6:ハーフ! ハーフ! ハーフ!

 ──愛があれば、種族なんて関係ない。


 実際、鳥人ハーピィにしろ、猫人ケットシーにしろ、地人ノームにしろ、元々は人間だったのだから、言葉を交わしたり、愛を交わしたりしても、不思議はなかった。


 ただ、その結晶……ハーフとなれば、何かと苦労も多いものなのである。


※※※


「はぁ、はぁ、はぁ、はぅ~もうダメ~!」


 息を切らし、足を止めたのは、ふっくらとした少女。赤いジャージの背中からは、小振りの羽が覗いている、ハーフ・ハーピィの少女リリカだ。


「……まだ、1キロも走ってにゃいんだけど」


 振り返り、足を止めたのは、すらりとした少女。青いジャージのお尻からは、長い尻尾が生えている。ハーフ・ケットシーの少女クロだ。


「ほら、私は【自主規制】キロだから、クロちゃんの何倍もの負荷が──」

「言い訳しにゃい。お姉さんみたいににゃりたいんじゃにゃいの?」

「はうっ!」


 リリカは空を見上げる。義理の姉にあたるシエルは、大空を舞う配達員。その優美な姿から風の精霊「シルフィード」の異名を持つ、リリカ憧れの存在だった。


 ああ、私もお姉ちゃんみたいに空を飛びたい! 私にだって羽があるんだから、飛べないことはないはず! ……ということで、一念発起。親友のクロに付き合ってもらい、ダイエット大作戦を決行するに至り、今日はその記念すべき初日であった。


「そうよ、負けちゃダメよリリカ! 負けちゃダメ! もぐもぐ」

「にゃに食べてるのよ」

「走る時には、栄養補給が大切だって──」

「それは何十キロも走る場合の話」

「でも、お腹が──」

「じゃあ、諦める?」

「諦めない! でも、ちょっと休憩しない? そしたら、頑張るから!」


 クロはジト目でリリカを見詰めていたが、溜息をついて、ベンチに足を向ける。


※※※

 

