第45話 封印域(1)




 第五章 封印域




 山深い山間の街で静羅たちは、ペンションに宿をとっていた。


 静羅と紫瑠で一部屋。夜叉王と志岐で一部屋。拓那に一部屋で。


 柘那は静器と紫瑠が同室ということには反対だったのだが、反対するには黙っていることを打ち明ける必要があったので、このときはなにもいわなかった。


 神域が広がる一帯。


 静羅たちは人に気づかれないように神域に入り込んでいた。


「俺が発見されたのはこの辺りだって聞いてる。実際には違っていたのかもしれねえけど俺が本当に阿修羅の御子で永いあいだ封印されていたのだとしたら、和哉が封印を解いて近くまで招いていたのかもしれないから」


「こちらか?」


 紫瑠が迷うことなく神域の中心部へと歩いていく。


 そこには見事な大木があった。


 ご神木らしく祀られている。


 ご神木に近づくほど意識が不明瞭になっていた静羅だったが、なにもいわないで耐えていた。


「ここだな。この樹に兄者は封印されていたんだ」


「わかるのか、紫瑠?」


「封印の名残がある。間違いないだろう」


「王子?」


 突然の柘那の声に三人が振り返る。


 グラッと静羅が倒れ込んできたのは、その次の瞬間だった。


 とっさに受け止めたのは一番近くにいた志岐である。


 ぐったりとした身体を受け止めて焦ったように静羅の名を呼んだ。


「王子っ。しっかりしてください、王子っ」


「寝てるんじゃないのか?」


 呆れたようにいったのは夜叉王だったが、拓那がこの言葉には否を唱えた。


「いえ。これは封印状態です」


「「「え」」」


「封印されていた場所に近づいたことで、封印状態に戻ってしまったのでしょう。この眠りは

普通の眠りではありません。おそらく封印が解かれないかぎり目覚めることはないかと」


「そんな兄者!」


 志岐から受け取って揺さぶってみるが、静羅の睫毛はピクリとも動かない。


 呼吸も弱く封印状態といわれれば納得できる様子だった。


「王子はなにもおっしゃいませんでしたけれど、自覚症状はあったのではないでしょうか。突然封印状態に戻るなんておかしいですし」


「いってくれれば連れてこなかったのに」


 紫瑠が後悔している。


 静羅の眠りが普通の眠りではないとしたら、どんな手を使っても封印を解かなければないということだ。


「とりあえず志岐。兄者を連れて戻ってくれ。俺と柘郡は封印域を調べてみるから」

 

 志岐が静羅を抱き上げて移動する気配を見せる。


「俺も封印を解く方法がないか調べてみよう。静羅の護衛は志岐ひとりに任せることになるが」


「生命に換えても守り抜いてみせます」


 夜叉王の言葉にそう答えて志岐はペンションに向かって移動した。


「どうだ、拓那? なにかわかったか?」


 それから暫く拓那は御神木を調べていた。


 こういうことで一番頼りになるのが拓那だからである。


 王子に問われて拓那は振り向いた。


「ええ。これは王子の意識を閉じるための結果のようです」


「兄者の意識を閉じるため?」


「王子は産まれてからここに封印されるまではともかくとして、ここに封印されてからは生きていない状態でした」


「生きていない状態」


「完全な仮死状態にあったのです。それ故に歳もとっていませんでした。封印が解かれて王子は今のお姿まで成長することができたのです。王子が阿修羅王として覚醒されていないのも、この封印が完全に解かれていないからでしょう」


「封印は解けそうか、巫女姫殿」


「拓那でけっこうですわ、夜叉王」


 阿修羅族の巫女は他族の巫女の追随を許さないといわれているほど優秀な力をもっている。


 そのため、敬意を払っていた夜叉王は、そういわれすこし嬉しそうに笑った。


「封印を解くには封印解除の鍵が必要です」


「封印解除の鍵? それはなんだ、拓那?」


「わかりません」


 拓那に小さな声でいわれ、ふたりとも絶句してしまった。


 今、静羅は封印状態に戻ってしまっている。絶対に封印を解かなければならないのだ。


 なのに封印を解除する方法がわからない?


 それでは打つ手がないではないか?


「この封印はおそらく阿修羅王の手によるもの」


「父上の?」


「なぜ封印を仕掛けたのかは存じませんが、阿修羅王はご自分の死後、王子を封印してしまうように術をかけていらしたようです。悔しいですが阿修羅王ほどの御方のかけた封印ではわたくしごときにはとても解けません」


「そこまでわかったんだ。一度静羅のところに戻らないか?」


「封印域から離れたことでもしかしたら意識が戻っているかもしれないし」


「そうだな。封印を解けないのに、いつまでもここにいてもしかたないか」


 その言葉を最後に紫瑠たちはペンションに向かって移動しはじめた。


 胸のなかになんとえない重苦しいものを抱えたままで。

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天則(リタ)の旋律 @22152224

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