、ナーガ?」
「ただ名を呼べばいい。それだけでアーディディアを取り巻く封印は解かれる」
「そんな簡単な方法だったのか?」
気力の抜ける紫瑠に竜帝は一言だけ言い添えた。
「簡単に思えるだろうが、呼ぶ相手はだれでもいいというわけではない。わたしでなければならないのだ」
「つまり父上が封印解除の鍵を竜帝陛下に定めていたということか」
「アーディティア。覚醒めさない、アーディティア」
何度も何度も小波のような声がする。
その声を静羅は魂の深遠で聞いていた。
何度も何度も名を呼ぶ声。
それは遠く意識の彼方から届く。
静羅を目覚めさせるために。
『呼んでる』
深層意識の奥底で静羅はそう呟いた。
遠く近く小波のように声が聞こえる。
名を呼んでいる。
どんな名を呼んでいるのかはわからないが、静羅の名だということはわかる。
目覚めるといっている。
でも、まだここにいる必要があるのだ。
静羅はここにいたい。
この安らぎに包まれていたい。
産まれてからこの安らぎに包まれていた。
どんなときもこの安らぎは静羅を包んでいた。
ここから目覚めるなんていやだ。
『いつまでわたしに甘えているつもりだ、アーディティア?』
『え?』
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