 ベンチに腰掛けるなり、栄養補給と水分補給を旺盛に行う親友を横目に、クロは何も言わなかった。同情もある。リリカだって、ハーフじゃにゃければ──


「クロちゃん、今日はよかったの?」

「にゃにが?」

「今日って、陸上の大会じゃなかったっけ?」

「ああ、あれは予選落ちしたから」

「うそっ! あんなに速いのに……」

「学校だと、混合だから。競技会だと、私はケットシークラスだから、全然ダメ」

「そうなの?」

「私、四つ足は苦手にゃのよ」

「四つ足?」

「そ。こうやって……」


 クロは立ち上がると、地面に両手を突いて、姿勢を低く構えた。


「このスタイルで走る方が、ケットシーは速いの。でも、私はハーフだから、両手でうまく支えられなくて……肉球もにゃいし」


 クロは立ち上がると、ぱんぱんと手を払ってから、ベンチに座り直す。


「普通のケットシーだったらにゃあ」


 思わず本音が口を突く。別に、両親を恨んでいるわけじゃにゃいけれど、もっと普通の出会いでも良かったんじゃにゃいかとは思う。恋愛のことは、よくわからにゃいけれど。


「クロちゃんは今のままがいいよ!」


 リリカの言葉に、クロは思わず振り向く。


「にゃぜ?」

「だって、そのお陰で、今日はこうして、一緒にいられるんだから」

「思いっきり、自分の都合じゃにゃい!」


 クロは呆れる余り、つい笑ってしまった。でも、確かに、ハーフだからこそ、こうして友達になれたのだとクロは思う。私とリリカ、そしてもう一人。


「リリカは、普通のハービィだったらって、思わにゃいの?」

「う~ん、お姉ちゃんと一緒というのは素敵だけれど、普通のハーピィって、そんなにたくさん食べられないみたいで、お姉ちゃん、私のこと羨ましいって言うよ!」

「……にゃるほど」

「よ~し、こうなったら奥の手だ!」


 リリカは包み紙をビニール袋にしまい、立ち上がった。


「奥の手って、にゃに?」


 怪訝そうなクロの眼差しに、リリカは「ふっふっふ」と笑ってみせる。


※※


「よくぞ来てくれたっ! 僕は君達を信じて待っていたよっ!」


 ガチャコン、シューシューと、騒音がうるさい工房の表で、ダボダボの白衣の裾を引きずりながら、小さな少女がリリカとクロを出迎える。ハーフノームのニムだ。


「さぁご覧あれっ! これが君達を大空へと誘う飛空機ゴートゥーヘヴン号だっ!」


 ジャーンと紹介されたのは、バスタブのような金属の箱で、中央の支柱の天辺にはプロペラが設置され、その下方にレバーが備え付けられているという代物だった。


 リリカは金属の箱を撫でながら、ニムを振り返る。


「ニムちゃん、これで空が飛べるの?」

「うむっ! 理論上は完璧だっ!」

「……ニムの理論も完璧も、あてににゃらないからにゃあ」


 クロはぴょんと飛び跳ね、プロペラとじゃれる。


「何ぉ! 僕は凄いんだぞっ! でも、認められないっ! ハーフノームだからって、馬鹿にしやがってっ! だから既成事実を作って、見返してやるのだっ!」


 ニムは腰に手を当てて頷き、ぐっと胸を張った。


「意気込みはともかく、安全性は大丈夫にゃの?」

「クロ君、僕を信じたまえっ! それに、いざとなればリリカ君が飛べば良いっ!」

「飛べないから、コレが必要にゃんだけど……」

「ああ、そうだったっ! うっかり、うっかりっ! まぁ、どうにかなるなるっ!」


 ぐっと親指を立て、ウィンクするニム。クロはリリカにそっと耳打ちする。


「……マジで乗るの? 止めといた方がいいと思うんだけど」

「私、乗るよ! お姉ちゃんと同じ景色を見たいから!」

「それなら、お姉さんに頼めばいいんじゃにゃい?」

「はうっ……そんなの、恥ずかしいじゃん!」


 もじもじとと、顔を赤らめるリリカ。……こんな装置に乗って空を飛ぶほうが、よっぽど恥ずかしい気がするけどにゃあと、クロは思う。


「よーしっ、使い方を説明するぞっ! 簡単だから、リリカ君でも大丈夫だっ!」


 ニムはとてとてと装置に近づき、長く伸ばした指し棒を駆使して、リリカに操作方法を伝授していく。箱に乗り込んだリリカはうんうんと、その表情は真剣そのもの……よっぽど、空を飛びたいんだにゃあと、クロはその光景に目を細める。


「……あとは、そこのレバーを下げれば、完璧だっ!」

「了解っ! じゃあ、早速、行ってくるね!」

「私も行くよ。二人乗っても、大丈夫にゃんでしょ?」


 クロはぴょんと箱に飛び乗る。……空の上で何ができるということもにゃいけれど、リリカを一人にしておくのは、心臓に悪いからにゃあ。


「問題ないっ! 4人は乗れる想定だからなっ!」


「じゃあ、ニムも……」と言いかけ、クロは口を閉ざす。乗ったところで、ニムの身長では景色を眺めることが不可能だと悟ったからだ。仮に抱き上げたとしても……バランスを崩して転倒、落下など、ろくな未来が想像できないクロであった。


「では、出発っ!」


 リリカがレバーを押し上げると、頭上のプロペラが勢いよく回り始める。やがて、ブォーンという音と共に、魔法の粒子が舞い始め、箱がふわりと浮かび上がった。


「おーっ! 飛んだーっ!」

「……思ったより、揺れにゃいにゃあ」

「よーっしっ! 成功だーっ! どんなもんだいっ!」


 得意満面のニムが見送る中、飛空機はぐんぐんと高度を上げていく。


※※※


「うわーっ! 絶景だーっ!」


 町を一望し、リリカは歓声を上げる。飛空機の安定感は抜群で、今やリリカはぐっと身を乗り出し、その景色を全て捉えようと、青い瞳を大きく見開くのだった。


 吹き抜ける風がくすぐったい。リリカは両手を広げ、大空を舞う自分の姿を夢想する……いや、夢じゃない、これは現実なんだと、込み上げる喜びに打ち震える。


「工房があんなにちっちゃい! 公園も、こうしてみると小さいなぁ! あれなら、何周でも走れそう! いつも見上げる時計台を見下ろすって、なんか変な感じ! 私の家はあれかな? それとも、あれかな? ねぇねぇ、クロちゃん!」


