第47話 封印域(3)

 突然の声に驚いて振り向けば、そこに紫瑠が立っていた。


 いや。


 別人だろうか?


 髪の長さや纏うイメージが違う。


 紫瑠は溌剌としたイメージだが、この青年は儚げだ。


 でも、凛とした強さを身に纏って。


『そなたは小さいころから甘えん坊で困る。いつまで父に甘えているつもりだ?』


『父って。その外見。阿修羅?』


 頷く青年に静羅の瞳が潤む。


 泣きだしそうだった。


 思い描いても思い出せない実の父。今やっと逢えている。


 夢でもいい。


 逢えたことが嬉しいのだ。


『そなたはもう目覚めなければならぬ』


『でも、どうやって』


『声が聞こえるだろう?』


 その声を追っていけば目覚めることができる?


『一度は眠らせておいて、今度は起きろ? 勝手だよな、随分』


『アーディティア』


 駄々っ子をあやすような言葉に静羅の苛立ちが増す。


 泣きだしそうに瞳を伏せる。


『なんで‥‥‥和哉と敵対しなくちゃならないんだ』


『許してくれとはいわぬ。そなたを護るためには他に方法はなかったのだ。まだ自我を持たない天帝。それは傀儡にするには都合がよすぎた。竜帝殿に頼むにしても限界はあるだろう。だから、そなたの存在を封印した。結果、そなたを苦しめてしまった。わたしが定めた封印解除の鍵は竜帝陛下。あの方にすべてを賭けたのだ。降臨することなどできぬ身だと、わたしとてわがっていた。それでもあの方に期待しすぎたか』


『一方的な期待に応えろって望むほうが傲慢ってもんじゃねえのか? これが俺が持って生まれたなら、その責任はだれにもねえんだ。ただその現実が辛いだけで』


 和哉と対立する運命が静羅の持って生まれた宿命なら、その責任はだれにもない。


 例え因縁を築いた親だと

しても、だ。


 運命に対する責任なんてだれにも取れない。


『帝釈天は変わった。あのころに今の帝釈天であれば失わずにすんだ生命が、一体どれだけあったか。問題は変わった理由にある。そなたには辛いことだろう』


『東夜。迦陵もいってたけど、和哉と帝釈天ってそんなに違うのか?』

 

 不思議そうに静羅が問うと、父王はやるせなく微笑んだ。


 怪訝に思い眉をひそめる。


『本質にはなにも変わらぬよ。いってもだれも信じてくれないだろうが、帝釈天はあのころから、今と同じ気性だった』


『だったらどうして』

 

 納得できない静羅に阿修羅王はため息をつく。


『帝釈天は昔から誤解されやすい気性をしていた。雷神であったことも誤解される要因だったのだろう。闘神は容赦を知らぬ気質をもっているとだれもが知っているから』


 雷を操る闘神ということだ。


 和哉にもその力があるのだろうか。


『夜叉王もそうだった。阿修羅と相争っていた時代から、闘神として恐れられてきていた。だが、夜叉王は阿修羅に忠誠を誓うことで、その止まることを知らぬ激情を制御する術を得る。そのため、現在の夜叉王はあれほど穏やかな人柄なのだろう。本来なら帝釈天とも並ぶ闘神だ。その気性は荒々しいだろうから』


 確かに夜文王といると時々だが、無性に喧嘩を売りたいときがある。


 だが、夜文王はそんな静羅に苦笑するばかりで、本気で相手にしたことはなかった。


 それは夜叉が阿修羅に忠識を誓ったせいだったのか。


 でなければ今頃、決闘騒ぎになっていたかもしれない。


 初対面のとき、静羅が気に入らなくて蹴りを入れようとしたように。


 それを思うと帝釈天がどうして気性が激しいと誤解されるのか、理解できたような気がした。


 そして夜叉王のように己を止める術を知らぬからこそ、帝釈天が誤解されるのだということも理解できた。


 つまり帝釈天は本来、和哉とそう変わらない気性だったということだ。


 和哉は帝釈天本来の気性に戻っているのかもしれない。


 静羅がいたせいで。


 静羅を護りたいと思う心が、おそらく和哉を優しくしている。


 聖戦のころの帝釈天には、それが足りなかったのかもしれない。


『帝釈天は優しくて、そして情の激しい人物だった。わたしがそれを見誤ったからこそあの聖戦は起きたのだ。そのことは何度も悔やんだものだが』


『どうして』


「父上のせいなんだ?」と、言いたくて言えなかった言葉を、父王は理解してくれたらしい。


 また呼んでくれないと顔に書いていたが、ため息と共に静羅の質問に答えてくれた。


『そのことはいずれそなたが思い出す日もくるだろう。そなたの魂とわたしの魂が融合しているということは、わたしの記憶はそなたの記憶だということだから』


『知りたければ自力で思い出せ、と?』


『わたしからは言いにくいのだ。察してほしい、アーディティア』


 父王と帝釈天のあいだで言いにくいことが起きたらしいと察した静羅は、それ以上同じ質問は続けなかった。


『継承の儀のことだが』


 唐突に話題をかえた父王に静羅は「継承の儀?」とおうむ返しに呟いた。


『魔剣の継承のことだ』


『ああ。そういえばそんな説明も受けたっけ』


 王位の受け継ぎには魔剣の継承は必要不可欠だと聞いた。


 だが、阿修羅の魔剣は行方不明だと聞いている。


『魔剣の継承っていうけど、阿修羅の魔剣って行方不明なんだろ?』


 そう問うと父王は「いや」と否定した。


『行方不明じゃない?』


『魔剣はわたしがそなたを封印する場を作る際に要として使用したのだ。だから、行方不明になっているだけで現在もきちんと存在している』


『それって聖戦の途中から行方不明だったってことか?』


 半信半疑で問うと父王は「そうだ」と頷いた。

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