5:リアルトレジャー
──宝とは何なのだろう。宝を手にしたら、何かが変わるのだろうか。
空っぽの宝箱に、荷台から新たな宝……換金用の板……を補充しながら、「冒険者」グランドはそんなことを考えていた。二十二歳。男性。冒険者歴は四年。
グランドは幼い頃、冒険者だった祖父から冒険譚を聞かされて育った。そんなグランドが冒険者を志すのは自然な流れだったが、その冒険は、今や人工的なものに変わっていた。
冒険の醍醐味であるダンジョン。その目玉である宝箱にしても、こうして人の手で中身を用意し、補充しなければならない。それでもなお、冒険者という職業が残っていることを、仮初めでも冒険が息づいていることを、感謝すべきなのかもしれないと、グランドは思う。
宝箱の蓋をバタンと閉め、グランドはふぅと一息。これで最後のはずだが、荷台にはまだ
営業時間外の深夜限定とはいえ、他に誰もいないダンジョンを探索できるのは、この仕事の役得であった。少しぐらい、冒険気分を味わってもバチは当たらないだろうと、グランドは自分に言い聞かせる。何しろ、自分は冒険者なのだから。
グランドは地図を頼りに、軽くなった荷台をカタコトと鳴らしながら、ダンジョンを進む。土壁が剥き出しの、洞窟タイプのダンジョンだが、随所にランプが点灯しているのはありがたい。流行の音楽はなく、静かだが、グランドは呼吸、靴、車輪の音色を楽しんでいた。
──行き止まり。宝箱も見当たらないので、グランドが引き返そうとすると、地面が揺れた。地震。揺れが大きく、緊張が走る。ダンジョン内の地震はリスクが高い。崩落、生き埋め……そんな最悪の事態を想定する間もなく、揺れは治まった。
ほっとしたグランドの目が、壁際の光を捉えた。歩み寄ると、土壁が崩れた箇所に、金属が露出している。手を伸ばし、周囲の土を払う。ボロボロと土が落ち、スイッチが出現。
──未知のギミックには触らない。それがダンジョンの鉄則である。だが、グランドは思う。未知を避け、保身を優先する、それの何が冒険者なのかと。
それでも、グランドはもう大人であり、社会人でもあった。こういう場合は、決してギミックには触れず、速やかにダンジョンの管理者に連絡するのが筋である。
グランドはスイッチを押した。カチリと小気味よい音が鳴る。だが、それだけだった。グランドが大きな失望と共に振り返ると、古びた宝箱が目に入った。
グランドは駆け足で宝箱に近づき、ゴクリと唾を飲む。──大きい。これほどの大きさの宝箱に補充する機会は滅多になかったが、その時は大抵、武器や防具など、目玉となるアイテムであることが常だった。グランドは大きく深呼吸する。
──落ち着け、落ち着くんだグランド。スイッチを押しただけでアウトなのに、出現した宝箱を開けようものならば、犯罪だ。冒険者資格の剥奪だってあり得る。
グランドは宝箱に手をかけ、パカリと開いた。
「どーんっ!」
光が消えると、両手を万歳した、あられもない姿をした少女が立っていた。水着のような、レオタードのような、肌にピッチリと張り付いた、露出度の高い服……服? それに、頭には角、お尻には尻尾のアクセサリーまでついていて……グランドは慌てて上着を脱ぎ去ると、立ち上がって少女に被せてやる。自身の胸の高さほどしかない、小柄な少女はグランドを見上げて、赤い瞳をぱちくり。グランドは振り返って駆け出し、荷台と共にその場を──
「ちょっと待ていっ!」
足を止め、振り返るグランド。少女は上着に袖を通しつつ、口を開く。
「お主、どういうつもりだ?」
「お仕事、ご苦労様です!」
宝箱に仕掛けられた仕掛け、ギミックは多彩だ。大きなダンジョンになると、雇ったキャストを転移させるといった、大がかりなギミックもあるという。きっと、この宝箱もそういった類いのものであろうと、グランドは判断した。それを作動させてしまったとあれば、申し開きできない。自分に出来ることは、逃げることだけ……いや、違う、そうじゃない。
グランドは少女に向かって、深々と頭を下げた。
「申し訳ありませんでした! 今すぐ、管理者に連絡を──」
「何を言っている?」
「あの、アルバイトの子ですよね?」