 リリカが振り返ると、クロは青い顔で支柱に抱きつき、座り込んでいた。


「はうっ! クロちゃん、どうしたの!」

「……わ、私、高いところが苦手だったにゃんて、は、初めて知ったよ」

「あわわ、そりゃ大変! 安心して、今すぐ帰るからね!」

「……ごめん」

「ううん! 私はもう大満足っ! それに、ありがとうね!」

「え?」

「実は、ちょっとだけ、不安だったんだ。だから、クロちゃんが一緒に来てくれて、心強かったよ! もちろん、ニムちゃんのことは信頼してるけど……」

「私も。だけど、それとこれとは、話は別」

「ふふ、だよね! よし、帰ろう! えーっと、このレバーを下げれば──」


 ガコン。騒々しい音を立てて、レバーが外れた。リリカは手の中のレバーを見詰めながら、小首を傾げる。あれ、教わった操作に、レバーを外すってあったっけ……?


 ふぉん、ふぉん、ふぉん……頼りなげな音と共に、魔法の粒子の噴出が止まり、プロペラの回転も鈍っていく。やがて、そのどちらもピタリと止まった。


「良かった、ちゃんと止まって……って、良くなーいっ!」


 ──ぐらっと倒れ込むような浮遊感。リリカはレバーを投げ出し、クロを抱きしめる。クロもぎゅっとリリカを抱き返す。落ち行く箱から、足を蹴り出し、飛び出す。翼を広げ、ありったけの力で羽ばたく。でも、何も変わらない。落ちていく。なお強く、リリカはクロを抱きしめた。そして脳裏によぎるのは、ニムのことだった。ニムちゃん、大丈夫だから! 何事も、失敗はつきものだもの! ニムちゃんは凄い! こんな装置を作れるんだから! 絶対、認めてくれる人が現れる! もちろん、私も、クロちゃんも、認めてるし、大好きだよ!


 ──がしっと体が締め付けられ、引き上げられるような感覚に、リリカは顔を上げた。大きな白い翼。ベージュ色の飛空士の制服。その眼差しがゴーグルで遮られていても、リリカが見間違うはずもなかった。


「お姉ちゃんっ!」

「リリカ、お友達を離さないようにね」

「うんっ! うんっ!」


 リリカは溢れる涙をそのままに、何度も頷いた。


「……リリカ、ちょっと、苦しい」

「はうっ! クロちゃん、ごめんっ!」


 もうちょっと我慢してね。今はこの腕を、絶対に緩めることはできないから。


※※※

 

「うわぁぁあ~んっ! ごめんなさぁ~いっ! うわぁぁぁぁあん~っ!」


 工房の外では、ニムの泣き声が響き渡っていた。垂直に浮き上がっていたため、飛空機は工房の敷地内に落ち、粉々になったものの、奇跡的に被害はそれだけだった。


「驚いたわ。謎の飛行物体の報告があって向かったら、あなた達だったんだもの」


 飛空機の残骸の傍らで、シエルは腕組みしてリリカとクロを見下ろす。


「ごめんなさい……」

「ごめんにゃさい……」

「ん。二人とも、無事でよかったわ」


 シエルはリリカとクロの頭を撫でると、泣きじゃくるニムに目を向ける。


「お姉ちゃん、ニムちゃんは……」

「大丈夫よ。反省文は、一杯書かなきゃならないかもだけど」

「良かったぁ……ニムちゃんが捕まったりしたら、私、どうしようかと」

「縁起でもないこと言うにゃって」

「彼女が功を焦ってしまったのは、町の大人達にも責任があるから」

「お姉ちゃん、それって……」

「純血主義も根強いからね。異質な存在、より優秀な存在には寛容になれないのよ」

「そんなの、おかしいよ!」


 シエルはぷくっと膨らんだリリカの頬を優しく突いた。


「……もっと大人にならなければね。じゃあ、私は行くわ。彼女のこと、お願いね」


 シエルは駆け出し、翼を広げると、大空に舞い上がっていった。舞い散る白い羽を一枚、リリカは手を伸ばして掴み、その姿が見えなくなるまで、空を見上げていた。


「……クロちゃん、私、やっぱり飛べるようになりたい!」

「うん。私も協力する。だけど、今は──」

「うわぁぁあ~んっ! ごめんなさぁ~いっ! うわぁぁぁぁあん~っ!」

「……あの泣き虫を、どうにかしにゃきゃね」

「だねっ! ニムちゃ~んっ! 大丈夫だから~っ! もう泣かないで~っ!」


 リリカはニムに駆け寄り、クロもその後に続くのだった。

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