「ある? ……お主、冒険者じゃろう?」
グランドが頷くと、少女はにやりと笑った。ちらりと八重歯が覗く。
「なら、我と戦えっ!」
……そういう設定なのだろうか。プロ意識の高い子だなと、グランドは感心する。ここは、話を合わせるのが、大人としての振る舞いであろう。ただでも恥ずかしい恰好をさせられているのだ、これ以上、恥をかかせるわけにはいかない。だが──
「あの、武器の持ち合わせがないんですが……」
「なんだとっ! ……仕方がない、これを使え」
少女は身を屈ると、鞘に収まった剣を持ち上げ、グランドに差し出す。受け取ったグランドはその重さに驚く。装飾も見事で、それに……剣を抜き放つ……この刀身の
「さぁ、かかってくるがよいっ!」
「え、いやでも、これで斬ったら、怪我しちゃうんじゃ?」
「怪我で済むと? それは、全てを斬り裂く聖剣ぞっ!」
「なるほど。でも、女の子に剣を向けるというのは……」
「ふん、甘いのう。ならば、これでどうじゃっ!」
少女は後方に向かってふわりと浮かび上がる。その身が魔方陣に包まれたかと思うと、無数の角と尻尾を持つ、異形のドラゴンへと姿を変える。轟く咆哮。グランドはビリビリとその余波を全身に浴びながら、なんて凄いギミックなんだと驚嘆する。
『喰らえいっ!
禍々しい波動が、グランド目がけて放たれた。グランドが剣を振りかざすと、白き光が波動を打ち消す。グランドはそのまま、剣を振り下ろした。閃光がぐんと伸び、ドラゴンを貫く。
『グアァァッァッ!!!!!!』
断末魔。ドラゴンは光の粒子をまき散らしながら、少女の姿に戻る。グランドは剣を放り投げると、落下する少女の身を受け止めた。少女はグランドに微笑みかける。
「……儂はずっと疑問に思っていた。最強の敵を倒し、最強の武器を手にした冒険者が戦うべき相手とは、いかなるものであろうかと」
「はぁ」
「……これで良かったのじゃ、これで。礼を言うぞ、冒険者よ」
少女の身は光の粒子となり、消えた。……最後まで凝っていたなぁと、グランドは両腕に残された上着を眺める。振り返ると、投げ出された剣がそのまま残っていた。
──とにかく、やることは一つだ。グランドは上着に袖を通すと、ズボンのポケットから携帯端末を取り出す。電波は不通。溜息。携帯端末をしまい、剣を拾い上げて、鞘に収める。それを荷台に載せると、ポーションの瓶に手を伸ばす。封をあけ、一気に飲み干した。
※※※
ダンジョンを出たグランドは、携帯端末で管理者に事情を説明。すると、折り返し連絡するとだけ言われ、通話が切れた。叱責を覚悟していたグランドは拍子抜けだったが、じっとしても仕方がないと、荷台を返し、剣を持って宿に帰り、連絡を待つ。
だが、待てど暮らせど連絡がなく、夜も遅かったので、シャワーだけ浴びて就寝。目覚めてからも着信履歴はなく、覚悟も緩んだ午後、連絡があり、グランドは今度こそ、本当に拍子抜けするのだった。
結果的には、何のお咎めもなし。手に入れた剣も、手続きなしでグランドのものになった。さすがに不審に思ったものの、改めて確認するもおかしいと判断し、とりあえず、剣を腰に提げるためのベルトを買いに行こうと、グランドは街に繰り出した。その道中──
「見つけたぞっ!」
聞き覚えのある声に、グランドは振り向く。そこにはダンジョンで出会った少女がいた。服装は露出の少ないジャケット姿だったが、紛れもなかった。
「君は……」
「まさか、あんなところに隠していたとはのぉ、すっかり忘れておったわっ!」
少女はグランドに歩み寄ると、にやりと笑った。ちらりと八重歯が覗く。
「儂が忘れるぐらいじゃ、魔王もまだ聖剣が残っているとは思うまいっ!」
「あの、話が見えないんだけど──」
「さぁ、聖剣の勇者よっ! 魔王を倒し、本当の冒険を取り戻すのじゃっ!」
……まだギミックが続いているのだろうか? グランドはそう思いながらも、自分は本当の宝物を見つけてしまったのではないかと感じていた。
人生を、運命を、そして、世界を変えてしまうような、宝物を。
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